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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第二話 怪奇探究クラブへようこそ
6/69

2-1

 千博は家に帰ってから、キクコの言っていた「ちみっこ」とは、ひょっとして「魑魅魍魎」のことではないかと気がついた。

確か魑魅魍魎とは、様々な化け物とか精霊という意味だったはずだ。

千博は自分の勘の良さを自画自賛するとともに、部屋の中をうろうろする魑魅魍魎たちをざっと眺めた。

蟲みたいなものから、人の形に似たものまで。

大きさも大小さまざまだった。

これからずっとこんな物を見ながら暮らすのかと思うとうんざりするが、幸い近づくと逃げていくので害はなさそうである。

口裂け女の死体を食べていたし、自然界の虫や小動物に近い存在なのだろう。


 しかし机に上ってきた動く毛玉を手で払いながら、千博は大きくため息を吐いた。

魑魅魍魎に関してはこれで解決したが、問題はこれから夢見の森タウンでどう暮らすかである。

千博はこの街のことを知れたからまだいいものの、他の家族はここの恐ろしさを全く知らないのだ。

とりあえず千博は先ほど、母親に同級生が死んだことと夜は治安が悪いことを伝えたが、ほとんど取り合ってくれなかった。


 当たり前だろう。


 引っ越してきたばかりの、比較的きれいで新しい街。

治安が悪いようには全く見えないし、何より新生活が始まったばかりで舞い上がった状態である。

水を差すような話など、耳に入れたくないに決まっていた。

折を見てまた話そうと思っているが、その前に何も起こらないことを祈るしかない。


 事故や殺人も多いというし、千博は翌朝、周囲に最大限警戒を払いつつ学校へ向かった。

何事もなく着いてホッとしながら教室へ入ると、すでに鬼灯兄弟が登校している。

当たり前だが、二人に血は一滴も付いていなかった。


 そういえば昨日、二人はどうして口裂け女を追っていたのだろうか。

そんなことを考えながら、千博は二人に声をかける。


「二人とも昨日はどうも……」


 その先の言葉を考えあぐねていると、鳴郎が面倒臭そうに視線をこちらへ向けた。


「別に礼を言う必要はねぇよ。こっちの都合で化け物を追ってる時に、偶然テメェがいただけだ」

「いや、でも……」

「助かったんだから、もうそれでいいだろ」


 鳴郎は再び視線を前に戻すと、それきり何も言わなくなった。

相変わらず端正な顔立ちで、鋭利な気を漂わせているが、席に着く彼はごく普通の少年のように見える。

隣にいるキクコもそれは同じで、昨日の出来事が夢か幻だったのではないかと疑ってしまうくらい、二人は日常の風景に溶け込んでいた。


 千博が席に座ると、ただの美少女にしか見えないキクコが話しかけてくる。


「ねぇねぇ千博。部活って興味ある?」

「……部活?」


 思ってもみなかった彼女の一言に、千博はつい聞き返した。


「部活って、鬼灯部活やってるのか?」

「うん。『怪奇探究クラブ』ってところなんだよー」

「怪奇探究クラブ?」

「うん。怪奇を探究したり、化けものを殺したりするの」


 にわかに千博の脳内で、口裂け女を滅多刺しにするキクコの姿がよみがえった。

教室ののんびりした空気とキクコの愛らしい容姿に忘れていたが、彼女は容赦なく化け物を屠れる女なのだ。

そりゃあ入っている部活も普通ではないだろうと納得するとともに、そんな物騒な部活動があることに驚愕する。


「そんな部活が存在するのか!?」

「ひどいっ。ちゃんとあるのに。昨日の口裂け女やっつけるのも、部活動だったんだよ」

「あれが部活動!?」


 昨日口裂け女を追っていた訳が、まさか部活動だったなんて。

てっきり同級生の敵討ち辺りが理由だと思っていたが、流石に部活動は想定の範囲外だった。


「ちょっと待てよ? アレが部活動ってことは、鬼灯鳴郎の方も部員なのか?」

「そーだよ。二人で同じ部活に入ってるの」

「どうしてわざわざ化け物退治なんて危険な真似を……」

「だって楽しいんだもん。千博もいっしょにやろうよー」


 下手すれば殺されかねない化け物退治のどこが楽しいのだろうか。

もちろん千博は速攻で首を振る。


「いやっ、無理だ。そんなの無理に決まってるだろ!」

「えー、でも部長に話したら、見込みがあるって言ってたよ」

「部長? 部長までいるのか!?」


 言ってみてから気が付いたが、部活動なら部長がいて当たり前だった。

しかしとんでもない活動内容にもかかわらず部長がいるなんて、ひょっとして正式な部活なのだろうか。


「そういえば部長に話したって、俺のことなんて言ったんだ?」

「口裂け女に持ちこたえったって言ったの。そしたらね、見どころあるからスカウトに行くって」

「それってつまり、部長が俺の所に来るってことじゃ……」


 予想は大当たりだった。

昼休み、怪奇探究クラブの部長は千博のもとへ現れたのである。


「ヤッホー! 部員達! そして未来の新入部員!!」


 やたらと高いテンションで挨拶してきた部長は、金に近い茶髪が目立つ三年生の女子だった。

つけまつげをしてるのかと思うほど長いまつげに、大きな目と大きな口。

巻いた髪型のせいか、それとも顔の部品が大きいせいか、彼女はキクコとはまた違う、モデルのように華やかな美少女だった。

手足は細いのに胸が大きく、男子に見られて大変だろうとその男子の一人である千博は思う。


 部長は我が物顔で一年の教室に入ってくると、まずはキクコに向かって抱きついた。


「やぁ、キッコタン一日ぶり!」

「部長一日ぶりー!」


(……キッコタン?)


 千博の疑問をよそに、次に部長は机の上でつっぷす鳴郎の頭を小突く。


「やっ、クロちゃん。今日も相変わらず斜に構えてるねぇ。よっ、この中二病!」

「るせぇ。黙れ」


 いつものことなのか、鳴郎は取り合う様子もない。

この兄妹相手にすごい人だなというのが、千博の正直な感想だった。

部員たちに挨拶らしきものを終えた部長は、ついに千博の前へ来る。


「君がキッコタンが言ってた例の子だね。……って、なにコレイケメンじゃん! ハリウッド系のイケメンじゃん!」

「……ど、どうも。氷野千博です」

「アタシは尾崎八百やお。怪奇探索クラブの部長でーす。ヨロシクっ」


 そう言った尾崎八百は、いきなり千博の手を取った。

暖かさと、そして皮膚一枚の下で何かが蠢く感触する。

まるで蟲の大群を掴んだような触感に、千博は思わず手を振り払った。


「すっ、すみません。そ、その、緊張して」


 手を離してから、あまりに失礼だったと千博は謝罪する


「いいよー。一年生にはちょっと刺激が強かったかな?」

「は、はい……」

「正直でよろしい! アタシ君のことますます気に入っちゃった。それで君、良かったらウチの部活に入らない?」

「……遠慮しときます」

「なんでぇー? 中一男子とくれば毎日冒険を求めてるもんでしょー?」


 部長は意味が分からないとばかりに首をかしげた。

そりゃあ千博も少年だから熱い戦いに憧れないこともないが、昨日のようなことは二度と御免である。


「すみませんが、俺には無理です。尾崎先輩の部活って、化け物倒したりするんでしょう?」

「それだけじゃなくて、この街の怪奇に対して飽くなき探究もするよ?」

「なおさら無理です。俺じゃ入部して三日ももたずに死にます」

「ヘーキヘーキ。君ならそのうち、あの二人と並んでうちの部のエースになれるから!」


 部長は何が根拠か知らないが、力強く断言した。

もちろん千博は太鼓判を押されても、怪奇探究クラブへ入る気にはならない。

しかしきっぱり断ると、部長は「どうしてもダメ?」と言って千博に迫ってきた。

中学生にしては大きめの胸が、千博の胸板にぴったりとくっつく。


「千博君、どうしてもダメかなー?」

「いやっ、俺はそのっ」

「ほらほら、部長もっとくっついちゃうぞー」


 部長の胸が千博の胸板で押しつぶされた。

これ以上は色々なものが持たないと判断した千博は、苦渋の決断を迫られる。


「じゃ、じゃあ、今日のトコロは体験入部で!!」


 その台詞はこれからの身の安全と、目の前の窮地とをギリギリまですり合わせた結果だった。

さすがにこれ以上押すのは無理だと判断したのか、部長がやっと胸から離れる。

ホッと一息つく千博に、彼女はいつの間にか教室の出入り口で手を振っていた。


「じゃ、今日の放課後部室に来てねー」


 憎らしくなるほど明るい笑顔を浮かべながら、部長は颯爽と去って行った。







 放課後、鬼灯兄弟と共に訪れた怪奇探究クラブの部室は、思っていた以上に立派なものだった。

広さはだいたい普通の教室の半分くらいで、壁の両脇には本棚が、部屋の中心には学習机を寄せて作ったテーブルが置いてある。

一体何人いる部活なのかは分からないが、活動内容から考えたら贅沢すぎる部室だった。


 すでに部室に来ていた部長が、三人に「よっ」と右手を上げる。


「おー、よく来たね千博君。美人だらけの怪奇探究部へようこそ!」


 部長のテンションは、相変わらず高かった。

いつもこんな調子でいるには、どれだけ体力が必要なのかと考えてしまう。

そもそもこの呪われた町で、化け物と関わりながら生きていられる人間だ。

普通でないことは間違いなかった。


「えっと、このクラブには他にも部員がいるんですか?」


 他にも部員――つまり尋常でない人間がいるのか気になった千博は、さりげなく部長に聞いてみる。


「部員はあと二人いるよ。二人とも女の子だけど」

「……意外に多いんですね」


 すなわちこの学校には、少なくともあと二人は化け物を相手にできる人間がいることになる。

前の学校には化け物をあしらえそうな奴なんていなかったが、さすが呪われた町。

集まってくる人間にも、強者がいるらしいと千博は思った。


「それでその二人は今日部活に――」

「残念だけど、一人は風邪でお休み。もう一人はじきに来ると思うけど」


 部長の言うとおり、もう一人の部員は間もなく部室へやって来た。

姿勢がよく、立ち姿だけでも育ちの良さが分かるような少女である

艶やかな黒髪は腰までまっすぐに伸び、制服のスカートは今時珍しい膝下。

顔は驚くほど小さく、目鼻立ちは総じて小作りだったが、それが流行りの美人にはない美しさを彼女へ与えていた。

下唇の膨らんだ紅い唇と黒目がちの目のせいか、少女はまるで最高級の和人形のように見える。

クラスではきっと高嶺の花だろうなと思っていると、千博は少女の腕に西洋人形が抱えられているのに気付いた。

金の巻き毛が美しい、これまた高価そうなビスクドールである。

どうしてこんなものを学校に――そう思った瞬間、人形の青い瞳がちらりと千博の方を一瞥した。


「うわっ!」

「初対面でいきなり悲鳴を上げるだなんて、ずいぶん失礼な人ね」


 どこか澄ました様子のある声で、少女が冷ややかに言った。

千博が改めて見ると、人形の瞳は当たり前のように正面を向いている。

見間違いだったのだろうか。

千博が少女に謝罪すると、彼女は人形を抱え直しながら言う。


「私の名前は常夜鈴とこよすず。二年生よ。貴方は?」

「俺は氷野千博と言います。転入してきたばかりの一年生です」

「そう、氷野君というのね。覚えたわ」


 常夜は胸に抱いたビスクドールの頭を撫でた。

レースをふんだんにあしらったドレスを着た人形が、千博は気になって仕方がない。


「その人形、常夜先輩の物なんですか?」

「物じゃないわ。この子は私の家に代々伝わる『妹』よ」

「いもうと?」

「ええそうよ。この子には魂が入っているの。可愛がれば守ってくれるし、粗末にすれば大変なことになるわ。気を付けてね」


 そう言うと、常夜は初めて千博に向かって笑いかけた。

しかしその微笑に、千博はうすら寒いものを感じてしまう。

魂が入っているという人形を抱える、人形のような少女。

ある程度予想はしていたものの、やはり怪奇探究クラブは曲者ぞろいだった。


「で、今日の部活は何すんだよ部長?」


 千博と常夜が自己紹介を終えると、退屈そうにしていた鳴郎が尋ねた。

どうやら今日の活動内容はまだ決まっていなかったらしい。


「うーん、口裂け女も倒しちゃったしぃ。かと言って千博クンもいるのに何もしないワケにはいかないから、久々に校内でも見回るかぁ」


 席に座っていた部長は大きく伸びをしながら答えた。


「見回りって、一体何するんですか?」

「そりゃあ化け物探しに決まってんじゃん。放課後の学校ときたらお化けの宝庫でしょ?」

「……いるんですか?」

「もっちろん! 夏休み前に狩りつくしちゃったけど、そろそろ増えてきたころだと思うんだよね~」


 (狩りつくした……。化け物を……)


 この部活の人間にとっては、化け物狩りは楽しいハンティングと同列らしい。

部長や常夜がどうやって戦うのかは分からないが、こうして生きているところを見ると、それなり以上に強いのは間違いなかった。


 部長は席から立ち上がると、そばに立てかけてあった金属バットを千博に投げ渡す。


「コレは……?」

「武器に決まってるじゃん。イザというときはコレで身を守ってね!」

「ええっ!?」


 何気なく鳴郎の方を見ると、彼は初対面の時持っていたバットケースを下げていた。

なぜか分からないが、千博はあのケースの中身が昨日の金棒だと確信する。

キクコは口裂け女から奪い取った草刈鎌を、常夜は人形をこれが武器だと言わんばかりに抱えていた。

部長だけ丸腰だが、この部活の長なのだからそれでも平気なのだろう。


(まさか武装して校内を練り歩くことになろうとは……)


 「レッツゴー!」という部長の掛け声とともに、千博と他三名の部員は部室の外へ足を踏み出した。

放課後の校内は全て照明が落ち、気温は低いが昼間の湿気が残っているせいでじっとりとしている。

たとえ夢見の森タウンでなくとも、喧騒と明かりが消えた学校は今にも化け物が出そうな雰囲気だった。

情けないが、千博はバットを常に構えながら廊下を進む。

部室は北校舎の二階にあるため、まずは北校舎を一向は回って行った。

千博にとっては幸いにも、部員たちにとっては不運にも北校舎には何事もなく、次は三年生の教室がある本校舎へと移る。


(無事に帰れればいいが……)


 千博は切に願ったが、三年の教室が並ぶ廊下に入った途端、向こう端に青白い人影があるのを見つけた。

人影はぼんやりと発光しており、遠い所にいるにもかかわらずやけに顔がはっきりと分かる。

眼球を介しているのではなく、まるで直接脳内に映像が浮かんでいるような感じであった。


 魑魅魍魎とはまた違う輩の出現に千博は戸惑うが、横にいる鳴郎があっさりと言い放つ。


「おい、部長。あれ死霊だよな」


 まるで野鳥の種類を問いかけるような彼の口ぶりに、千博は脱力した。

彼らにとって死霊は珍しくないのかもしれないが、こちらにとっては大事件である。


「部長、アレ幽霊なんですか?」

「うん、そーだね。紛れもなく幽霊だよ。ひょっとしてこういうの初めて?」

「当たり前です!」

「へぇ、じゃあ今日の部活動はあの幽霊に決定ね!」


 部長が元気よく幽霊の方を指さす。

化け物を相手にするよりマシかもしれないが、千博は幽霊退治なんてまっぴらごめんだった。


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