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第93話 いつもの、濃厚なやつをしてさしあげるのがよろしいかと

 突如、王都の町に爆発音が鳴り響いた。


 荷馬車から見える夜空が、一瞬、真昼のように白く染まった。

 激しい突風のようなものが吹いた。


「いったいなんだ?」と検問を行っていた男が言った。


「わかりません。中央広場のほうからでしょうか」


 西門のあたりに一般の家屋は少ないが、住んでいる者もいる。

 音に驚いた人々が出てくるのが見えた。


 何者かが走ってくる音がきこえた。


「報告します! 中央広場にアーリング一味が出現した、という報告がありました!」


「よし。我らも向かうぞ!」


 混乱のなか、指揮官らしき男が叫ぶ。

 兵士たちは検問を放棄し去っていく。


 たまたま、ということはないだろう。

 誰かが裏工作をしてくれたのか。


「いまのうちに出発します」と御者台に座った男が言った。


「ちょっと待ってくださーい!」と外から声がかかる。


 聞き覚えのある声だった。

 というか……。


 え?


 シリヤの声だった。


 僕は床に寝転んでいる白猫を見た。


「シリヤが二人?」


 外にもいる?

 どういうことだ?

 魔法?


 荷馬車の後部座席が開かれる。

 現れたのは、いつものシリヤだった。


「アーリングさん、ひどいですよ! 私を置いていくなんて!」


「……え?」僕は床にいる白猫を捕まえる。「これは?」


「ただの白猫ですよ! 見たらわかるでしょうが!」


 正直なことを言えば、見てもわからない。


 つまり、僕たちはただの白猫をシリヤと間違えて連れてきていた、ということか。


「シリヤは、どこに行ってたの?」


「トイレです! ヴィルデさんには言ってたのに!」


 そういえば、そんなことをヴィルデが言っていたような気もする。

 そのあと白猫が現れたから、皆、てっきりシリヤが帰ってきたものだと思ったのだ。


「お話はあとで」リネアが言った。「出発しましょう」


 それもそうだ。


◇◇◇


 行商隊は検問を突破し、そのまま西の門を通過した。

 ここを抜けてしまえば、あとはヴァインベルク家の領地に逃げ込めば良い。

 領地への道は多様で、すべての道を見張っておくことはできない。

 そのなかでも、もっとも敵に知られていないであろう道を通る手筈になっていた。


 シリヤはついてきていた白猫を抱きかかえ、一吸いしたあと、僕のほうに近づいてきた。


「もう!」と言って、シリヤは僕の膝の上に乗る。


「ちょっと、重いよ……」


「女の子に重いってなんですか! 私以外の猫を抱いたくせに!」


「ごめんごめん……。猫のときよりも重いってことだよ」


「本当に悪いと思ってますか? 私、あのままだとひとりで王都に潜伏しないといけなかったんですけど!」


「本当にごめん」


 僕は深々と頭を下げ、膝の上のシリヤを背後から抱きしめた。


「忘れてごめんね。きみがそばにいない生活なんて、考えられないよ」


「ふ、ふん……まあ、良いでしょう」


 完全に機嫌が治ったわけではないようだが、なんとかなったようだ。


「あのさ、リネアは気づいてなかったの?」と僕は尋ねた。


「気づいていましたよ」さらりと言う。


「なら言ってくれよ!」


 魔法の要であるシリヤが欠けたら、僕らパーティって結構もろいぞ!


「検問がうまくいかない可能性を考えておりまして」リネアは言った。「別行動の部隊があったほうが良いかと」


 そこまで読んでいたというわけか。

 事前に相談してくれたら良かったのに。


「私がアーリングさんたちを見失ってたら、どうするつもりだったんですか」とシリヤ。


「大丈夫です。シリヤさんは、旦那様の位置情報を魔力で探知できる装置をつけていらっしゃいますよね?」


「そうですけどぉ……」


 あ、そういえば、僕がこっそり皆をおいて王都へ行こうとしたとき、なんかそんなことを言っていたな……。

 僕にはプライバシーというものはないのか。


「えっと……」と黙っていたキルステーナが口を開いた。「さっきの爆発は、シリヤさんが起こしたということですか?」


「そうです。皆さんを発見したら、検問されそうになっていたので……」


「何を爆発したの?」


「中央広場にあった像です」


「えっと」僕は頭のなかで中央広場をイメージした。「つまり、国王像?」


「暗くてよくわかりませんでしたけど、爆発させておきました」


 国家反逆罪すぎるな。

 まあ、いまさらだけれども……。


「もちろん死傷者はゼロです。彫像の重心、構造強度、そして崩壊時の衝撃が及ぶ範囲。その全てを完璧に計算して爆破しています」


「それは……良かった……のかな」


 中央広場の銅像とは、王国の象徴でもある。

 その像にいたずらをしたものは、子供でさえも罰されることになっていた。


 まあ、良しとしよう。


「シリヤ、本当にごめんね」


「良くないですけど、良いですよ。これは貸しですからね!」


 大きな貸しをつくってしまった。


「今晩、旦那様をお貸ししましょうか?」とリネアが言った。


「勝手に貸すな」


「とりあえず」シリヤは振り返って、僕の目を見た。「お詫び兼感謝のキスを所望します」


 僕はリネアを見た。


 リネアは平然としたようすでうなずいている。

 キスくらいは良い、ということだろうか。


 リネアの恋愛観は不思議だ。

 僕を複数人でシェアするのは良いが、そのなかで自分を一番愛していてほしい、ということかもしれない。


「お先にいただきまーす」とキルステーナさんが寄ってきて、僕の唇を奪った。


 あまりの早業に避ける暇すらなかった。

 気がついたら奪われていた。


「あー! ずるい!」


 そしてシリヤも振り返り、僕と向き合うようにして目を閉じた。


 キスをしろ、ということだろうか……。


 こんな、みんなが見ているなかでキスなんて、恥ずかしい……。


 そう思っていると、リネアが目で僕に何かを伝えようとしていた。


『いつもの、濃厚なやつをしてさしあげるのがよろしいかと』


 くそ、なんだか腹が立ってきた。

 最近、僕は振り回されてばかりだ。

 たまには僕が主導権を握ったっていいじゃないか。


 もうどうにでもなれ。


 僕はシリヤを抱きしめると、その唇を強引に奪った。

 そのまま角度を変えて、さらに深く口づけを重ねる。


 そのままゆっくりと、しかし抗えない力で舌を深く差し入れた。

 絡み合う舌が、二人だけの熱い雫を分かち合い、思考が甘く痺れていく。


 戸惑うように震えたシリヤの唇から「んっ……」というか細い吐息が漏れた


 その瞳は固く閉じられ、僕の胸元を掴むその指先には、助けを求めるように力が込められていく。


「まぁ!」とキルステーナが喜んでいた。「あとで私にもお願いします!」


 するわけねえだろ!


「私にもお願いします」とリネアが言った。


 してるだろ! お前とは! 毎晩!


 口づけを終えた。


 僕とシリヤの間に、白い粘液の橋がかかり、やがて千切れる。


 シリヤは潤んだ紫色の瞳で僕を見上げている。


 天才魔術師の、僕だけに見せる無防備な素顔。


 あまりの愛おしさに、僕の心臓が大きく跳ねた。


 シリヤは僕の胸に顔をうずめ、抱きしめてきた。


「……愛しています、アーリングさん。もう二度と、私を置いて行かないでください」


 僕もシリヤを抱きしめ返した。


「ごめんね。もう忘れたりしない。ずっと一緒にいよう」


 僕の人生は、どうしてこうなってしまったのだろう。

 幸せだけれども……。

 僕が望んでいた平穏な人生からは遠ざかってしまっているような、そんな気がしてならないのだった。

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