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1:女が女を愛せることは、私が身を以って証明している

 女は女を愛するようにできていない。そのメカニズムが備わっていない。

 Twitterでフォローしあっている相手がそんなことを呟きだしたので、十回ふぁぼりとあんふぁぼを繰り返すとか、いっそリムーブとフォローを繰り返して最終的にブロックするとか考えたけれど、あまりに子供じみているので結局普通にブロックした。

 こいつ尋常じゃないファック野郎、と私は自室のディスプレイに向かって口に出した。どうやらその人は女であるらしいので野郎という言葉は不適かもしれないけど。

 その人は続けて、「だから不可能なことを必死にやろうとしている百合の姿が愛おしい」とかなんとか言っていたようだが、それすらも頭に来る。ファック野郎、お前は男とのファックのことだけ考えてろ。

 女が女を愛せることは、私が身を持って証明している。二宮希美子が相馬ほのかを好きなことで証明している。

 イラッとした勢いをそのままツイート欄に打ち込みたくなったが流石にそれはよくないので、普段の五割増しくだらないギャグを飛ばしてみる。一個ふぁぼがついた。へらり、程度のぬるい笑いは取れたと判断して満足する。

 ノートパソコンをスリープさせて勉強机に向かった。宿題をしなければ。地方とは言え、一応進学高校の二年生はそれなりに課題も多い。去年に比べて手の抜き方も分かってきたから多少は楽になっているけれど、それでも一時間やそこらでこなせる量ではない。

 受験はまだまだ先のことにしか思えない。私にはあらゆる大切なことが、まだ遠い未来のことにしか思えない。ほのかを好きなことを除いて。




 私とほのかは高校のクラスメイトである。一年生の頃から同じクラスだった。なので、登校すれば毎日顔を合わせることができる。

 ざわめく教室で、自分の机に頬杖をついてぼんやりと始業を待っていた。朝課外はない。一応校風として文武両道を謳っている手前、二年生までは部活の朝練にでも励めということらしい。もっとも私の所属する美術部に朝練はないので、ぼんやりするか終わっていない課題を片付ける時間になっている。

 教室にまた一人誰かが入ってきたのに目をやる。小さい背丈。背中に垂らした一本三つ編み。ほのかだった。目があう。

 無言でひらひらと手を振ってやると、笑い返された。彼女はいつも凄く幸せそうに笑う。まるで一切の不安がないみたいに。

 ほのかが他の子たちに挨拶しながら席に向かいだすので、目を逸らした。窓の外を眺める。七月頭の太陽は既に攻撃的な色合いを強くしていた。

 ほのかが自分の席で教科書を机に入れている音がする。いつもほのかの方が登校は遅い。それは私の方が真面目だからではなく、バスの到着時間の問題だ。学校に対する真面目さで言えば、ほのかの方がずっと真面目である。

 顔を向けているのと逆側に気配が立った。見上げる。

「おはよ」

「おはよう、キミちゃん」

 周りには聞こえないくらいの声で、今日初めて言葉を交わした。

 多分、私たちはお互いに朝の挨拶をもったいぶっている。別に深い意味はないし、そもそも最初はもったいぶるつもりではなかった。私の席が入口の近くではなくなったから、ほのかが入ってきてすぐには声をかけづらかっただけだ。教室の端から「おはよー!」と言うなんて、学園ドラマじゃあるまいし。だから私はそうしなかったら、こうなった。

 私はもったいぶるのが楽しい。二人で少しいけないことをしているような気持ちになれる。でもほのかはどうなのか分からない。そもそも、彼女もどこかもったいぶっているように感じるのは、私の気のせいかもしれない。

「ね、来週の創立記念日暇?」

 しゃぼん玉みたいな問いかけに私は頷く。

「暇だよ、どっか行く?」

「映画見に行こうよ」

「いいね」

 二つ返事で乗った。ほのかの誘いを断るなんてよっぽどの用事がなければ……とまではいかないけれど、暇な時に断るわけはない。

 今期の期末は六月に終わらせてしまっていて、今がもう半分夏休みみたいなものだ。容赦なく土曜日には課外が入ってくるが、流石に創立記念日は遊べる。

「見たいものあるの?」

「うん」

 ほのかは公開直後の大作映画の名前を挙げた。有名な監督が期待の新人女優を起用した人間ドラマである、というくらいの情報は聞いたことがあった。

「おっけ。お昼ごはん一緒に食べてから映画に、でいいかな」

 いつものパターンを提案するとほのかは承諾する。決まり。携帯のスケジュール帳に予定を書き込む。わざわざ書かなくても忘れやしないのだけれども。

 私が入力し終わるのを待って、ほのかは口を開く。その監督の前作がどうだったとか、テレビで流される映画のPRイベントに作品の雰囲気と合わない芸人を使うのは何故かとか、ところで弟に恋人ができたらしいとか。

 前作は見てないけれど前々作は敵役がとびっきり魅力的だったのでいい映画だった、芸人かどうかに関わらずコメントが適当な宣伝は私も許せない、弟君の彼女さんにセクハラしてさっさと別れさせればいい、ということを適度に引き延ばしつつ返しながら、私はじっくりほのかを眺める。

 クラスで小さいほうから数えて三番目くらいの体は、彼女にとってはコンプレックスらしいけれど、未成熟で不安定な魅力をはらんでいる。心から楽しそうな笑顔はある意味では無防備さにも感じられて、危うさをいや増す。だが単に過敏な壊れ物然としているかと言うと、そうではない。豊かな髪を背中で太くて緩い三つ編みにしていることが、おっとりした雰囲気も作っている。健康的で滑らかな肌はお菓子を連想させる。目は一見一重のようで、その実奥二重だ。目を大きく開いた時などにそれが分かり、なおさら瞳を大きく見せる。口は慎ましい大きさをしていて品がある。田舎の進学校は伝統のある公立高校が多く、私たちの学校もそうなのだけれど、その野暮ったい制服はほのかが着るととても清楚なものに見える。等々。

 指先の爪の円い桜色から、腰をかがめた時にちらりと見える背中のくぼみまで、私はほのかの外見のあらゆる所を褒めることができる。くまなく言及した後、また最初から同じ表現で繰り返すことも、全て違う表現で言いなおすことだってできる。やったことはないけれど絶対にそうだ。ほのかは十二分に可愛く、私は彼女に恋をしているのだから当然だ。

 私はほのかの全てを肯定できる。その心以外は。

「そうだ、どうせならモールの方の映画館に行って買い物もしてこようよ」

 思いつきを言葉にする。小さくて古い映画館なら近くにもあるけれど、郊外に建ったショッピングモールには数年前にできたばかりのシネコンがあるのだ。二、三度行ったことがあるが、とても快適だった。

「ん、いいよ」

 ほのかはにこやかに頷いた。

 電車に乗る必要があるので十一時に駅で落ち合うことを決めた所で、ホームルームの時間が来た。

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