宮廷一の断罪令嬢、実家に濡れ衣をかけられたので秒で証拠不十分に持ち込みました!?〜近衛騎士団長と一緒に、捏造証拠をひとつずつ丁寧に切り崩していきます!~
「シャルロット・ヴァンディエ公爵令嬢! この場で問おう!」
王宮の謁見の間に、甲高い声が響き渡った。声の主は第二王位継承派閥の筆頭、ーーデュボア侯爵。声の張り方だけは立派なものである。
「あなたの実家が経営する王立アカデミア学園にて、多額の使途不明金と、生徒への不当な処罰が横行しているとの訴えがあった! これについて、申し開きがあれば聞こう!」
会場中の視線が一斉に集まる。ふむ.......慣れた感覚だ。ただし、いつもと立ち位置が違う。
わたしはこれまで幾度となく、この謁見の間で誰かを断罪してきた。証拠を突きつけ、逃げ場を塞ぎ、最後は毅然と「以上です」と言い放つ、あの快感。今日はどうやら、その矢がわたし自身に向いているらしい。
「侯爵様......使途不明金とやら、具体的な金額と日付を教えていただけますこと? わたくし、帳簿仕事は得意ですの」
「し、証拠は既にある.......! これだ!」
差し出されたのは分厚い書類の束。目を通す……なるほど、丁寧な作りだ。数字の桁も揃っている。前回、前々回よりも明らかに知能犯寄りである。
「随分と手の込んだ資料ですこと。でも侯爵様、この帳簿、うちの学園の会計印がすべて左向きに押されておりますわ」
「そ、それが何だと言うのだ.....!?」
「うちの会計印、右向きにしか押せない仕様の特注品ですの。左に傾けるには、そもそも印章の柄を持ち替えて逆さに押すしかございません。会計士がそんな器用な真似をすると思いまして?」
会場がざわつく。デュボア侯爵の顔が、みるみる赤くなっていく。
「そ、それは印刷の際の誤差というものだろう!」
「あら、誤差にしては十七枚全部同じ角度で傾いておりますわね。誤差というより、もはや意志を感じますけれど」
くすくすと小さな笑いが漏れる。だが侯爵は諦めなかった。
「な、ならば生徒への不当な処罰についてはどうだ.....!? 貴様の学園で、罪もない生徒が不当に退学させられたという証言もある......!」
「その生徒の名前を教えていただけます?」
「ジェラール・モンテュー! 男爵家の三男だ!」
聞き覚えのある名前だった。わたしは記憶を辿る。ああ、思い出した。
「ジェラール様なら、試験のカンニングが露見して自主退学された方ですわね。証拠の隠しカンペ、今も証拠保管庫にございますけれど、ご覧になりますか? ちなみに文字がとても達筆でしたので、密かに感心した記憶がございますわ」
「なっ……! そ、それは……!?」
侯爵の声が、明らかに震え始めた。
その時、謁見の間の扉が音を立てて開いた。
「失礼、少々遅くなりました」
現れたのは、近衛騎士団の若き団長――エドワード・ラングフォードだった。整った顔立ちに、涼やかな声。だがその手には、わたしが見たことのない書類の束が握られている。
「エドワード卿……! なぜお前がここに」
「陛下の勅命で、今回の疑惑について独自に調査を行っておりました。デュボア侯爵、あなたに申し上げたいことがあります」
「な、なんだ......!」
「あなたが提出した"使途不明金の証拠"、その帳簿を作成した会計士を辿ったところ、面白いことが分かりました」
エドワードは書類をひらりとめくる。仕草がいちいち様になる男である。
「その会計士........五年前にヴァンディエ嬢が横領事件で断罪した、ロベール伯爵家の元執事です」
会場が凍りついた。
「な……なぜそれを……!?」
「あなたが集めている協力者、洗い出してみたら見事に共通点がありました。全員、過去にヴァンディエ嬢に断罪された者の身内、あるいは関係者です。まるで同窓会名簿ですね」
「そ、それは偶然だ.......!」
「偶然にしては、全員が第二王位継承派閥に集まっているのが不思議ですが。まあ、僕も偶然だと思いたいのは山々ですけどね」
エドワードの皮肉に、わずかに笑いが漏れる。デュボア侯爵は完全に言葉を失っていた。
わたしは静かに一歩前に出た。
「侯爵様。皮肉なものですわね。わたくしが今まで下してきた裁きが、めぐりめぐって今のあなたたちの結束を生んだのだとしたら」
「な……」
「わたくし、自分の裁きが間違っていたとは思っておりません。ですが、恨みというものが、こうして形を変えて牙を剥くのだと、勉強になりましたわ」
「くっ……!」
「けれど、それはそれ.......今回の疑惑は証拠不十分どころか、証拠が捏造でしたわね。逆にこちらが問いたいのですけれど、王家に対する虚偽の告発――これ、どういう処分が下るかご存知ですこと?」
デュボア侯爵の顔から完全に血の気が引いていた。
「ま、待て、これは……その、誤解なんだ……!」
「あら、誤解でしたの。それはよかった。では帳簿の左向き印章も、達筆なカンペも、五年前の元執事の件も........全部誤解ということで片付けてしまいましょうか。侯爵様、誤解の魔法使いにでもなられましたの?」
会場に、こらえきれない笑い声が広がった。侯爵は真っ赤な顔で立ち尽くすばかりだった。
「.......陛下」
わたしは玉座に向かって深く礼をした。
「わたくしと実家に対する疑惑については、以上をもって晴れたものと考えてよろしいでしょうか」
「うむ……いや、うむ。実に、見事なものだ」
国王の乾いた相槌に、また小さな笑いが起きる。
「デュボア侯爵並びに第二派閥の関係者については、追って正式な処分を申し渡す。……ヴァンディエ嬢、大儀であった」
「もったいないお言葉ですわ」
謁見の間を後にする道すがら、エドワードが隣に並んだ。
「お疲れ様でした。相変わらず、容赦ないですね」
「あら、容赦しすぎたと思いますけれど。左向きの印章のくだり、本当は最初の一言で終わらせられましたのに」
「じゃあなぜ引っ張ったんですか」
「決まっておりますわ。侯爵様の顔が赤くなっていく過程を、もう少し楽しみたかっただけですの」
エドワードが小さく吹き出した。
「団長ともあろうお方が、証拠集めまで自らなさるなんて。過保護が過ぎるのでは?」
「僕の担当区域で、僕の知らないところであなたが陥れられるのは困りますから」
「あら、それは公私混同ですこと」
「かもしれませんね」
あまりにもあっさり肯定されて、わたしは思わず足を止めた。エドワードはそんなわたしを振り返ると、何でもないことのように首を傾げる。
「……何か?」
「いえ........普通、そこは否定なさるところではなくて?」
「そうですか? 僕としては、あなたに何かあった時に理由を説明するほうが面倒ですから、先に全部片付けておいたほうが楽だと思っただけですが」
「まあ、随分と合理的な理由ですこと」
「ええ、とても合理的でしょう?」
涼しい顔で言い切るものだから、わたしは思わず呆れてしまう。けれど、ふと彼の手元に視線を落とす。
先ほどの書類は、随分と使い込まれていた。何度もめくられたのだろう、端には細かな折り目までついている。
「……それ、いつから調べていらしたのです?」
「三週間ほど前からです」
「三週間……?」
「最初は小さな帳簿の不一致でした。ですが、調べるほど妙な繋がりが出てきましてね。あなたが過去に裁いた事件まで遡る必要があったので、少々時間がかかりました」
「つまり、わたくしが何も知らないところで、ずっと調べてくださっていたと?」
「そういうことになります」
さらりと答える彼に、胸の奥がほんの少しだけ熱くなる。
わたしは今まで、誰かに守られることなど考えたこともなかった。証拠を集め、相手の嘘を見抜き、自分の力で道を切り開く。それが当たり前だったからだ。
だからこそ――自分の知らないところで、自分のために動いてくれていた人がいるという事実は、不思議なくらい心に残った。
「……お節介な方ですのね」
「よく言われます」
「褒めておりませんわよ」
「それでも、あなたに言われるなら悪い気はしません」
そう言って笑う彼を見て、わたしは返す言葉を失った。
まったく.......この男は、ときどきこちらの調子を狂わせるのが上手すぎる。
――そして、その胸の奥で小さく芽吹いた感情が、後にわたし自身を大いに悩ませることになるとは、この時のわたしはまだ知る由もなかった。
否定しないその態度に、思わずこちらが言葉を失う番だった。
――こうして、裁きの令嬢は今度も裁かれることなく、むしろ自分を陥れようとした派閥ごと返り討ちにしたのだった。
だが、この一件が新たな火種になることを、この時のわたしはまだ知らない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!
感想コメントもお待ちしております!
登場人物のこれからの行方など、まだまだ書きたいことがございます。よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!




