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05.

「……ナガマサ様、どうするっすかこの状況」

「私に言われても困るわね」


 ナガマサとアスティアは小声でそう悪態をつきました。彼らの周りにはざっと見て、十人の盗賊たち。それも、彼ら全員が人を殺めることの出来る武器を持っていました。

 霧の森の盗賊団。リレオの住民たちは彼らの存在を少し前から耳にしておりました。リレオから少し北へと向かい、神聖バロッサ帝国との国境沿いの街道を進むと、そこには霧の森と呼ばれる場所があります。リレオの町周辺は大きな砂漠地帯で、森なんてものはそうそう見かけることはないのですが、何故か昔からそこだけ森を見たという噂が絶えないのです。その周辺をリレオの民は霧の森と呼び、森の近辺で頻繁に現れる彼らを霧の森の盗賊団と呼んでいるのでした。


 しかし、彼らの噂は聞き及んでいたものの、ナガマサたちはまさか彼らが街中まで悪事を働きに来るとは考えていなかったのです。


(本隊がいないときに来るとはね……)


 ナガマサは舌打ちをしたい気持ちを抑えて、周りの人々に目をやりました。

 この場に座らされている人々は女子供に老人ばかり。まともに戦えそうな男たちは今、領主の命令で遠征に出掛けているのです。

 つまり、ナガマサとアスティア以外、この場を切り抜けられそうな人物はいませんでした。


(……いえ、)


 ふと、何故か笹丸の顔がナガマサの頭の中に浮かびました。彼は何度かこの世界に転移してきてしまった人間と言葉を交わし、時に悲しい思いをしてきましたが、笹丸には不思議な思いを持っていました。


(まぁ、多分、彼の頭にいたあの子のせいでしょうね。……あの動物は彼女たちが何より大切にしているものの一端。それと共に現れたササマルちゃんに期待しちゃうのも仕方ないわね)


 上手く逃げられたかしら、とナガマサは控えめに笹丸がいる家の方へ視線を向けて、


「――え?」


 屋根の上で仁王立ち状態の笹丸を見ました。


「おい、なんだあいつは!」

「……アホか? おい! お前、降りて来い!」


 ナガマサが気付いたように、次々と盗賊たちが笹丸に気付いていきます。それもその筈、彼が立っている方向には太陽があり、それを背にした笹丸の影がこちらまで届いていたのですから。


「状況わかってんのか、お前。今、俺らがここを占拠してんだぞ」


 十人のうちの三人が笹丸の立っている家の下まで歩いていきます。


「わかってるさ! でも、降りる気はないよ!」


「……おいおい、なんだあのバカは。お前らの知り合いか?」

「どうしましょう、親分」


 すっかり視線を独り占めした笹丸に、一人の盗賊が立ち上がりました。彼は先ほどから仕事を他のものに任せっきりであり、ナガマサが一番偉いのは奴だ、と睨んでいた男でした。


「面倒だ、そこらの奴を一人でも殺せば降りてくるだろ」

「なっ!?」


 彼の発言に驚いたのはナガマサでした。

 霧の森の盗賊団は街道で人を襲い、荷物を奪いますがその命だけは取らなとい聞いていたからです。だからこそ、彼らの噂はリレオまで届いていたのでしょう。


「ちょっとあんたたち、命は取らないんじゃなかったっすか!?」


 その場に座らされていた全員の代弁者として、アスティアが盗賊の親分に言葉を投げかけました。


「小僧、それは昔のことだ。……クソみたいな掟だぜ。俺らはそんな甘い考えで盗みはやらねぇ。……おい、そこの婆を殺せ」

「は、はい!」


 命令された盗賊団の一人が剣を構えます。粗雑な作りのショートソードではありますが、研がれており、人を殺すのには十分な凶器でした。


「おいガキ! はやく降りて来い。降りてくれば、死ぬのは少しだけ遅れるかもしれねぇぜ」

「少しだけ、だがな!」


 盗賊たちの哄笑が響き、座らされている人々の顔には絶望の色が浮かびました。子供を抱きしめ、震える女性もいます。


「いや、僕をここから降ろしたいならあんたたちがこっちに来たらどうだ?」


 ですが、笹丸は表情一つ変えませんでした。


「霧の森の盗賊団とかいったね。僕は知り合いにエルフがいる。彼女たちに頼めば、お前たちはあの周辺には住めなくなるかもしれないよ」

「……なんだと? お前、何をバカなことを言ってるんだ。俺らがエルフなんて雑魚共に許可とってるとでも思ってんのかよオイ」

「……そうか。でも、これを見なよ」


 笹丸が掲げたのはエルラリアでした。ここぞとばかりにエルラリアは羽根を広げ、謎のアピールをしています。


「あ、ありゃ森の守り神じゃねぇか!」

「あのガキ、エルフと知り合いって嘘じゃねぇのか!?」


 ちらほらとそんな声が上がります。盗賊とはいえ、エルフという存在について知らないものはいないようでした。もっとも、その方が笹丸にとっては好都合でしたが。


「どうだ、君が彼らのリーダーなんだろう。ここで退けば無駄な争いにはならないよ」

「……お前、バカだろ。ここでお前が死ねば、誰もエルフに告げ口できる奴はいねぇじゃねか!」


 ギィ、という木のしなる音と共に、盗賊の親分が持っていた弓に矢がかけられます。


「……それもそうだ」

「なにボケたこと言ってんのよ! 早く逃げなさいササマルちゃん!」


 妙に納得してしまった笹丸に向けて、ナガマサは叫びましたが盗賊の親分の矢は今にも放たれそうでした。


(間に合わない!)


 ナガマサは立ち上がり、手を縛られたまま走り出します。せめて体当たりをして、笹丸の逃げる時間を稼ごうとしたのです。


「おい! 立ち上がってんじゃねぇぞ!」


 ですが、その前に一人の山賊が立ちはだかり、ナガマサの行く手を阻みました。

 山賊の親分の弓がギッ、という音で弦を引き終えたことを告げます。

 そんな状況でも、笹丸は動こうとしませんでした。


「そういえば、この町は凄いね」

「――死ね!」

「砂と家の配置が――」


 戦いを想定している、という笹丸の言葉が彼に届くことはありませんでした。


「――討ちもらすなッ!」


 家々の影から、槍先が現れ、盗賊たちを貫いていきます。家と家の間、その一定感覚に空いたスペースは、騎兵が一騎潜むのに適した幅をしていました。そしてそれを、領主直属の騎兵隊である彼らが知らないはずがありません。

 次々と現れた騎兵たちは、槍を盗賊に突き刺すと同時に手を離し、武器を剣へと切り替えます。


「民を守れ! 一人残らず敵を斬り倒せ!」


 一人の騎兵を中心に、次々と盗賊たちを切り伏せ、あっという間に町中は戦場へと変わり、そして再び戻っていきました。


「直属騎兵隊……」

「大丈夫っすかナガマサ様!?」 


 思わず呆けてしまっていたナガマサを、アスティアが家の陰まで連れて行きました。既に盗賊たちの統率はとれておらず、最初の襲撃を生き延びたものたちも逃げ始めています。武器を捨て町から逃げようとしたものたちは、直属騎兵たちに後ろから斬られ、倒れていきました。


 やがて、場に馬の嘶きだけが響くようになった頃、盗賊たちは一人残らず地に付しておりました。


「ナガマサ殿、ご無事でありましたか」


 一人の騎士がナガマサのもとへと近付いてきました。馬を降り、物々しい兜を取ると、そこには銀色の髪を持つ女性がおりました。


「……リーザ殿」

「ご無事で何よりであります。我らには一人も犠牲は出なかったようでありますね」


 リーザと呼ばれた女性は、領主の部下であり、本隊を率いる将軍の一人娘です。幼い頃より鍛えられた剣の腕は男にも負けない、と噂されるほどの騎士なのでした。


「これは、どういうことでしょうか? なぜ、直属騎士たちがここに?」


 直属騎士たちはその名の通り、領主を身近で守る騎士たち。もしも領主が攻撃を受け、その身に剣が肉迫した際、身代わりとなるように編成されたものたちです。つまり、領主のもとを離れてはいけない存在なのです。


「これは奇怪なことを仰られますね。我らを呼んだのはあなたではありませんか、ナガマサ殿」

「……え?」

「姉妹がナガマサ殿の名代として我らを呼びにきたであります。ナガマサ殿の危機と聞いて、我らが主は我らの出陣を許してくれたのであります」


 ナガマサがどういうことなのかを思案していると、後ろに笹丸が現れました。


「すまない、僕があの姉妹にそう言わせたんだ」


 笹丸は小声でそう告げました。


 姉妹というのは、ナガマサが盗賊たちから逃がした子供たちのことでした。彼はアスティアと共に、盗賊たちに捕まる直前、二人の子供を逃がしたのです。


「リーザ殿」


 一人の騎士が、リーザの耳元で何か囁きます。

 リーザの目が笹丸を捉え、その頭の上へと向けられました。


「なるほどであります。……その男を捕らえろ! エルフの手下だ!」

「……え?」


 あっという間に笹丸は囲まれ、剣を突きつけられてしまいます。弁解の余地すら与えられなかった笹丸は、そっと両手を上げて降参しました。


 

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