第99話 聖女アルマ
「……出られねえじゃねえか!」
なんというか、一回戦終了後、待てど暮らせど出られなかった。
「うーん、回数が足りないんでしょうか」とキルステーナは首をかしげる。
僕は肉体的にも精神的にも非常に疲れていた。
ベッドに寝転び、ぼんやりと白い宙を見上げる。
どうしてこうなってしまったのか……。
「ふふふ」とキルステーナが寄ってくる。「私、幸せです」
「それは……良かったね」
「アーリング様も幸せですか?」
「……まあ、幸せだとは思う」
「歯切れが悪いです」
「幸せだよ……」
しかし、なぜこうも晴れない気分なのだろう。
「ふわぁ」とキルステーナがあくびをする。「ここ、お腹も減らないようですけど、眠くはなるんですね」
「そうだね」
いまのところトイレの心配も不要そうだ。
そういう魔術的な空間なのだろう。
「アーリング様。ひと眠りしませんか?」
「……そうしよう」
もしかしたら、いままでのことはすべて夢で、目が覚めたら現実に戻っているかもしれない。
僕たちは少し眠ることにした。
キルステーナを背後から抱きしめる。
そう要望されたのだった。
誰か助けてくれ! と言いたかった。
ここから出たら、リネアと一緒に抜け出して、どこか遠くの国へ行こうか、なんてことを考えながら眠った。
◇◇◇
目を開けると女性の顔があった。
きれいだな、とだけ思った。
それくらい顔面に力がある女だ。
金髪碧眼の……。
彼女はベッドの隣に立ち、僕の顔を見下ろしていた。
ん?
なんか数日前にも同じようなことを感じた気が……。
どことなく見覚えがあるような顔だった。
一瞬、キルステーナかと思ったが、違う。
次第に焦点があっていく。
「ふむ」女性が言った。「少し若返ったか?」
まだ頭がぼんやりとしていた。
右を見ると、そこにはキルステーナがいて、眠っていた。
それとよく似た顔が、僕を見下ろしていた。
「久しいな、グレンフェルよ」
「あ、はい。グレンフェルです。……お久しぶりです」
いままでに会った記憶がない。
どこかのパーティーで会ったことがあったのだろうか……。
覚えていないのも失礼だろうから、つい、久しぶりだと言ってしまったが……。
グレンフェルというのも、あまり呼ばれ慣れていない名前なので反応に時間がかかった。
基本的に、グレンフェルという呼称は僕の父に対して使われる。
僕も廃嫡されたとはいえ、グレンフェルではあるけれども……。
「というか、あなたは誰ですか?」
「なんだ、私の名前を忘れたのか? お互いに名前を呼び合って性行為をしたこともあったではないか」
「ないよ!」
知らん人だよ!
「まあ良い。私の名前はアルマだ」
そう言って、彼女はキルステーナに視線を移した。
「そいつは我が娘、クリスティーナか?」
「いや、違うと思いますけど……」
名前は似てるけれども……。
僕達の会話で目が覚めたのか、キルステーナがこちらを見た。
「あら、そっくりさん。ドッペルゲンガーですね」
「うん?」アルマと名乗る女は眉をひそめる。「やはりクリスティーナではないのか?」
「えっと……わたしはキルステーナと申します」
「そうなのか」アルマは言った。「まあ良い。グレンフェルよ。それで、例の件はどうなったんだ? 『ネードフリシン』は成功したのか?」
ネードフリシン?
「あの、どなたかと勘違いされているみたいなんですが……」と僕は言った。
「ふむ」アルマは言った。「お前は何者だ?」
「アーリングと申します」
「アーリング……」つぶやき、ああ、と思い出したようだ。「グレンフェルの息子か。もう、そんなに時間が経っていたというのか……」
なるほど……。
彼女は僕を父上だと勘違いしていたらしい。
若い頃の父は僕に似ていたということか?
いや、というか、この女と父が……。
なんだか想像したくない話だった。
「アルマ様というお名前なんですよね」キルステーナが言った。「もしかして、あの聖女アルマですか?」
「お前の考えている聖女と同じかは知らんが、そう呼ばれていた時期はあるな」
「やったぁ! お会いできて光栄です!」
キルステーナはベッドから降りて、アルマに握手を求めていた。
アルマは無表情のままキルステーナの手を握っていた。
うーん。
いろいろな疑問が生まれては、どこから聞いていくべきかがわからなくなっていく。
聞きたいことはたくさんあった。
思いついたままに聞いてみることにした。
「あの、ここはどこなんですか? あなたは、いつからいるんですか? どうしたら出られますか?」
「ここは私の寝室だ。ただ、ここは昔使っていた場所で、いまは違うところで寝ている。侵入者の気配がしたので来てみたら、お前たちが抱き合っていたので、しばらく観察していたんだ」
見られてたんかい!
早く助けろや!
「いつからというのは、よくわからん。私には時間の概念がない。それでも答えるのであれば、ずっと昔だな。たまに気が向いたときに人間界へ行くこともあるが……」
僕はアルマの瞳を視たが、彼女が何を考えているのかはわからなかった。
よほど精神の壁が強固なのか、あるいは、そもそも人間ではない、ということか……。
「どうしたら出られるかだが、私が扉を開けば出られる」
「ふむふむ」キルステーナが言った。「もしアルマさんが開けなければ、ここにアーリング様と、ずっと二人でいられるってことですね」
怖いことを言うなぁ!
アルマもいるから二人じゃないしな!
「僕達はここを出ないといけないんです。いろいろしないといけないことがありまして」
現実世界のことが思い出される。
ここに来てどれくらいの時間が経ったのだろう……。
「良かろう」
そう言って、アルマが空中に手をかざすと、そこに白い扉が出現した。
「この扉を開けば、元の世界へ戻れるだろう」
「あの、また会えたりしますか?」キルステーナが言った。
「うむ。一度ここへ来た者であれば、強く願えばここへ来ることができる」そしてアルマは言った。「しかし、どうやってここへ来たんだ?」
「えっと……」キルステーナが答えた。「古い礼拝堂に、アルマ様の絵があったんです。そこに引きずりこまれまして」
「ああ、昔つくったドアのひとつだな」アルマは言った。「私は世界中にドアを持っているんだ。しかし、鍵が掛かっていたはずなんだがなぁ……」
「鍵といいますと?」僕はきいた。
「私か、私の血を引くもの以外は解錠できないようにつくっていたんだが……」アルマは言った。「まあ、時間の経過とともに鍵が緩んでいたのかもしれんな」
そういうことにしておこう。
「それではな」とアルマが言った。「私は他の部屋で寝る。また何か用があったら呼びなさい」
そう言って、アルマの体が徐々に透けていった。
不思議な人だ。
いや、そもそも人間なのかどうかも怪しい。
「じゃあ、帰りましょうか」とキルステーナが扉を開いた。
白い扉の先は、さらに白い世界で……ちょっと入るのに抵抗があった。
なんだか天国をイメージさせる空間だからだ。
しかし、キルステーナはなんの迷いもなく、ひょいっとそのなかに入っていった。
まあ怖がっていても仕方がない。
僕も帰ろう……と思ったときだった。
扉の隣に、もうひとつの扉が現れる。
それもまた白い扉だった。
その扉が不意に開き、現れたのは……。
「シリヤ?」
「はい! アーリング様、助けに来ました! 絵にかけられていた魔術を解析し、ここに転移の扉をつくれば解決すると……」
……遅いよ!
なんて、言っても仕方がないか。
助けに来てくれたのは素直に嬉しかった。
シリヤは周囲を見回した。
「あ、ここ、もしかして……。セックスしないと出られない部屋ですか!? そんな!」
それはもうええわい!




