IF.01 無正〜むしょう〜
新参者ですが、よろしくお願いいたします。
「おかあさん······おとうさん·········なんでおきてくれないの?
·····ずっと一緒に居てくれるっていってたのに··········。
ねぇ、またいっしょにあそぼうよ·········おきてまた、いっしょにまたあそぼうよ··········!」
霊安室の中、一人の子供の悲痛な慟哭が木霊する。
同時に、其の側に立っていた担当医らしき医師達が、2人を救えなかった悔しさ、そしてこの子供にとって、最悪の親の退院日和にしてしまった申し訳無さから、顔を歪める。
だが、其の慟哭に対し返ってくる応えは、全くと言って良い程に変わる事はなかった。
ずっと一緒に居る筈だった母親と父親、そんな掛け替えの無い家族と云う2人が───不治の病により、自分をたった一人残して逝ってしまった事。
だからこそ、2人は幾ら呼び掛けようが、いくら泣こうが目覚める事はない、
そんな残酷な事実と云う応えだけしか、彼の元に返ってこなかった。
悲しいかな、こんな偶然など有ってたまるかと心の底から思ってしまいそうだが、此れはそんな次元の問題では無い。
不幸な偶然が、がっちりとした瓦みたく重なりに重なった結果、この子供の父方、そして母方の祖父母は、既に亡くなってしまっている。
つまりはたった今から、彼は正真正銘の「天涯孤独」と成ってしまったのだ。
「おじいちゃんも········おばあちゃんもみんなしんじゃったのに·····!
··········ぼくはこれから、どうすればいいの·····?」
先程まで親の死を悔いて泣いていた子供は、突如として冷静と混乱という名の状態異常に陥った。
其れもその筈である。
時には愛を育み、反面教師そして模範とし、其の身を頼り、そして────最後に恩返しをする筈だった2人の育ての親は、もう自分には居ない。
其のショックと喪失感は余りにも計り知れないものであり、子供の心には、ノコギリで切断しかけたかの様な、深く治りにくい傷が刻まれるだろう。
親を失うと云うことは、そういう事なのだ。
「これから、ぼくはどうなるんだろう」
そんな独りに成るという不安と恐怖が、彼をゆっくりと呑み込み、侵蝕していく。
其の速さはこの世に存在するどんな毒素よりも、どんな薬よりも速いだろう。
「··········うぅ」
其の侵蝕の苦しさに耐えかねたのだろう。
子供は其の場に、ゆっくりと踞ろうとしていた。
後数秒もすれば、彼の心は不安と恐怖に完全に支配され、其の重圧に耐え切れずに完全に崩壊してしまうだろう。
(くる····しい··········だ·······れ··········か)
子供は完全に蹲ってしまい、立つことすらもままならなくなってしまった。
侵蝕が余程進んでしまっているのだろう。
これ以上の放置は危険である。
だが、一つだけ気になる事がある。
其れはずばり口にさせてもらうと、周辺に佇んでいる医師達の件についてである。
親を失った事実に打ちひしがれ、絶望して泣いている小さな子供が居るというのに、一体全体何をやっているのかと感じるだろう。
だが彼等も、迂闊に手が出せない状況に陥っているのだ。
今の現状の子供に対して「大丈夫か?」と話しかけた際、崩壊しそうな心に揺さぶりを掛けてしまい、そのまま精神崩壊───なんて事になってしまうのを防ぐ為。
或いは────黒い理由になるが、話し掛けた際にもしそうなってしまった時に、責任を取りたくないが為である。
誰も動かず、手が出せずと黒い思考が少し混ざった地獄の様な膠着状態は、このまま彼の精神が崩壊するまで維持されてしまうと思われた。
「────大丈夫かい?」
そんな最悪の状況を断ち切ったのは、しゅるしゅると云う何かが這う様な音と共に掛けられた、たった一人の女医の声であった。
まるで、不安と恐怖の侵蝕を抑える特効薬かの様に、支配を取り除き、傷んだ心に優しく寄り添うかの様に、彼女の其の優しげな一言は、突如として子供の身に降り掛かった。
「··········え?」
そんな突然の出来事に対して、彼は震えながら声を上げた。
(自分はもう一人だ)
(助けてくれる人はもう誰もいない)
(何で見てるだけなの?)
(助けてよ··········!
ねぇ····················!)
そんな数々の負の感情に押し潰され、今正に壊れようとしていた瞬間に掛けられた、自分を心配する言葉。
其の特効薬は、少しずつでは有るが、彼の心の傷をゆっくりと癒し始めた。
声の主である其の女医は、丁度ゆっくりと子供の傍へと歩みを進め、其の身長差から来る高めの視線を合わせる為に、しゃがみ込もうとしていた所だった。
其の行動を取るのを見るに、余程彼の事を心配しているのだろう。
で無ければ、見ず知らずの子供(2人は初対面である)に対して態々視線を合わせると云う手間を取らないし、今頃他の医師達と一緒に、其の行く末を黙って見つめている事だろう。
其の優しく包み込む様な声に反応したのか、子供はダンゴムシの様に蹲り、其の身体の中に仕舞っていた顔をゆっくりと上げると、声の主の方へと向けた。
「··········おいしゃ··········さ···············ん?」
其の瞬間、悲しみと苦しみの涙に塗れていた彼の瞳は、驚きと困惑によって新たに塗り潰され、見開かれた。
無理も無いだろう、彼の目の前にしゃがみ込んでいる、否、かがみ込んでいる女の人お医者さんは───下半身が人間の其れでは無いのだから。
丸い洋梨の様な鱗に覆われた長い爬虫類の尾が、其の儘身体と成っているかの様な下半身。
其の色は、背中側は灰色を基調としており、腹側は少し白っぽいクリーム色をしていた。
彼女の其の姿形は────最早蛇と形容する以外に、他に言葉が見つからなかった。
「ぁ··········ぇえ···············?」
子供の思考は、彼女の其の姿形を認識し、理解と云う終結点へと向かう為に一時的に停止した。
だがそれ以前に、ただ一つだけ明らかな事が有る。
(この蛇のお医者さんは、他のお医者さんと違って自分を助けようとしてくれている)
其の事実を理解した瞬間、蛇の女医を見上げている彼の瞳からは、一筋の涙が零れ落ちる。
其れは決して精神が崩壊した事によって起こる物では無く、純粋な嬉しさから起こり、来る物であった。
「っ············!」
其の姿を見た蛇の女医は、永年の勘から、反射的に子供を自らの元へと抱き寄せた。
彼が涙を見せた事により、より深刻な状態へと陥ってしまったと勘違いしたのだろう。
だが、先程述べた通り、実際は違う。
「········へびのおいしゃ·····さん···············たすけ··········て··········くれて··········ありが··········とう···················」
抱き上げられた子供の口から、良い意味で彼女の杞憂を否定し、吹き飛ばす言葉が発せられた。
子供の口から発せられた、幼く震えた声では有るがはっきりとした感謝の言葉に救われたのだろう、彼女は安堵の表情を浮かべると同時に、子供の身体をぎゅっと抱擁した。
強過ぎず、弱過ぎず、優しく大事な物を包み込むかの様に。
「··········ごめん────お父さんとお母さんを助けてあげられなくて」
彼女の口からぽろりと零れ落ちた、謝罪の言葉。
其れは、この子供の親を救えなかった子供に対して嘘偽りの無い潔白な謝罪と贖罪の意識から来る物であり、其れを証明する為に反射的に零れ落ちた言葉であった。
其の言葉が───子供の辛うじて抑え込まれていた負の感情を取り払い、純粋な悲しみの感情を決壊させた。
其の時にはもう、彼の瞳からは、とめどなく涙が溢れ出していた。
「··············うん········うん·····」
声を上げ、自らの胸の中で泣きじゃくる子供を、彼女は優しく慰める。
其の効果は薄い所か、無いかもしれない。
親を失うという悲しみは、殆どの場合は他人の慰め程度ではどうにもならないからだ。
だが、彼女はそんな事は気にしない。
今自分に出来る最大限の謝罪と贖罪、其れを懸命に行なわずして、これから医師として、どうやって患者に顔向けできるというのだろうか?
「あの·········先生·············そろそろ此方の「少し席を外す」
「··········はい!?」
「君達はこの場を頼む。
私は───この子と少し話をしてくる。
········本当の別れの時位、しっかりと用意してあげらなきゃ、医師として失格だ」
彼女はそう周りの医師達に命令すると、子供をゆっくりと抱き上げ、霊安室を後にした。
辺りの医師達に対する其の命令口調からして、多分だが担当医だったのだろうか。
まぁ、其れは後々分かる事だろう。
だが、彼女はある事に気付いていない。
彼女に抱き上げられ、少し暗い廊下を進む········と言うか手厚く運ばれていく子供の心は、ある変化を迎えていた。
子供の傍には、何時も二人の「親」が居た。
彼は何時も、二人が傍に居てくれると信じていた───
其れが「正しい」と、信じていた。
彼の正しさを信じる心が今、揺らぎ始めている。
掛け替えのない存在で有った、二人の親の「死」によって。
行き当たりばったりで進めて行こうと思ってます。
その代わりと言っては難ですが、出来栄えの方は期待しておいて下さい(!?)
前書きや後書きは世界観の解説や、ちょっとしたお知らせ、其他諸々等に使おうと考えているので、あしからず宜しくお願い致します。




