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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第三話 口は語る
9/69

3-1

 転校する前の中学校で、千博は部活に入っていなかった。

別に早く帰ってゲームをやりたかったとか、勉強が忙しかったとかいう訳ではない。

ただ祖母と母をできるだけ、家で二人にしておきたくなかったのだ。

人がいるときでもそうだが、人の目がない時はなおさら、祖母は千博の母に酷い仕打ちをする。

小学校から帰ってきたら、母の数少ない余所行きの服が切り裂かれ、顔にあざを作った母が泣いていたこともあった。

どうも祖母は嫁が洒落た服を持っている必要はないと、母が買い物へ行っている間に服を切り刻んだらしい。

そしてそれに抗議した母へ、平手打ちを食らわせたのだ。


 この件以外にも祖母が母の持ち物を勝手に捨てたり、母を殴ったりすることがあり、千博はなるべく早く家に帰るようにしていた。

祖母は千博を毛嫌いしているが、力ではかなわないと知っているので、直接何かしてくることはない。

自分さえそばにいれば、母親は安全だった。

祖母は夕方寝てしまうため夜塾には行っていたが、それ以外の時千博はなるべく家にいるようにしていた。

たとえそれが、余計に千博を同世代から遠ざける原因になってもである。


 しかしもう母を脅かす祖母は、家にいない。

千博が帰宅を急ぐ理由も、家にいなければならない理由もなくなった。


 放課後、千博は二度目となる怪奇探究クラブの扉を叩く。


「この部活に入部させて下さい」


 千博がそう言うと、中にいた部長は目を丸くして驚いていた。

この間いたメンバーは全員そろっており、皆千博の方を眺めている。


「おおーっ! ホントに入ってくれるの!? ウソじゃないよね!?」


 部長は信じられないという様子で叫んでいた。

もちろん千博はそうだとうなずく。


「いやー、まさか君が入ってくれるとは思わなかったよ。一体どんな風の吹き回し?」

「あの、俺はなんというか……」

「あ、わかった。キミ友達いないんでしょ。だから懐の広いこのクラブに入ろうと思ったんだ。いいよいいよ。怪奇探究クラブは、ボッチでも大歓迎!」


 このクラブの長だけあって、部長は全てお見通しだった。

そう、千博は怪奇を求めてではなく、友人を求めてこの部活に入ろうと思ったのである。

もちろん、このクラブの活動内容が危険だらけなのは承知の上だ。

そのため入部するかどうかは散々迷ったが、最後はやはり常夜の言葉が決め手となった。

この部活なら、今まで人と対等な関係を作れなかった自分でも受け入れてくれるような気がしたのだ。


 動機を見透かされた千博は、恥ずかしくなって部長から目をそらす。


「あの、皆さん、これから改めてよろしくお願いします」


 頭を下げると、鳴郎はおざなりに、常夜はいたって普通に、部長とキクコは激しく拍手を返してくれた。

キクコと部長は勧誘してきただけあって、千博が入部した嬉しさもひとしおなのだろう。


「入ってくれてよかったねー、キッコタン」

「ワタシもとってもうれしいよっ」

「あ、部員になるならアダ名を決めなきゃね。氷野千博君でしょ? よーし、今日からお前の名前はせん――」


 部長が言いかけたところで、鳴郎が彼女の背中を蹴り飛ばした。


「下らねぇ言ってんじゃねーよ。そもそもアダ名なんてテメーくらいしか呼ばねぇだろうが」

「おい鳴郎! お前女の子になんてこと……!」

「コイツはこれくらい全然平気だよ」


 まさかと思ったが、彼の言うとおり部長はケロリとした様子のままだった。

唖然とする千博に、常夜がうんざり顔で言う。


「ここはこういう所なのよ。いちいち気にする必要ないから」

「は、はぁ……」


 千博が返事をしている間にも、キクコが「部長の仇」と鳴郎に飛び掛かっていた。

草刈鎌振り回すキクコを見て、千博は早くもこのクラブに入ったことを後悔し始める。

よくあることなのか、部長はあっさりキクコから武器を取り上げると、笑顔で千博の方を向いた。


「とりあえず今日は千博君の歓迎会でもしましょっか」

「い、いいんですか?」

「もっちろんでしょ。せっかくの新入部員なんだから。今日は全員そろってるし」


 「ありがとうございます」と千博は返事をしようとする。

だが、すぐにあることに気付いて口を閉ざした。

確かこの間、部員はあと一人いると言っていなかっただろうか。

しかしその疑問を呈する前に、部室の扉がゆっくりと開かれる。


 入ってきたのは、少女漫画のように大きな目をした少女だった。

ショートボブの髪が覆う小さな顔は、白というよりも蒼白で、血色がまったくよろしくない。

その上少女の手足は折れそうなくらい細く、体格も同年代より一回りは小さかった。

千博は思わず少女の健康状態を心配してしまったが、彼女の背後を見てぎょっとする。

少女の後ろには、負のオーラをまとった死霊の顔が無数に漂っていた。

死霊の放つ気は禍々しいことこの上なく、呪われた夢見の森タウンで、さらに彼女の周りだけ沈んでいる。


「部長、全員揃ってるってどういうことですか……?」


 今にも消え入りそうな声で、少女が言った。

うるんだ上目遣いの瞳は庇護欲をこの上なくそそるが、それも背後の死霊で台無しである。

おそらく最後の部員の登場に、部長は珍しく慌てていた。


「あっ、イッコちゃん! 風邪はもう治ったのかな?」

「……おかげさまで。でも今度は心の風邪を引きそうです……」

「ごめん! さっきのは言葉のアヤだから。アタシイッコちゃんを忘れたりしてないからっ」


 イッコと呼ばれた少女は恨めしそうに部長を見ていたが、千博に気付くと、サっとキクコの後ろに隠れた。

イカツイ体格のせいで怖がられたのかと思い、千博は慌てて挨拶をする。


「俺は新しくこの部活に入った氷野千博。転校したての一年生だから。よろしく」

「わ、わたしは花山一子はなやまいちこです……。一年生です。よろしくお願いします……」


 挨拶している最中にも、苦悶の表情を浮かべる死霊が花山の背後で踊っていた。

霊に関しては素人だが、あんな悪そうな霊が近くにいて彼女は平気なんだろうか。

つい食い入るようにして死霊の群れを眺めていると、花山は沈んだ顔でため息を吐く。


「わたし、超霊媒体質なんです……」

「霊媒体質?」

「はい。とにかく霊に好かれやすくて、良い霊のときはいいんですけど、悪い霊がつくと風邪ひいたり、運が悪くなったり……。命の危険があるときはどの霊も守ってくれますから、この街ではありがたいのかもしれないんですけど……」

「そうなんですか……」


 丁寧語の花山につられて、うっかり千博も丁寧語になってしまった。

気まずい沈黙が広がり、部長が仕切りなおすように手のひらを打つ。


「はいはい。これから千博君の歓迎会の準備をするからね!じゃんけんで負けた人が、買い出しお願いねー」

「あの、買い出しって何か食べるんですか?」

「あ、怒られないか気にしてる? へーきへーき。アタシらに逆らえる人間、この学校にいないから」


 まるでスケ番のようなこと部長は言うと、そのままじゃんけんの音頭を取り始めた。

何回戦かのあと、結局買い出しに行くのは鳴郎と花山に決まる。

鳴郎は忌々しそうに舌打ちをし、花山はこの世の終わりのように自分の不運を嘆いていた。


 若干キレそうな雰囲気のある不良少年と、今にも倒れそうな痩せぎすの少女。


 二人に任せるのに不安を感じた千博は、自分も行くと部長に申し出る。

部長は主役にそんなことさせるわけにはいかないと言ってくれたが、力仕事なら任せてくれと押し切った。


 部長から金をもらって外に出ると、千博は二人と近くにあるというスーパーへ向かう。

まだ日は高かったが、それでも夏休み中より確実に日の入りは早くなっていた。

無言で歩く二人の後を、千博もまた無言で着いていく。

沈黙のまま辿り着いたスーパーは、買い物客の自転車が駐輪場に溢れかえっていた。

夕飯時の買い物客をかき分けながら三人が向かうのは、むろんお菓子売り場だ。

しかし千博は目的地が見えたところで、他の二人に待ったをかける。


「おい、なんだよ氷野」

「二人とも、アレ見てくれ」


 お菓子売り場の棚の前には、虚ろな目でわめく中年の男がいた。

その場を行ったり来たりしながら、「バカ、死ね、ふざけるな」と盛んに罵倒の言葉を繰り返している。

足元もフラフラしているし、関わらない方がいい人間なのは間違いなかった。


「こ、怖いです」

「お菓子を買うのは、あの人がどこかに行ってからにしよう」

「チッだらしねぇな。なんかしてきたらシメればいいだろ」


 しかし鳴郎も花山がブルブル震えているのを見て、大人しく待つことに決めたようだった。

幸い男はすぐにどこかへ行き、三人はやっと菓子棚の前に移動する。


「あんな風になるもの、邪気の影響なのか?」


 千博が尋ねると、鳴郎は相変わらず鋭い瞳をこちらに向けた。


「まぁな。でもああやってはっきり狂うのは、まだマシな方だ。一番怖いのは、一見普通に見えて中身がイカレてる奴だよ」

「なんでだ?」

「静かに狂った人間は行動力は常人並なのに、考えてることが滅茶苦茶だ。とんでもないことをしでかすことが多い」

「なるほど。そりゃたしかに怖いな」


 鳴郎はうなづきながら、自分の籠を甘いものでいっぱいにしていた。

しかも選んでいるのは、パッケージに可愛いキャラクターが付いている物ばかりである。

驚くべき彼の二面性に千博が愕然としていると、花山が小さく笑った。


「意外に鳴郎さんてこういうのが好きなんですよ」

「意外ってレベルじゃないんじゃないか?」

「ゲーセンでは必ずぬいぐるみ取ってくし、きっと部屋の中はお人形でいっぱい……」


 そこまで言ったところで、鳴郎が床を蹴りあげた。

顔を真っ赤にしているところを見るに、相当キレて、なおかつ恥ずかしがっているらしい。


「おい氷野。テメェ死にてぇのか?」

「待て鳴郎! オレは何も言ってない!」

「人が好きなオヤツ選ぶの見て怖がんじゃねーよ。クソが!」


 今にも殴り掛かってきそうなので、千博は「ジュースを取ってくる」と言うと、花山ごと脱出した。

別に花山へキレるとは思わなかったが、イライラ全開の鳴郎のそばに彼女を置いておくのは忍びなかったのである。

なるべく時間をかけてソフトドリンクを選ぶと、二人は恐る恐る鳴郎のもとへ戻った。

買い物かごが甘い物のみになっているが、指摘してまた怒らせたくはない。

籠の中身に誰も触れないまま、三人は会計を済ませた。

少し予定より時間をオーバーしてしまったが、早足で帰れば問題ないだろう。

だが千博たちが足早にスーパーから出ようとすると、一人の中年女性が追いかけてくる。


「ちょっとアンタたち! レジ通してない商品があるでしょ!!」


 万引きを疑う彼女の一言に、三人は顔を見合わせた。

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