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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第二話 怪奇探究クラブへようこそ
7/69

2-2

 三年生の教室の前で佇む幽霊は、ごく一般的な中学生男子の外見をしていた。

別に血まみれだったり、首や手足がなかったりするわけでもない。

ただ死人というだけあって、目はどよんと濁っており、生気のない顔はまさに死相そのものであった。


「あの幽霊、どうやって退治するんですか?」


 まさか殴り倒すわけにもいかないだろうと千博が尋ねると、部長は苦笑しながら首を横に振る。


「ちょっと千博君、何勘違いしてんの。別に倒すとは言ってないし」

「そうなんですか?」

「別にちょっと話を聞くだけだよ。『どうしてこんな所にいるの?』とか。今は良くても、いきなり悪霊になっちゃうこともあるしね」

「えっ!?」


 千博が驚いている間に、部員たちはさっさと少年の所へ向かっていた。

霊には化け物とは違った怖さがあるが、ここで立ち往生しているわけにはいかない。

覚悟を決めた千博が追い付くと、ちょうどキクコが少年の霊に尋ねている。


「ねぇねぇ、ここでなにしてるの?」

「……待ってる」

「待ってるってだれを?」

「小川原先生……」


 少年の声は実際の音ではなく、脳が直接聞いているようであった。

千博には得体のしれない感覚だが、他は慣れているのだろう、特に気にしている素振はない。


「小河原先生ってだれ?」

「僕の担任の先生……」


 そこまで聞いたところで、今度はキクコがこちらの方を向いて言った。


「みんな小河原先生って知ってる?」


 鳴郎と部長はすぐに首を横に振ったが、常夜が呆れたようにため息を吐いた。


「みんな始業式ちゃんと聞いていたのかしら? 小河原先生は二学期から赴任してきた数学教師じゃない」


 常夜にそう言われ、三人はそうだったかと言わんばかりに首をかしげる。

千博は正直、始業式をしっかり聞いている常夜の方が珍しいと思ったが、とにかく真面目な彼女のおかげで、霊が会いに来た「小河原先生」の正体は分かった。

だが小河原先生が二学期からこの学校に来たということになると、この男子生徒の霊は昨日先生に出会って、それから死んだことになってしまう。


「小河原先生は昨日この学校に来たばかりなんだ。君は本当にこの学校の『小河原先生』に会いに来たのか?」


 少年に対して恐怖心を抱いていたにも関わらず、千博は気付いたらこの質問を口にしていた。

今さらハッとするが、少年は気を悪くした様子もなくうなずく。


「僕は小河原先生に会いに来たんだ」

「えっと、君はこの学校の生徒だよな?」

「違う。僕は××県立○○中学校の生徒だった……」


 驚いたことに、少年はここから遠く離れた県の中学からやって来たらしかった。

思わぬ展開に、流石の部員たちも互いに顔を見合わせる。

確証は持てないが、○○中学校とはここに来る前に「小河原先生」がいた学校ではないかと千博は思った。

霊に時間や距離が関係あるかは分からないが、別の学校に赴任した先生を追って現れたのだとしたら、相当強い思いを抱いているのだろう。

千博はいつの間にか恐怖心より、少年の霊に対する探究心と同情心の方が勝ってきていた。


「××県からわざわざ来るなんて、どうしてそんなにまでして先生に会いたいんだ?」

「どうしても先生に伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいこと?」


 千博は暗にその内容を尋ねたが、霊はそれきり黙ってしまった。

きっと他人にはおいそれと話せないことなのだろう。

そんな大事なことを伝えられないまま命を落としてしまった少年に、千博はますます同情せざるを得ない。


「あの、部長。小河原先生をここに呼んできちゃダメですか?」


 自分がこの場にとって、部外者同然の身分だということは分かっている。

しかし千博はそう言わずにはいられなかった。

せっかく遠い所からやって来たのに、このままでは少年が文字通り浮かばれない。


「別にいいけど、小河原先生はこの男の子が見えないかもしれないよ?」

「それでも、ずっと会えないよりはいいかと思って。悪い霊ではなさそうだし……」

「まぁ、それで彼も納得するかもしれないしね。成仏を手伝うのもたまにはイイかも」


 部長が「クロちゃん、千博君と一緒に職員室まで行ってあげて」と言うと、鳴郎は露骨に嫌な顔をした。

それでもしぶしぶ着いて来てくれる彼に、千博は顔の前で手を合わせる。


「悪いな鬼灯」

「鬼灯ってテメェな、苗字じゃキクコなのかオレなのか分かんねぇだろ。ナメてんのか」

「じゃあ何て呼べば……」

「鳴郎しかねぇだろ。部長みたいにクロちゃんとでも言う気かよ。気色悪い」


 (さすがにクロちゃんはないよな……)


 言われた通り、千博は鳴郎と呼ぶことにした。

そうこうしているうちに、本館の一階にある職員室へと着く。

入り口近くにかかっている座席表には、確かに小河原の名前があった。

行ってみると、髪をきっちり七三に分け、四角いメガネをかけた男性教師が座っている。

年は中年に差し掛かったくらいであったが、随分神経質そうな男であった。


 千博は向こうが口を開く前に、まくしたてる勢いで言う。


「先生、悪いけど一緒に来てください。大事な用なんです!」


 小河原は細い眉を不審そうに細めた。


「用って、何の用だ」

「先生にどうしても会いたいという生徒が……」

「ならどうして向こうからここに来ない」

「それは――」


 千博が答えに詰まっていると、意外なことに鳴郎が助け舟を出した。


「××県立○○中学校に覚えがあるか?」

「何?」

「そこの『元』生徒が用だってよ」


 小河原の顔色が変わった。

目を見開き、どうしてお前が知っているんだと言わんばかりの表情になる。

小河原の内心を察したのか、鳴郎はニヤリと唇をゆがめた。


「知りたければ、オレたちと一緒にきな」


 ○○中学校の名前を出したのが余程効いたらしく、小河原は黙って千博たちについてきた。

しかし残念なことに、例の場所へ来ても彼は何も見えないらしい。

少年の幽霊の目の前で、キョロキョロと辺りを見回すばかりであった。


「おい、誰もいないじゃないか。どういうことだ?」


 不機嫌になっていく小河原に焦りつつ、千博は少年の霊に言う。


「会いたかった小河原先生なんだぞ。伝えたいことがあるんじゃないのか?」

「伝えたいこと……」


 少年はしばらく小河原の前で立ち尽くしていたが、突然、彼を取り巻く光が青から赤へと変化した。

顔も苦悶の表情へと変わり、絶望と怒りを感じさせる絶叫が廊下中へ響き渡る。

うめき声を上げながらその場で悶絶する少年の霊は、まさしく千博が想像する悪霊の姿そのものであった。

いきなりの変化に戸惑う千博の前で、少年の体は赤い気体へと変化し、小河原の体内に吸い込まれる。

当の小河原は怪訝な顔をしていたが、一度大きく痙攣すると床に崩れ落ちた。


「先生!」


 千博は慌てて駆け寄ろうとしたが、小河原が寝起きのようにむっくりと起き上がる。

しかしホッとしたのも束の間、彼は甲高い奇声を上げたかと思うと、自分の髪をむちゃくちゃに毟り始めた。

頭皮のついた黒い頭髪が、夕暮れ時の廊下に散乱する。


「先生! やめて下さい!」


 千博はとっさに飛びつこうとしたが、恐ろしいほどの強い力で振りほどかれてしまった。

小河原は笑い声すら上げながら、まだ自分の髪を引きちぎっている。


(憑りつかれた――)


 霊のことに詳しくない千博でも、それくらい分かった。

髪を毟りつくした小河原は一層大きな声で叫ぶと、己の顔面に爪を立てる。

人の爪で皮膚が裂けるのだと、千博は初めて知った。

憑りつかれているせいで痛みも感じず、脳のリミッターも外れているのだろう。

小河原は爪がはがれても構わず顔を掻き毟り、傷を一心不乱にえぐっている。


「ど、どうにかしないと!」


 情けないことに、千博はここまできてやっといつもの判断力が戻った。


「おい鳴郎、お前除霊とかできないか?」

「バカが。金棒でぶっ叩くつもりかよ。やってもいいが、霊が離れる前に先公が死ぬぜ」

「じゃあ、一体どうすれば……」


 霊に物理攻撃が効かないなんて、考えなくても分かることだ。

しかしつい昨日までオカルトに興味がなかった千博は、除霊の仕方なんてさっぱり分からない。


「とにかく救急車を呼びます」


 根本的な解決にはならなくても、とりあえず自傷行為を止めることはできるだろう。

そう思った千博が慌ててケータイを取り出すと、部長がそれに待ったをかけた。


「待って千博君! アタシが何とかするからっ!」

「できるんですか!?」

「そりゃこの部活の部長だもん。除霊なんて基本スキルでしょ」

「しかし一体どうやって?」

「人に憑りつける霊ってのは、基本一人に一つなの。だから新しい霊を憑かせてやれば、今憑りついてる霊は押されて出ていくってワケ」


 千博は理科の実験でやった玉突きを想像したが、一つ問題に気付いた。

新しい霊で古い霊を追い出すのはいいが、その新しい霊はどこで用意するのだろうか。


「あの部長、それで新しい霊はどこに――」


 だが千博の問いに答えることなく、部長は小河原へピンと人差し指を向けた。

おちゃらけた彼女の空気が、がらりと一変する。


「行きなさい。我が下僕よ――!」


 部長が叫ぶと同時に、彼女の人差し指が小さくはぜた。

そこから飛び出すのは、一匹の白い獣。

獣は一直線に暴れる小河原へ駆け出すと、彼の胸に向かって勢いよく飛び込んだ。


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