01. Komako ru diski Sasamaru
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見たことのないほど巨大な植物や、周りをチョロチョロしている小さな羽根の生えたリスのような動物に囲まれながら、彼は悩んでおりました。
「……うーん」
果たして、その状況をどう説明すればいいのでしょう。
……いえ、説明は一言で済みますが、問題はその理不尽な状況でした。
異世界への飛ばされ方は人それぞれ。とりあえず、そこはいいでしょう。
ですが、その後はどうだったでしょうか。空から降ってくるなんてお決まりの展開もありますし、突然現れるなんてものもあることでしょう。はたまた女の子の部屋に、なんてこともあるかもしれません。
けれども、地面に生えているなんてことはありませんでした。少なくとも、彼の知っている物語りではありえませんでした。
ですが、彼は生えておりました。地面の上に露出しているのは肩から上だけで、腕も足も全く動かせる状態にありません。首を回す以外、出来ることが無いのです。
……僕は本当に異世界にいるんだろうか、と彼は何度も考えていました。もしかして妄想なんじゃないだろうか、とも予想し、夢から覚めるよう神様に祈ったりもしました。
ですが、それらの考えは全て、動けない状況だからこそ思い至ったものでした。それだけ、やることがなく、出来ることもなく、暇だったのです。
もう何度目か覚えていないくらい、この世界のことについて考えていました。頭の上では羽根リスが居心地よさそうにくつろいでいます。どうやら彼のくせっ毛のふわふわ具合をおきに召したようなのです。このままこのリスたちの巣として暮らすのも、悪くないかな……、なんていよいよ極限状態になっていたそのときです。
――がさっ、とそんな物音が聞こえてきました。
物音がすると言うことは何かがいるということ。助かるかもしれない、このままリスの巣として生涯を終えなくてもいいのかもしれない、なんて思いが彼の頭の中を巡りました。
(神様! 助かります!)
神様に頭の中でお礼をしたところで、彼はふと、気が付いてしまいます。ここは異世界で、現れるのは異世界人ということになるでしょう。しかし、それってホントに大丈夫なのかな、と。
(いや、よく考えたらここは森の中だ。それも人の手が入っていないように見える場所、こんなところをまともな人間が歩いているのかな。ていうか、異世界の魔物とかである可能性も捨て切れないじゃないか!)
――がささっ。
彼の頭の中は混乱していましたが、物音は待ってなどくれません。
――がさっ!
ぴょこんと、頭を出した影がありました。くるくるとカールした髪の毛に、飛び出す尖った耳。つんと上を向いた形のいい鼻と、優しげに垂れた青色の瞳。
さて、彼はこの生物を知っておりました。
人間でもあり、魔物でもある生き物――エルフという種族です。
「……!」
「……!」
初対面のリアクションは互いに変わりませんでした。
え、本当に……、といった感じの純粋な驚きです。目を見開いて、口をぽかんと開けて、見つめ合ってしまっていました。彼にとっては当たり前のことではありますが、彼女にとっても彼という存在は驚きに値するものだったようでした。
フリーズした思考がゆっくりと動き出してから、彼はさっきまで考えていた一切合財を忘れ、目の前のエルフにどう挨拶をし、どう仲良くなるかを悩んでいました。どう挨拶すれば、彼女とお友達になれるんだろうか、と。
見た感じ、彼女は背が小さく、幼い顔立ちをしてます。子供のエルフであることはまず間違いないでしょう。
よし、まずは優雅に一礼を……、と考えて、はたと気付きます。
(出来ない! 忘れてた、僕、今、土の中だ!)
そうこうしているうちに、彼女の方も驚きから開放され、やがて彼を不審な眼差しを向け始めました。土に埋まってる奴なんて怪しいに決まっています。誰だってそう思うに決まっていました。
(何か、何か言わなくちゃ!)
もしここで彼女に不審者と思われ、放っておかれれば、彼は本当にリスの巣になるしかありません。それだけは何としてでも、避けなければいけませんでした。
極度の緊張からか、彼の口の中はどんどん乾いていっています。やがて、搾り出すように口を開きました。
「……す、」
言葉も考えも纏まっていないというのに、彼は頭にリスを乗せたまま、こう言います。
「凄いだろう、僕。地面に刺さってるんだ」
地上最高に格好の悪い状態で、意味のわからない自慢をしてしまいました。
(……僕はとてつもないバカだ)
さて、目の前にいる彼女は戸惑ったような表情をしていて、彼は自己嫌悪に浸っています。
時が、止まったようでした。悪い意味で。
「……Roa ja elra si?」
「……え?」
沈黙を破った一言は、何を言っているのかわからないものでした。
ここは異世界で、目の前にいるのは彼とは異なる世界に生きる人です。言葉が通じると思う方が間違っていた、と彼は内心、安堵しました。
「Roa amia!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そう凄まれても僕には言葉がわからないんだ」
怒りの表情で詰め寄る彼女。精一杯怖い顔をして、こっちを睨んでいました。……顔立ちが整っているものですから、まったく怖くはありませんでしたが。
「えーと、なんだ。どうすればいいのかな」
「Roa hrl ja elra!」
「ろ、ロア?」
ニュアンスで伝わる、なんてことはありませんでした。彼はそれを今、ひしひしと感じています。
(さっぱりわからない……)
「とりあえず、ここから出してくれないか。……その、ここから、出して?」
「……?」
ゆっくりと言葉を区切って伝えようとしてみたものの、やはり向こうにもこちらの言葉は通じていないようでした。首を傾げた後、彼女は目を見開き、何かを注視し始めます。
「……! Elra ria ja diski roa……?」
「え? なに?」
ぐい、と頭を掴み寄せ、彼の頭上を凝視して。
「……あ、そのリス? あ! わたし、動物、友達!」
彼の記憶では大体エルフというのは森と生きる生物でした。とですれば、こうした動物たちとはお友達のはずです。運良く頭に乗っているこのリスと仲良しアピールをすれば、何とかなるかもしれない、と考えたのです。
その動物と仲良し大作戦を、不思議そうな表情で彼女は眺め、やがて口を開きました。
「……tomodi?」
「そうそれ! 友達! わたし、リス 大好き!」
「Diski! Elra rua diski!」
「え? なに? 大好き?」
「Mida!」
大きく頷いて彼の顔を覗く彼女。どうやら、動物と仲良し大作戦は成功したようでした。
こうして、彼はゆっくりと掘り返されることとなりました。周りの土は思ったよりもしっかりしていて、彼女の小さな手では時間がかかって仕方がありませんでしたが、それでも一時間もかからずに彼の上半身はある程度自由が利くようになっておりました。
「コマコ?」
「Mida。Ul ja Komako」
「そうか、僕は笹丸。さ、さ、ま、る」
「……Sasamaru」
「上手い上手い! そう、笹丸」
「Sousasamaru!」
「違う! そうはいらないよ」
「Souiranaiyo!」
「あ、これは繰り返しちゃうやつだ……!」
その頃にはこんなやりとりまで可能になっていました。笹丸の方はさっぱりでしたが、どうやらエルフという種族は頭が良いらしく、指さして言葉をいえば、それを示している言葉だということを理解出来るようなのです。
自分を掘り返す作業を手伝いながら、彼がわかったことは一つ。
目の前のエルフの子供は、コマコという名前をしているということだけでした。