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塗り絵の世界

掲載日:2026/02/23

私たちが生きている世界は、


思っている以上に「塗り絵」に近いのかもしれません。




教育やメディアを通して、


こう生きるべきだ、


これが幸せだ、


これが成功だ、


そんな輪郭が、先に示されます。




その絵の中でなら、


好きに選んでいいと言われる。




それが常識で、


それが自由だと。




その枠しか知らなければ、


疑問を持つ理由も、あまりありません。




どの学校に行くか。


どんな仕事をするか。


結婚するか、しないか。


子どもを持つか、持たないか。




「ほら、自由に選べるでしょう」




そう言われて育ってきた人は、少なくないはずです。




けれどそれは、


色を選んでいるようで、


実際には「選ばされている」だけかもしれません。




「好きな色で塗っていいよ。


はみ出さなければね。」




現実の線は、塗り絵のように目には見えません。


だからこそ、人はいつの間にか、その中に収まっていきます。




「普通はこうする」


「みんなそうしている」


「はみ出さなくなれば一人前」




その線は、


良識や当たり前という名前の、


透明なインクで引かれています。




透明だから、疑われにくい。


疑われないから、正しいものとして扱われる。




そして、はみ出したとき、


線を疑う人はあまりいません。




疑われるのは、いつも、はみ出した側です。




「自分が悪い」


「努力が足りない」


「向いていなかった」




こうして自責や他責の形で、


線そのものは守られます。




たとえ窮屈でも、


たとえ息苦しくても、


そのほうが安心できるからです。




塗り絵のいちばん怖いところは、


不自由なことではありません。




自由を与えられていると、


思わされることです。




どれだけ色を工夫しても、


遠目から見れば完成図はだいたい同じ。




どれだけカラフルに塗っても、


並べてみれば、同じ形をしています。




それでも人は、


なかなか塗り絵を手放せません。




なぜか。




塗り絵の中にいれば、


失敗を線のせいにできるからです。




色の種類が少なかった。


与えられた絵が好きじゃなかった。


教えられた通りにやったのに、はみ出した。


消せる道具を渡されなかった。




だから、自分は悪くなかった。




こう言える場所は、とても安心です。


同じ仲間もいるでしょう。




一方で、白紙はまったく違います。




正解も、見本も、完成図もない。




どこから描いてもいいし、


何も描かなくてもいい。




ただし、


線を引いた瞬間から、




その歪みも、浅さも、過剰さも、


すべて自分のものになります。




誰のせいにもできない。




線が弱ければ自分の弱さ。


雑なら雑さ。


壊れていれば、壊したのも自分。




だから白紙は、自由であると同時に、




自由と同じ分だけ、容赦なく責任を突きつけてきます。




日本の塗り絵は、線が太い。




一ミリはみ出しただけで、すぐ修正が入る。




「違う」


「それはおかしい」


「普通はこうだ」




修正液は速く、消しゴムは容赦がない。




線から外れた痕跡は、白く塗りつぶされるか、


最初からなかったことにされる。




そうやって、「描く」という行為そのものが、


危険なものとして学習されていく。




だから、塗り絵を捨てた人は、後悔も多い。




評価されない。


理解されない。


うまくいかない。




そして、こう考える。




「あの線の中に戻ればよかった」


「あっちのほうが、楽だった」




実際、楽な人もいるでしょう。




塗り絵の中では、


失敗は「自分の問題」ではなく、


社会の構造の問題にできるからです。




白紙では、そうはいかない。




線を引いたのは自分。


歪んでいても、薄くても、それはすべて自分の筆跡です。




立派な絵を完成させる必要はありません。


それ自体が、塗り絵の世界で刷り込まれた発想だから。




自分の中にある、不格好な違和感を、


外側の線に合わせず、感覚のまま描いてみること。




上手かどうか、評価されるかどうかでもない。




「自分が描いた」という事実だけが残る。




それに耐えられない人は、また塗り絵を探しに行きます。




新しい成功法則。


新しい生き方。


新しい正解。




線は、何度でも買い直せる。




でも、線はただの線です。




あなたは、どちらの絵を見せたいですか。


それとも、塗らない?

このエッセイを元に小説を書いてみます

よろしくお願いします

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