12.
笹丸たちが盗賊に捕らえられ、すでに丸一日が過ぎようとしていました。
太陽の見えない牢獄では判断がし辛いですが、幸いにも盗賊たちはきちんと捕虜を生かすために食事を持ってくるので、何とか時間に当たりをつけて笹丸は考えていました。
牢に入れられて最初の方こそ強気だったリーザも、自分のために領主が身代金を払わねばならなくなったことに負い目を感じているらしく、あまり健康的とはいえない状況になっていました。特に、身体ではなく精神的に思いつめているようなのです。
短期間のうちの二度目とはいえ、笹丸も牢獄には慣れておらず、疲労は溜まっていましたが、リーザにカフカサス近辺の詳しい国の配置を聞き、それを土の地面に彫ることで気を紛らわせておりました。
(この辺りの地形と周辺諸国はほぼ頭に入ったな……)
一度地図を見ているためか、いままで知っていた情報とリーザに詳しく聞いた情報を合わせ、かなり正確に位置を理解出来るまでになっておりました。
「……それは地図かね」
ふと、思いもよらぬ人から笹丸は声をかけられました。
老人が寝たままの体勢で頭だけを笹丸のほうへと向け、そう問いかけたのです。
「……はい。見聞きしたものを忘れないためには、こうして描くことが一番ですからね」
「なるほど……。じゃが、バロッサ帝国はもう少々大きくなっておる。北のアリミア小国が先だって属国となったのじゃ」
「……」
驚きで目を見張ったのは笹丸だけではありませんでした。
今まで寝たきりで、一人では何も出来なかった老人が突然、地図の間違いを指摘したのです。
「た、確かに神聖バロッサ帝国とアリミア小国は小競り合いを繰り返していたでありますが……そんな情報は私の耳に入っていないであります」
「ほっほっほ……お若い騎士殿、アリミア小国が属国となったのはつい先日。知らぬのも無理はあるまいて」
「……先日って」
笹丸とリーザは思わず顔を見合わせてしまいます。
老人の言う先日、というのがいつかは定かではありませんが、少なくとも丸一日、老人を含めた笹丸たちは牢に閉じ込められており、外の情報はひとつも入ってきていません。
それ以前にしても、寂れた村で死に掛けていた老人が、大きな町の騎士であるリーザよりも早く政治的な情報を掴めるとは思えなかったのです。
「この状況で冗談はやめるであります。……確かに辛い状況ではありますが、まだ希望は残っているのであります」
「騎士殿、この状況で何故、真実ではない冗談だと判断なされた?」
「……?」
「わかりませぬか。真実を確認する術がないこの状況で、何故、わしが言ったことを嘘だと断定出来ますかな?」
「……む」
唸るリーザを横目に、笹丸は奇妙な感覚を覚えていました。
老人の言っていることは確かに間違ってはいないですが、どうにも屁理屈のように感じられます。それに笹丸にとって、どこかで同じような屁理屈を聞いた覚えがあるのです。
(なんだったっけこれ……観測出来ない憶測……)
この世界ではなく、もとの世界で話半分に聞いていた何か。
「……あっ」
それを思い至り、笹丸は老人に注目しました。
「シュレディンガー……?」
「理解が遅いのぅ、ササマルくん」
「無理ですよ、あんなのまともに勉強してませんから。いい加減な知識の人間がいい加減に広めたものですよ」
「じゃが、誤用が広まる場合もあるじゃろ?」
「そうですけど……」
笹丸の感じていた奇妙な感覚はこれでした。
どうも、話し方がこちらの世界の住民っぽくなかったのです。
「もしやご老人、あなたもですか?」
「そうじゃよササマルくん。五十年も前じゃがね」
「……聞くまでもなさそうですが、お名前はなんと言いますか?」
わけがわからない、と言った面持ちのリーザをそのままに、笹丸と老人の会話は弾んでいきます。
老人はその質問を待ってましたと言わんばかりに顔をしわくちゃにして、答えました。
「わしはロータスという者じゃ」




