11.没落
訓練所を出た大和はそのままギルドの総合受付で鍛冶屋の位置を聞きに入った。鍛冶屋の場所は教えてもらえたのだが、受付の忠告により、剣の修理は翌日に後回しにすることにした。何でも鍛冶屋の炉に火が入っているのは早朝から昼にかけてまでであり、それ以後では鍋や包丁などの販売をしているだけで、グレートソードのような大きなものの修理はできないだろうと言われたからだ。
急ぎの用でないのなら、翌日に回してはどうかと言うので、大和はその通りにして宿へ戻った。
「さて、さっそく試してみるかな」
自分の部屋に戻ってきた大和は甲冑を脱ぎ、下着と半袖のデフォルト装備になってアイテムボックスからあるアイテムを取り出すことにした。
実はギルドの受付が大和が文字の読み書きができないと言うことで解読の魔法がかかった魔法具を買うなり借りるなりしてみればどうかと勧めて来たのだ。
文字が読めないと依頼書の内容が理解できないし、ギルドで公開している資料も読むことが出来ない。それでは不便なので、ギルドが魔法具を文字の読めない冒険者にレンタルするサービスなどもあるそうだ。使用はギルド施設内に限られ、時間に応じた料金も発生する。元々、ギルドでは朗読と代筆はただで行われているので、金のない最初の内はこれらのサービスを頼り、稼げるようになれば、魔法具をレンタルしたり、買ったりするのが一般的らしい。
ちなみにその魔法具を買うならどれくらいするものなのか聞いてみると金貨1枚くらいはするのだそうだ。大和の所持金額では買えないこともないが、かなりの出費となる。
大和は解読の魔法と聞いて一つ、心当たりのあるアイテムがあることを思い出したのだ。大和はその場を保留にして、自室でそのアイテムを試してみることにした。
大和がアイテムボックスから取り出したのは、ぱっと見は万年筆であるが、ペン先が剣になっており、掘られた溝には黒いインクが滲んでいた。
これは青空戦記の運営者が読書の秋と"ペンは剣よりも強し”と言う格言にちなんで、イベントに参加したすべてのプレイヤーに送られたアイテム、【ライターソード】である。
剣の癖して装備アイテムではなく、イベントアイテムであるのだが、このアイテムを使用すると自分のステータスでは読めないスキルブック――使うとスキルを拾得できるアイテム――を読めるようになると云う効果がある。しかし、これはスキルブックを使用できるようになるのではなく、スキルブックに書かれている文章を読むことが出来ると云うもので、スキルブックを使用してスキルを拾得するにはわざわざ内容を読む必要はなく、読めるからと云って内包されたスキルを条件を揃えずに拾得できるわけでもないので、完全な遊びアイテムである。
更に言えば、ゲーム内の書物の内容はインターネット上の某大型攻略サイトに掲載されているので、存在価値のないアイテムと化している。大和は多くのプレイヤーが【ライターソード】を容赦なく破棄する中、アイテムボックスの片隅に保管し続けてきた。理由は、このアイテムは装備アイテムではないが、剣であり、剣コレクターを自負していた大和は例え意味のないアイテムであろうと剣であるのなら彼のコレクションに加える価値があると考えていたからだ。
【ライターソード】の説明文には、"この世の英知を曇し眼に映し、その知識を刻む剣”と書かれている。大和はこれが解読の魔法の暗喩なのではないかと思っているのだ。
大和は【ライターソード】を持ったまま、ギルドから鍛冶屋の位置を教えてもらったときに借りたゲザイヤの地図を見てみる。地図には文字の他にも文字の読めない人でも理解できるように小さなイラストが書かれている。鍛冶屋の場所にはハンマーのイラストと、ローマ字ともアラビア文字とも取れない文字で鍛冶屋と書かれていた。
「おお、読める。読めるぞ」
大和は手頃な紙をアイテムボックスから取り出して、【ライターソード】の剣先を紙に押し当てる。すると、【ライターソード】は大和の腕を操ってペンを走らせる。そして、大和の脳裏の文字をローマ字ともアラビア文字とも見える文字で書き連ねた。【ライターソード】を持っている今の大和にはその文字がどんな意味なのかはっきりとわかるのを確認し、思わず。
紙には 刃匠 と書かれていた。
これで文字の問題は解決である。ギルドから依頼を引き受けるのも、資料からこの世界の情報を入手することも出来るだろう。
大和は歓喜と共に、どこか投げやりな感情に染まった。大和は今でもこの世界は何かの間違いで、大和が学生をしていた世界こそ本物であるのだと考えていた。そんな自分が着々とこの世界で暮らしていく情報とものを整えていき、それに一喜一憂している。
「今更だけど。やっぱり、ここも現実だよなあ」
大和はヤンとの勝負の際に曲がったグレートソードを見た。ゲームの中でも武器破損のシステムはあったが、それは武器の耐久値が0になったときに、その武器が消滅するという表現で済まされており、耐久値が減ってきても剣に刃こぼれが生じたり、変形してしまったなどの細かな表現はされないものだった。今回の事態は大和に改めてこの世界がゲームとは違う、現実なのだとしらしめる機会となったのだ。
「ちょっと大人気なかったかなあ。別に必要不可欠ってわけじゃないし、Fランクのノーマル武器だったし、何よりグレートソードは剣の中では“不得意”なやつだったしなあ。にしても、怪我人が出張ってくるなんて、アンナのパーティはアグレッシブ過ぎるよ。なんか変な魔法使いっぽいのもいたし……。アンナがパーティのリーダーかどうかは知らないけど、ちょっとなあ……。まあ、あんなノリはゲームの中でもよくあったけどさ」
青空戦記の中で比較的有名で上位ランカーでもある大和は、ゲームの中でもよく強襲された経験がある。理由は様々で単に大和と戦ってみたいと云う奴もいれば、大和の持つコレクション目当ての奴もいた。ヤンの場合はそれらの中ではまともな理由であったことが、大和にとってそれほど怒る理由にならない大きな要因となった。雑魚武器を壊されたからといって、一々反応していてはMMOゲーム(多人数同時参加型オンラインゲーム)なんてやっていられない。馬鹿なほど真面目な奴もいれば、死ぬほどウザい奴もいるMMOゲームを程よく楽しむには、ある程度の寛容さとスルースキルが必要であり、大和もそれを心得ている。
それでも、ヤンの行動は問題視するに値すると大和は考えていた。
「はあ、あの依頼は安請け合いし過ぎたなあ」
大和は昨日の夕食時にアンナからの塞国祭出場の依頼を受けたことを思い返した。あれは明らかにアンナたちは隠し事をしていた。つまり、怪しさ満載であった。大和が彼女の依頼を受けたのは、礼には礼を持って返すと云う両親の教えが半分であったが、ゲームをやっていたクエスト依頼と同じようなノリで引き受けてしまったのがもう半分を占めていた。現実的にはあのような話しを受けるのは、電車の優先席に陣取って携帯を弄くるヤンキーを注意する度胸もない事なかれ主義な大和の人柄上あり得ないことだった。
後で事情を話すとしても、あの時点では引き受けたのは早計過ぎたと大和は後悔していた。
しかし、大和はその考えを頭を降って放棄する。何はともあれ、引き受けてしまったものは仕方がない。口約束ではあれど、一度交わした約束を守るのが両親が大和に望んだ善き人の姿である。大和は後悔はしているが意志は固めたのだった。
◆
――コンコンッ
大和の部屋の扉がノックされたのは、大和が夕食を自室で取り、今日の風呂はどうすればよいか考えていた頃である。商隊の護衛をしていたときは風呂など入れるはずがないので我慢していたが、本来毎日風呂に入るのが当たり前である日本人の大和からすれば、風呂に入れるのであれば入りたいと思うのが当然である。
大和が宿の主人に聞いてみたところ、風呂屋と云うのはあるが、基本的に貴族や大商人などの金持ちが利用するためのものだそうだ。水についての問題ではなく、湯を沸かすための燃料が高いため、庶民は濡れた布で身体を拭くのが一般的なのだそうだ。
大和の場合、昨日のように【妖精の水遊場】を使えばいいのだが、黒くなった水を処分し忘れてしまい、その辺に捨ててくるべきか、今日はもう風呂に入らずに済ませるか悩んでいた。
――コンコンッ
「……誰だ」
「あたしだ、アンちゃん、ちょっと時間いいかい?」
大和の部屋に訪れたのはアンナであった。大和は甲冑を素早く着ると、アンナを出迎える。甲冑を着たのは、今更になって素顔を晒すのは気恥かしいと云う事と、今の格好は半袖と下着という客を出迎えるには不相応な格好であり、代わりの適当な服をアイテムボックスから探すのが面倒だからと云う理由だからである。
甲冑姿で現れた大和にアンナは少しばかり動揺した。いくらなんでも宿の自室では甲冑を脱いでいるだろうと思っていたためだ。
「アンちゃん、部屋ん中くらいは甲冑を脱いだらどうだい? 息苦しいだろうに」
「無用だ。用件は?」
大和は外面用の無愛想な口調でアンナに尋ねる。この口調も商隊の護衛をしている間にすっかり定着してしまったものである。雇い主であるウゴラスには、意識して出来得る限り丁寧な口調で話していたが、それ以外のものにはこのような口調で話すことにした。それは彼らとの間に距離を置くためであり、その名残が今も続いている。それに元々、RPGゲームをやっていたと云う事もあり、ゲームの中では初対面のプレイヤーにはこのようなキャラを作って話していた。
アンナは昼間のこともあり、大和の態度に重いプレッシャーと気まずさを感じたが、それらを抑え込んで大和に返答した。
「昨日話したろう。事情は別の場所で話すって、昨日はアンちゃんが旅で疲れが溜まっていただろうと思ったから切り上げたけど、早めに話した方がいいと思ってね。都合はいいかい?」
「問題ない。では場所でも移すか? 話しにくいことなのだろう?」
「いや、アンちゃんの部屋でいいよ。飯食った後で外へ行くのも面倒だろう?」
「……まあ、いいだろう」
アンナは当初、アンナ達が泊まる宿で話そうと考えていたのだが、昼間の一件でアンナはその予定を変更した。アンナは大和の実力は自分たちパーティの誰も敵わないほどのものであると確信したのだ。
冒険者は実力がすべてであり、例え、素顔も素性も判らない、今日冒険者になったばかりの白紙であろうと、大和が自分たちの上位者であると云うことには違いがない。そして、上位者に対してはそれなりの配慮が必要なのだ。
昨日の夜、大和に依頼したときに詳しい説明を後日に回したのは、大和の疲労を考慮したこともあるが、大和の実力を甘く見ていたと云う面もあったのだ。
そもそも、本音を言うとあの時点で大和が引き受けるなんて思ってもいなかったのだ。確かに、アンナはかなり大和に頼みを受け入れるように強要したと言ってもおかしくないほどに感情的に頼み込んだが、普通の冒険者ならばそんな情に流されることなく、詳しい説明を聞いてから手を貸すかどうかを決める者だ。あのときは嬉しさに気が付かなかったが、後々になって、そのことが不思議に思い始めた。ルルミナと相談してみたが、彼女にも確かな答えはわからなかった。
そんなわけで、悪気はなかったとはいえ大和には、昼間の件も合わせて、随分と失礼をしてしまったと自覚し、こうしてアンナの方から大和へ出向いたのだった。正直言えば、自室でなら大和も甲冑を脱ぎ、素顔が見れることで、些か気楽になれることを期待していたと云う面もある。
「好きなところに座ってくれ」
大和はアンナを部屋の中へ誘うが、宿屋の部屋で座れるところなどベッドか背もたれのない木の椅子くらいしかない。大和は女性であるアンナが好きな方に座れるように、ドカッと床に胡坐を組んで座る。甲冑を着ている大和とは違い、アンナは露出の多い革鎧であり、お世辞にも綺麗とは言えない部屋の床に直接座るのは不快感や座り心地的に考えて、抵抗があるだろうと思った故の大和の配慮であった。
しかし、アンナも大和と同じように、大和と対面して座る。アンナの行動に大和は“この世界の冒険者は床に座るのがデフォルトなのかな”と見当違いなことを考えていたが、アンナには部屋の主である大和を差し置いてベッドや椅子に座る余裕がなかったのだった。と云うよりも大和がどこに座ろうとアンナは床に座るつもりであった。
アンナは口調こそ普段通りであるが、内心では大和の機嫌を損ねないようにビクビクしているのだ。
「まずは昼間のこと、後れちまったがパーティを代表して謝罪する。申し訳ない」
アンナは胡坐を組んだまま両手に拳を作り、そしてその拳を床について頭を深く下げた。
「よければ、アンベールとヤンのことは許してやってくれ。あいつらも悪気はなかったんだ」
「かまわんさ、あの男の気持ちも判らんことではない」
大和の返答はあっさりとしたものだった。彼にとって、昼間のことはもう済んだことであり、後に引くほどの出来事でもないのだ。アンナは慰謝料を請求されるだろうと考えていただけに、大和のまったく気負いのない返事に、これほどの強さを持っておきながら、その尊大さのない態度に敬服した。
「……御厚意感謝する」
「ん? まあ、どうってことはない。そんなことよりも早速本題に移ろう」
大和はアンナに話を促す。
「ああ、そうだな。……今回の事情を話すにあたって、まずはあたしの生い立ちから話すことになる。そうしないと全部を話したことにはならないしな。話が長くなるけど、いいかい?」
大和は黙って頷いた。アンナはその様子を見て、ゆっくりと思いだすように語り始めた。
◆
10年前、フィーリスランド王国に騎士の家系の家があった。
爵位も領地もあるわけではないが、長年王国に仕え武勲もたてていた褒美として、王都の一角に屋敷と恒久的な俸給の権利を王より与えられ、貴族でない騎士が就くことができる最高位、忠命騎士を3人も輩出した騎士の名門となった。
アンナはその家の第11代目当主の娘として生まれた。
ファール家は当主である彼女の父と母、そして弟の4人家族であり、裕福とは決して言えないが、とても仲睦まじい家族であった。父は王国軍の師団長を勤めており、今後目立った武勲をたてることが出来れば、ファール家4人目の忠命騎士になれるだろうと目された騎士だった。平民騎士の間では彼は羨望の的であり、当時の王の皇太子時代に護衛騎士を勤めたことがある関係で王の信頼も厚いものだった。
ファール家では男も女も関係なく幼い頃から剣の稽古が行われており、アンナと彼女の弟も剣を習わされていた。幸いなことに二人とも剣の稽古が嫌いではなく、よくオヤツや夕食のデザートを賭けて、子供同士の仁義なき戦いをしていた。
そんな幸せな家庭であったファール家に崩壊したのは、今から10年前、大災禍年のときである。
大災禍年は前もって、教会からの御神託により予期されていた。王国も来る厄年のために備えをしていたが、大災禍年の壮絶さに対して準備が足りなかったと後の世の人々は語る。
この年は山火事、洪水、竜巻、日照り、噴火、津波、疫病と丸一年中災害が世界中で多発した。特に魔物の活性化が著しく、冒険者だけではとても対応仕切れず、軍も二週間に一回の間隔で出兵した。幸いと云うべきか、この大災禍年の被害は世界中、他国でも甚大な被害を出していたために、仲の悪い隣国同士であっても暗黙の了解でお互いの国境付近を警戒する防衛兵を魔物の討伐に向かわせることができた。逆に言えば、そのくらいすべての国が切羽詰まっていたのだ。
しかし、そこまでやっても国内の魔物の被害は治まることを知らず、村や町、ときには城壁のある大きな都市でさえも壊滅する事態となった。正確な数値はわからないが、この大災禍年ではほぼすべての国において2割~3割の人口が減ったとされている。
特に酷いのが、大災禍年と暗黒月が重なった時期であった。ただへさえ魔物の活性化が著しいというのに、この上暗黒月という最悪の条件が重なればどうなるのか。予想する人はたくさんいたが、想像絶する事態になるのは誰も目にも明らかであった。
騎士師団長であったアンナの父に魔物の討伐が命じられたのは、ちょうど暗黒月が来る直前のことであった。周囲の感想は無茶、無謀、ただそれだけだった。
大災禍年ではない例年の暗黒月のときですら、この時期での出兵は自殺行為であるとされている。魔物というのは死骸から湧いてくる蛆虫のごとく、昨日何もいなかった場所に突如として何十、何百という数が出現することがあるものである。
魔物が出現しやすい場所を進軍する場合、本隊の先見隊が進軍進路上に魔除けの粉を捲きながら進軍する。こうしないと行軍している本隊の内部で魔物が出現する可能性があるからだ。本隊の内部に突然、魔物が出現すると兵が混乱し、必要以上の損害を出すなど、非常に厄介なことになるのだ。
しかし、その予防策も暗黒月では気休め程度の効果しか得られない。
しかも、大災禍年のこともあり、例え魔物が出現しないはずの土地でも、そのようなことが起きる可能性が高いのである。下手をしなくても壊滅、全滅の可能性すらある。
これの命令は、当時の貴族院からの要請があったからなのだが、事情に詳しいものが見れば、その狙いは明らかであった。
平民の希望の星とも云えるファール家の当主は貴族たちから見れば、下賤な平民風情が身の程知らずにも貴族騎士を命令できる立場にいる許されない存在。そう言ったものであった。戦時中であれば、実力があるものが上に立つのは当然であり、暗黙の了解があったものであるが、長い間、国境との小競り合いばかりで大きな戦争がない時代では、貴族たちのファール家に対する不満は頂点に達していた。
これまではファール家は王家の保護下にいる関係であり、貴族たちは手を出そうにも出せない状態であった。しかし、ファール家を守っていた王は大災禍年のせいで最近続いていた激務で体調を崩して休養中。更にファール家の夫人――つまりアンナの母親――の故郷が度重なる魔物の襲撃によって疲弊しており、王都へ援軍の要請をしていたこと。それらを材料にファール家を潰す計画を立てた。
貴族たちは貴族院でファール家夫人の故郷への援軍を決議。ファール家当主が率いる師団を暗黒月直前に出すことにより、彼の戦死を謀ったのだ。
王の代わりに採決を取る宰相に根回しをし、援軍を出すことが決定された。アンナの父もこの命令の無謀さはわかっており、再三に渡り計画の見合わせを要請したが、貴族たちはその要請をことごとく却下した。その上で、彼にこう囁いたのだ。
――今度の出撃で任務を果たし、無事戻ってくることが出来たなら、貴公を貴族に取り立てるように取り計らおう。そうすれば更に高い騎士の地位を得られるし、家族にも良い暮らしをさせられよう。それに、夫人の故郷はかなり危険な状態にある。もし、暗黒月が来る前に援軍を出さなければ、夫人は故郷を失うことになり、大変悲しむことになるだろう。
更に、この命令を聞けないのなら、貴族たちは大いにファール家を批判し、今後一切、ファール家から忠命騎士が出ることはないだろう、とまで言ったのだ。
アンナの父は迷った。妻の故郷は小さいながらも城壁に囲まれた町でちょっとやそっとでは落ちることはない。しかし、その道中で魔物の大群に襲われれば生き残ることすらも難しいだろう。
しかし、彼は前々から妻から故郷を守ることはできないかと相談されたことがある。できればそれを叶えてやりたい。それに貴族になることができれば先祖から続く騎士の名門であるファール家を大きくすることができ、他の貴族たちから平民とバカにされることもない。妻や子供たちにも楽をさせてやれる。そう長年考えていたことだ。
貴族たちもそれを知っていてこのような言い方をしたのだ。アンナの父の感情と野心を煽り決断を迫るのは彼らにとって容易いことであった。
かくして、ファール家当主は貴族たちの命令を受け入れ、出兵した。
暗黒月が明けるまでは伝令の類は使えない。早馬、伝書鳩は魔物に襲われる可能性が高く、《伝達》の魔法も世界を覆う、魔素が乱れにより長距離では使えなくなる。
アンナたち家族は、父の帰りをじっと待ち続けた。
暗黒月が明けた後に届いた《伝達》には、多くの者が予想した通りの状況が伝わっていた。
――援軍に出た師団は道中で魔物の大群に襲われ全滅。ファール家夫人の故郷も援軍が到着しなかったことにより壊滅。
この通達がファール家にもたらされたとき、夫人は倒れ、病床についた。アンナと弟も突然の父の死を受け入れられず、ファール家に暗澹な雰囲気が立ち込めた。
ファール家が悲漢に暮れた後にも王国の情勢は変わってゆき、体調を崩した王が崩御した。それを切っ掛けに、ある公爵家が王位の簒奪に乗り出し、まだ大災禍年が終わらないうちから王都は、フィーリスランド王国は王家派と公爵派で分裂し、更なる混乱の渦に飲み込まれた。
大災禍年が終わったときにはフィーリスランド王国の勢力図は激変していた。
結局、王家派は敗退し、元公爵、新生フィーリスランド王国初代国王、アルフレッド・ジーニッツ・ガフィ・ド=バジーニアが王国の頂点に君臨した。
そんな王国の混乱に負けず劣らず、ファール家は混迷を極めていた。
王家の保護が消えてしまったファール家を、なんとか執り持とうとしていたアンナの母がついに倒れて、二進も三進もいかなくなってしまった。その上、新国王は自身を支持した貴族を取り立てて新しい国政を行った。それらの重鎮となった貴族は悉くファール家に害意のもつ者ばかりで、その存続すらも認めなかった。
まず、前王家から与えられた屋敷は取り上げられ、財産も没収、俸給も無効となった。ファール家は路頭に迷う浮浪民と同じく、その日暮らしの生活を送りながらなんとか食いつないでいたが、アンナの母が無理な労働生活により、病気にかかり、間もなく亡くなった。
残されたアンナと弟は母が残してくれた少ない財産を胸に選択を迫られていた。
姉、アンナは国を捨てた。父を母を殺し、自分たちをどん底まで貶めた故郷を憎悪し、別の土地で暮らすことを決めた。
彼女の弟は国に残った。ファール家を再興し、父と母の無念を晴らそうと考えた。
二人は激しく反発し合った。アンナは過去のことは忘れて新しい場所で一からやり直そうと言い、弟はファール家の長男として父や先祖の意思を引き継ぐと言った。
どこまでも平行線であった二人の姉弟は、最後は喧嘩別れをするように少ない財産を分けて、それぞれの道を歩き出した。
その後、アンナは隣国、リジュード同盟国家へと渡り、冒険者となった。
弟は名前を偽り、その年に新生フィーリスランド王国初代国王が開催したコロシアムに出場し、平民騎士へと取り立てられた。
次の話はちょっと遅くなりそうです。
7/5
ライターソードの部分を少し修正しました。




