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13.


 老師ロータスという人物は五十年も前の戦争で大きな働きをしたうちの一人でした。

 一般的に勇者一行、と呼ばれている四人のうちの一人であり、カフカサスより南西に位置する小国の集まり、アウラ同盟を締結させたことで有名なのです。


 とはいえ、その話をロータスはあまり過大評価してほしくはないと笹丸とリーザに告げました。あくまでアウラ同盟は戦争中に小さな国同士が互いを守るために締結したものであって、ロータス一人の功績ではないというのです。


「それにわしはただ付いて行っただけじゃ。その旅で多少魔法を学んだだけのことじゃよ」

「……ロータスさんは僕と同じ世界から来たんですよね? それでも魔法を使えるようになるのですか」

「ササマル殿、それは違うであります。魔法はあくまで魔力を有した生物のみが扱えるもの。先天的に我ら人間が魔力を持っていることはないのであります」

「そうじゃな。つまり、わしはとある事情から魔力を体内に有したということじゃ。……これが英雄なんぞと呼ばれている理由の大部分じゃな」

「その話も気になるのですが、」


 そういえば笹丸はロータスに大事なことを聞いていませんでした。

 もともと、笹丸たちはロータスにリレオの助力を請うために来たのですから、このような状況ではあるものの、聞いておきたかったのです。


「老師ロータス、リレオの領主様にご助力願えませんか?」

「嫌じゃ」

「……一応理由聞かせてもらえますか?」

「無論、わしは戦争が嫌いだからじゃ。……とはいうが、じつはもう一つ理由がある。それはリレオの敵のことじゃ」


 はて、そういえば聞いていなかった、と笹丸はリーザに視線を送りました。


「エルフでありますか?」


 その言葉を聞いて、笹丸は一瞬動きを止めてしまいます。

 聞き間違えるはずもないその言葉を、もう一度反芻したあとで、笹丸はリーザとロータスの顔を交互に見てしまいました。


「……? ササマル殿には言ってなかったでありますか。我らリレオ騎士の敵はエルフであります。カフカサスがアッシュルに攻め込むために、あの霧の森は非常に邪魔な位置にあるのでありますな」

「え、エルフに危害を加える必要はないんじゃ……」

「アッシュル、霧の森、リレオはちょうど縦に並んでいるのでありますが、カフカサス本隊が攻め込む際、補給路がちょうど霧の森にぶつかるのであります。森の端はこの通り、野蛮な盗賊たちの住処となっているであります。オーディラス陛下からは森を焼くように言われているのでありますが、我らも幾度と無くエルフに警告したのであります」

「それでも彼らはあの森に留まり続けているのじゃ」


 この事実は笹丸にとって衝撃なものでした。

 命を助けてもらったエルフに対し、彼は恩を仇で返そうとしていたのです。


「リーザさん……僕がロータスさんを勧誘失敗したら、エルフはどうなるんですか?」

「……正直にいって、何も変わらないであります。ロータス殿の力は後に控えるアッシュルとの戦争のためでありますから、霧の森が焼かれるのは必然であります」

「そんな……」

「ササマルくん、そんなことよりも自分の心配はいいのかね? わしを連れて行かぬとエルフとスパイに認定されるんじゃろ?」

「……それを知ってて断るんですね」


 悲壮感漂う面持ちの笹丸に対して、笑顔のままのロータス。どうやら老師ロータスは笹丸たちの事情もお見通しのようなのでした。


「そこまでご存知なら何故ここに? 盗賊たちのことも知っていたのではないのでありますか?」

「いかにも知っておった。……気になる人物がおっての、その一人がササマルくん、君だったんじゃよ」

「……僕ですか?」

「そうじゃ、そしてもう一人が、」


 そう言いかけたところで、牢の扉が開かれました。

 大男を先頭とした盗賊団数名がぞろぞろと現れ、笹丸たちに外に出るよう促します。

 手錠をされ、連れられていく中でロータスはこっそり笹丸に耳打ちしました。


「……あの男、アクラじゃ」



 どうやら笹丸たちが牢獄から出されたのは、リレオの領主との身代金についての話し合いが終わったからのようでした。

 三人は再び目隠しをされ、盗賊たちに連れられて森の端まで来ていました。


「……リレオの領主はよほどお前を大切にしているらしいな。身代金をふっかけてやったが、二日で用意したぞ」


 ロータスにアクラと呼ばれた大男はそう言って笑いました。

 笑った、といっても自嘲気味に、苦笑という表現の方が似合うような卑屈な笑いです。何やら盗賊らしからぬ、そんな印象を受けました。


「騎士団に戻った暁にはお前ら盗賊を討伐するであります。覚悟するといいでありますな」

「……騎士様はいつもそんな態度だな」


 溜め息をつき、大きな岩に腰掛けたアクラに対し、ロータスが口を開きました。


「失礼じゃが、わしらはどうなるのかのぅ。リレオの領主様はわしらに身代金を払ってくださるのかの」

「……爺さん、あんたらは人質だ。そこの騎士様と金を交換して、そのまま攻撃されたんじゃ、意味がないからな」


(……ということは、やっぱり僕らは解放されないのか)


 アクラの話からして、身代金が払われたのはリーザのみ。

 ということは笹丸とロータスが解放される道理はありませんでした。ロータスは名前がばれていないようですから、解放される可能性はありますが、笹丸はどうでしょう。

 実行したのはリーザではありますが、アクラたちの見解では笹丸も復習対象の一人なのは間違いなく、リーザは身代金をもらえるため解放しても、何の価値もない笹丸は無事に帰す理由がないのです。


 アクラという男がどのような考えを持っているのか定かではありませんが、仲間に裏切られたのですから、未だに人を殺さないという信念を持っている可能性は低いと考えていいでしょう。


 どう考えても良い状況になるとは思えず、笹丸は先ほどから笑顔のままのロータスに視線を送ります。

 ロータスは笹丸に比べれば幾分か気楽な立場にありますが、それでも盗賊たちがリーザを返し、無事に逃げ遂せたとき、解放の処理を面倒だと感じた場合、殺されてしまう可能性もあるのです。


(……そもそも、なんでロータス様はわざわざ盗賊たちに捕らえられたんだ)


 笹丸は魔法というものがどのようなものなのかは知りませんでしたが、少なくとも英雄と称され、軍に迎え入れたいと領主直々に言われるほどの人物の力です。

 気になる人物がいたから、とは言っていましたが、このような方法をとらなくとも笹丸とは話せましたし、アクラという男も話が通じないわけではなさそうです。盗賊とはいえ、手土産を持って会いに行けば普通に面会できそうなものでした。


(……何か意味が、ある?)


 笹丸はこれまでのロータスの言動について整理し直してみることにしました。

 老師ロータスは戦争が嫌いで、英雄と呼ばれており、笹丸とアクラに興味を持っているといいます。魔法というものがどのようなものかは知りませんが、情勢に詳しいであろう大きな町よりも先に情報を手に入れることが出来る力を持っている老人。

 そして何より、エルフという種族への理解。


「……!」


 笹丸の考えで一つだけ、思い至るものがありました。


 戦争に行きたくないのはエルフが敵だからであり、エルフのスパイに認定されそうな笹丸に興味を持っていたということ。

 それと会いたい人物がいる場合、自ら訪れる他にもう一つ方法がありました。


「Ya! Elra carn!」


 木々の上から響いた声は聞き覚えのあるものなのでした。

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