04.
話を聞く限り、ナガマサは確かに笹丸と同じ世界からここへと来たようだということがわかりました。
「私、向こうでは学生だったのよぉ。もう、十年も前だけどね」
「十年!? その間、ナガマサさんはこの世界にいたっていうんですか……?」
「生きるのに必死だったからねぇ。この町の領主様に拾ってもらわなかったら、行き倒れてたでしょうね」
「今では領主様に信頼されている学者様っすけどね」
「そうねぇ、この町――あ、リレオっていうんだけど。リレオの領主様にふらふらしていた私を拾ってもらって、それからは必死に勉強したわぁ。この世界のこと、身を守る術、種族のこともね」
ナガマサの話では、彼がこの世界を訪れたとき、気がつけばリレオの町近郊で倒れていたそうなのでした。砂漠という過酷な状況下の中、彼はリレオの町へと到着し、アスティアの両親に拾われたのだといいます。
「……じゃあ、アスティアは領主様の息子か何かなのかい?」
「いいや、違うっすよ。僕の両親は学者っす。領主様お抱えの学者で、ナガマサ様の才能を見込んで領主様に頼んだらしいっす。んで、今は僕がナガマサ様の弟子っすね」
「リレオの学者は先輩に当たる学者に弟子として仕えて、学ぶ期間があるのよ。様、なんてつけなくていいって言ってるのにねぇ」
「それよりいいんすか、ササマルさんの前ではあの状態じゃなくて」
「あの状態?」
「ああ、公式な場ではね、この口調あまり好まれないのよねぇ。だから、学者の仕事をするときは大体、さっきみたいな寡黙な男性を演じるの」
「ああ……なるほど」
「ササマルちゃん、あなたこれからどうするの? 実はね、この世界に来ているのは私たちだけじゃないの。あなたは冷静みたいだけど、二年くらい前に出会った人はもうまともな会話も出来なかったわ」
「……それは」
どういうことですか、と笹丸が口に出す前に、外から悲鳴が聞こえてきました。それも一人や二人ではありません。
「ごめんなさい、話は後にしましょう。アスティア行くわよ!」
「はいっす!」
「ササマルちゃんはここにいなさい! 多分、盗賊団の奴らよ」
勢い良く飛び出していく二人。無言のまま、笹丸は一人残されてしまいました。悲鳴は未だ収まっておらず、混乱は続いているようです。森ではおかしな状況であったからか冷静でいられた笹丸も、さすがに今は混乱していました。
何よりその混乱を助長させていた理由は、コマコの行動です。
(僕を、森から追い出したのか……?)
笹丸はこの世界のエルフの存在について、何一つ情報を持ちあわせておりません。彼が知っている物語り上のエルフという生物と、同じものでないことは確かだからです。しかし、コマコとマリアの初対面時の行動から考えても、人間との仲はあまり良くないと思ってもいいでしょう。それにあの言葉です。ナガマサが笹丸と同じ言葉を使っていることには何の疑問もありませんが、アスティアも同じ言葉を使用しています。彼らの話からして、アスティアは純粋なこの世界の人間のようですから、少なくとも笹丸の使用している言葉はこの町では通じると考えて間違っていないことでしょう。
(でも、エルフは違う……)
座ったままの思案に飽きてしまった笹丸は立ち上がり、室内を歩き始めます。
(あの言葉は僕の知っている言葉の、どれにも当てはまらなかった)
笹丸は何ヶ国もの言葉を話せるわけではありませんが、いくつかの国の言葉は聞いたことがあります。言葉にはいわゆる方言のような、響きと言うものがあり、それを考えることでその人がどの国の言葉を話しているかが多少わかるのでした。
(うーん……ミダ、エルラリア、コマコ。マリアはよくある名前に聞こえたけど……)
考えながら歩いていると、いつの間にか先ほどまで寝ていた部屋から出ておりました。とはいえ、あまり部屋という概念はない文化らしく、扉は見当たらずに開放されているようです。
「……お、これは」
ふと、壁に打ち付けられた地図が目に入ります。何かの皮に描かれたそれは、四隅をしっかりと杭で固定されておりました。
(大陸、か)
描かれたいたのは巨大な大陸でした。何国もの国があり、その全てに読むことの出来ない文字が書かれています。どうやら、書き言葉はこの世界独自のもののようでした。
ざっと一通り確認し、恐らくこの町がどこにあるのかは見当がつきました。一つの国だけ、かなり詳しく町の名前まで書かれているのです。申し訳程度についている色も、砂を表しているようなのでした。
「……これか? リレオ……うん、なんとなくわかるかも」
地図に書かれていた文字はアルファベットに近い形をしており、笹丸にも多少読むことが出来ました。とはいえ、全てがわかるわけではなく、なんとなくという予想の領域を出ることはありません。
どのくらいの時間、そうして家の中を物色していたのでしょうか。いつの間にか、外の騒ぎは収まっておりました。
ですが、いつもで待っていてもナガマサたちは帰って来ません。少し気になり、笹丸は木製の窓から外を覗こうと頭を突き出しました。
(……!)
窓の先は隣の家であり、正面には何も見えませんでしたが、少し視線をずらして路地の先を見ると、そこは広場になっているようでした。そこにはナガマサとアスティア、その他の住民たちと見られる人々が集まっています。そして、一箇所に集められている彼らのすぐそばには、全身をマントで覆い、武器を持った者たちがいたのです。