19.
夜が明けて、日が昇る頃には笹丸とアクラ、マリアはリレオの町までやってきておりました。
マリアは耳を隠すために全身をすっぽりと覆うマントを着ており、笹丸とアクラは周囲に警戒しながら、小声で話し合っていました。
「……いいな、作戦通りだ」
「……はい。お気をつけて」
「……正直、お前の方が危険だぞ。敵さんの懐に飛び込むわけだからな」
アクラはそういうと町の中へと消えていきました。
笹丸はマリアに目で合図し、彼女はそれに小さく頷くことで応じます。変装しているとはいえ、マリアが町中を闊歩するのはリスクが高いと判断したのです。
それにロータスの作戦が上手くいった場合、マリアの出番はありませんが、万が一失敗したとき、彼女には重要な使命があるのでした。
マリアに背を向け、歩き出そうとして……彼女に引き止められました。
「……マリアさん?」
「……Ya elra carn」
「あ、なるほど……」
エルフの里にいる間、笹丸はどうやって森を守るかを考えており、まともにエルフたちと話すことは出来ていなかったのですが……一つだけ覚えた言葉がありました。
それがマリアの口にした言葉。エルラカーンという彼女たちの神の名前の前に、守るという意味を込めた鬨の声。
「……エルラリアのご加護があらんことを」
彼女たちの作法とは少し違いましたが、マリアには伝わったようで、そのまま無言で背を向け、去っていきました。
「……行くか」
アクラの戦場も、マリアの戦場も違う場所にありますが、笹丸の戦場はお城。リレオの領主が相手なのでした。
笹丸が帰ってきたとの知らせを受け、ナガマサ、リザルフォンは急遽領主の間へと集まりました。
場には領主、宰相アンダスも揃い、リレオ領主の側近が勢揃いしています。ただ一人、リーザのみを除いて。
「さて、まずはササマルよ。よくぞ戻った」
「ありがとうございます」
「しかし、だ。君とリーザは盗賊に捕まったはずだが、なぜここにいる? 先刻、リーザの身代金を払いにいった場所には誰も来なかったが」
領主が明らかな嘘を言っていることを、笹丸は知っていました。
エルフたちに捕らえられた後、ロータスの指示でエルフ数名とアクラは身代金を受け取る場所へと向かい、遠くから潜んでいる軍勢を確認していたからです。
身代金を渡し、リーザが解放されたと同時に攻撃を仕掛ける準備は完全に整っていたのでした。
この出来事により、盗賊たちは完全にエルフ側の味方となり、今に至るのです。
「……盗賊に捕らえられた後、同じ牢にリーザさんと入れられました。身代金を受け渡す日、僕は攻撃されたときの人質としてその場につれていかれて……。エルフに襲撃されたんです」
「……なんだと?」
「木の上から弓矢が降ってきて、僕は命からがらここに戻ってきたんです……。リーザさんは、たぶん、エルフたちに捕まってしまいました」
「エルフのやつらが盗賊たちを? とうとう本性を出してきおったか! ナガマサよ、やはり奴らはバリバの蛮族と何ら変わらん!」
「りょ、領主様……そんな、何かの間違いでは……」
「領主様、やはりエルフは駆逐すべきですなぁ。リザルフォン殿には悪いが、リーザ殿は諦めてもらう他あるまいな」
うろたえるナガマサを見て、ここぞとばかりにアンダスが口を開きました。
「しかし、ササマル、といったな。そなた、どうやって森のエルフたちの魔法を逃れたのだ? あの森にいる限り、奴らの目から逃れることは容易ではないだろう」
「それが……逃げている際、老人に出会いまして……。それがあのロータス様だったのです」
「老師だと? なぜ彼が森に? ナガマサ、老師のことを一番知っているのはお前だろう」
「……彼は、その、一つ噂があります」
「申せ」
領主の言葉に口篭るナガマサ。
それを待っていたかのように、アンダスは言いました。
「彼は、エルフと親交がある……でしたかな」
「アンダス、それは真か!」
「さて、領主様。沈黙は是なり、という言葉もありますなぁ」
「ナガマサ、そなた……黙っておったのか!」
激昂する領主に対し、ナガマサは何もいえませんでした。
彼は確かにその噂を知っておりましたし、領主に黙っていたのも事実だったからです。
「それで、ロータスと出会い、どうしたのかね?」
「……はい。それがロータス様は今、エルフたちの味方のふりをして潜入していると僕に言いました。それゆえに僕を逃がすと」
「ほう。にわかには信じがたい話だが……」
「そのことを領主様に伝えてほしいとロータス様は言いました。それとこれを……」
笹丸が差し出した紙にはエルフの軍勢の数、本拠地の場所が書いてありました。
「……ほう。確かにこれは詳細なものですな。領主様、これは好機ですぞ」
「だが、兵は三百しかおらぬぞ」
「ご覧ください。エルフの兵力は二十ほど、ついでに盗賊たちを攻撃してもお釣りがきますぞ」
「領主様! しかし!」
「ナガマサ、お主は黙っておれ。……リザルフォン、お前はどう思う」
黙殺されたナガマサに対し、意見を聞かれたリザルフォンはしばし黙り込みました。
「リーザを犠牲にする可能性もある。願うならばお主はリレオで休んでおってもよいぞ」
「……領主様、私は父である前に一人の騎士です。騎士は民を守る義務と、領主様に従う責務があります。どうか、お命じください」
こうして、ナガマサを除き、エルフとの戦争に反対するものはいなくなってしまいました。
「それでササマル、ロータス殿はいつ攻め込むべきと言っておった?」
「明朝、五十の兵を率いて霧の森南部に陣をはると仰っていました」
「うむ。ではリザルフォン、二百の兵を率い、明朝までに霧の森へ向かえ。準備が整い次第、私も向かい、総攻撃を仕掛ける」
「はっ!」
「ササマル、ご苦労であったな。褒美を与えようぞ、何が望みはあるか?」
「……望み」
さて、ここまで順調であった笹丸の戦争はおかしなところで想定外に陥りました。
褒美をもらえる可能性は考慮していたのですが、望みを聞かれるとは思っていなかった笹丸。どう答えたものかと考え込んでしまいます。
(……別にいらない、なんて、失礼だよなぁ。なら何か貰っておいた方が……)
とはいえ、この世界の価値基準もいまだ不明瞭だという中、下手なことを言えるはずもありません。
ここでエルラリアを返してほしいなどといえば、エルフのスパイであることがバレてしまう可能性もあります。
(……うーん)
必死にこの世界に来てからのことを思い出し、褒美としてもらえるものを考えます。
そこでひとつ、思いつきました。
笹丸はこの世界に来てから二度、嫌な経験をしております。暗く、冷たい牢屋に入ることです。
その牢屋にいまだ入っているであろう人のことを思い出したのです。
「……牢屋のバルカの人を、僕にください」
上手い言い方が思いつかず、笹丸はこのとき、人権をとても侵害した発言をしてしまったのでした。もちろん、無意識で。




