16.
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時は少し戻り、笹丸たちが捕らえられ、その事実を知り、リレオへと急ぎ帰って来たナガマサたちへと移ります。
ナガマサ、アスティアの両名はロータスの自宅で彼の執事を名乗る老人と話をして、何とか次の機会にロータスと会う約束を取り付けました。
かなりの時間を要したその説得でしたが、ナガマサたちがいくら笹丸たちを探しても姿が見えません。そこで近くにいた村人に話を聞いてみると、なんということでしょう。笹丸たちは十数人の馬に乗った男たちに連れて行かれたというのです。
状況から考えて、ナガマサはその男たちの正体が盗賊であることはまず間違いないという確信を持ちました。リレオという町はカフカサスの広大な砂漠の中のちょうど中心に位置しており、他国からわざわざ笹丸とリーザを攫いに来るにはリスクが高く、また周辺でリレオに敵対しているのはエルフと森の盗賊団だけ。加えてこのタイミングでの襲撃です。
そのことをリレオの領主に伝えるため、ナガマサとアスティアは急ぎ帰ってきたというわけなのでした。
「……なるほど、リーザが攫われるとは予想外ではあるな」
「いえ、恐らくは人質をとられたものと思われます」
領主はナガマサの言ったことに納得し、またその事実に驚きました。
「少々面倒なことになったなリザルフォンよ」
「我が娘がご迷惑をお掛けしております」
領主の軽口に恭しくお辞儀をして返した男性はリーザの父、リザルフォン。
笹丸たちがリレオを出発した一日前にはまだ町に帰って来ておらず、遠征中だった彼でしたが、エルフとの緊張が高まっているとの報告を受け、兵士二百人と共に一時的に帰ってきたのです。
「それでナガマサ、ロータスの方はどうであったか」
「はっ……。老師ロータス様は明日、私を含めたササマル殿とお会いになられるそうです」
「明日、か。では、明日までにあやつがいなければどうなるか」
「……恐れながら、私はササマル殿という新たな人物がお目通りを願っている、ということを切り札に交渉致しました。いまさらササマル殿がいない、では少々失礼かと思われます」
「ふん、一理あるな。リザルフォン、盗賊の方はお主に任せる。リーザはお主の娘、身代金を払うも見捨てるも、好きにせよ」
「はっ……」
そういうと領主は退室し、その場にはナガマサとリザルフォンだけが残されました。
「リザルフォン殿、申し訳ありません。私が目を離した隙に……」
「いや、ナガマサ殿。私はリーザを武人に育て上げたつもりだ。そういった状況を想定出来ない時点で、あいつが悪い。それよりも今はどう救うかと考えねばならん。……あやつは私の娘、目が曇っては困るのでな。力を貸してくれ」
「はい……」
こうしたナガマサ、リザルフォンのやり取りの数時間後、使者を名乗る行商人から、盗賊たちの身代金を要求する手紙が届けられました。
その額は人ひとりにしては多いものの、決してふっかけられているものではなく、じつの娘にならば払える金額でした。
「殺さずの盗賊団とはいえ、ここは大人しく払うべきでしょうね」
「無論だ。霧の森に我らが攻め込むのも億劫だというのに、それを二回行うつもりはない」
両者の意見は身代金を支払う、というものでした。
ですが、領主の言葉はその意見を却下したのです。
「リーザに身代金は払えぬ。ここで盗賊どもに金を与えれば、味を占め、再び我らが軍隊に危害を加える可能性があるからな」
数時間前の領主の意見とは異なるそれは、宰相、アンダスの入れ知恵でした。
リレオという大きな町にはひとりの領主を頂点に、二人の権力者がいます。
それが軍団長リザルフォンと宰相アンダスでした。もともと、こうした家臣の対立はよくあるものでしたが、領主はエルフ攻めに対し、リザルフォンと仲の良いナガマサと、その実の娘であるリーザを重用し、計画を推し進めています。
その計画が成功すれば、宰相であるアンダスの立場は弱くなってしまうのです。
それを理解していないのは、ただひとり領主だけでありました。
「……領主様! 彼らはリーザ殿だけではなく、ササマル殿も捕らえています。彼を取り返さねば、ロータスを仲間に引き入れる口実をみすみす失うこととなります」
「そういうがなナガマサ。お主、ロータスの勧誘に何度失敗した?」
「そ、それは……」
「それにエルフとの交渉もだ。エルフ語を理解し、平和的解決が望めるかもしれぬというから任せたのに、この体たらく。ただでさえアッシュルとの戦の前に兵力を削るというのに、その上金まで割いてたまるものか」
ナガマサは口を閉じます。
領主が語ったことは全て真実であり、ここまで言われては全てに失敗している彼には発言など出来るはずもありませんでした。
「リザルフォン、どうしても娘を助けたいのならば兵二百を持って霧の森を攻略せよ。エルフを根絶やしにし、盗賊団を壊滅させ、リーザを助けるがよい。話は以上だ」
「しかし……!」
「くどいぞ! エルフは三十ほど、それも剣すらまともに扱えぬ非力なものたちだ。兵を二百も与えることに感謝せよ」
取り付く島もなく、領主は去ってしまいます。
ナガマサとリザルフォンは互いに顔を見合わせ、首を横に振りました。
「これ以上の支援は望めそうにない。……霧の森に攻め込むということを、我らが領主は理解しておらん」
「盗賊には了解したと伝えておきましょう。……時間を稼いで、策を練るしかないです」
「そうしよう。……アンダスめ、ここぞとばかりに」
リザルフォンもその場から退出し、ナガマサは自室へと戻った後で溜め息をつきました。
「お疲れっすね、ナガマサ様」
「……ホント、真面目に考えなきゃいけないのは疲れるわぁ」
アスティアからお茶を受け取り、お疲れのナガマサはもう一度溜め息をついたのでした。




