第92話 検問
「私は、父が何者かによって操られているんじゃないかって、思ってる」
テレヴォの父、つまりハーラル七世が操られている……。
徐々にややこしい話になりつつあった。
フィヨーラは、ミズール家の老侯爵から贈られた指輪により精神のバランスを崩した。
そして、ミズール家の老侯爵は、王家の者の関与を示唆した。
その王家の者というのは、もう残っているのは国王しかない。
だが、その国王でさえも、誰かから操られているというのがテレヴォの見立てだった。
結局のところ、この問題の根っこはどこにあるのだろうか?
「どうにか国王に会う必要がありますね」僕は言った。「そうすれば、なにかしらの痕跡が見つかるかもしれない」
あるいは、国王が誰かに操られているというわけではなく、単におかしくなってしまったと、そういうことなのかもしれない。
だが、その可能性をテレヴォに告げるのはやめた。
あくまでも可能性の話でしかない。
実際のところは、見てみなければわからない。
「ねえ、アーリングくん。王になるのは興味ない?」
「まったく」と即答した。「どうして、そういう話になるんですか?」
「だってさ、姉もあんなだし、父も……。そうなったら、私しかいないでしょう?」
まあ順当にいけばそうなるだろう。
ただ、それはつまり国王と第一王女を引きずり下ろすということだ。
「私、王なんてなりたくないけど……。アーリングくんの后としてなら良いかなって、ちょっと思っただけ」
「僕には向いてませんよ」
「そうかな。優しいし、向いてると思うけど」
「父には、優しすぎると言われました」
「そこが魅力だと思うけど」
その真っ直ぐな言葉に、僕は少しだけ気が楽になった。
「ま、いいや。とりあえず逃げないとね。そのあとは、どうにか父と会って……姉とも会って……。話をして……。どうするか」
たしかに、今後、どうすれば良いのかというのは難しいところだった。
ひとまず逃げることは決まっているけれども、そこから先は不透明だ。
どうにかフィヨーラと国王の治療ができれば良いのだが……。
それについては、安全を確保してから考えることにしよう。
「どこか遠くに行きたい」とテレヴォが言った。「王とか、そういうのとはなんの関係もない、どこかへ」
その気持ちは、僕にはよくわかった。
フィエルヘイムにいた頃の僕は、すごく落ち着いていたと思う。
静かで、楽しい日々だった。
「もう少しだけ、頑張りましょう」と僕は言った。
「そうだね。もう少しだけね」
そう言って、テレヴォは微笑んだ。
◇◇◇
やがて出発の時刻となった。
テアの連れてきた行商隊のリーダーが、僕を案内してくれた。
「こちらです。参りましょう」
僕達が案内されたのは荷馬車の後部座席だった。
干し草やぶどう酒などが積まれている。
そこに人間が二、三人ほど座れるスペースがある。
この荷馬車が三台用意されていた。
「皆さん、こちらに別れて乗ってください」と男が言った。
リネアが、すっと進み出た。
「旦那様、こちらへ」と先頭の荷馬車に僕の手を引く。
「あ、ずるいですぅ」とキルステーナが言った。「私もアーリング様とご一緒したいです」
「私だって!」とビルギット。「最近、私はまったくアーリング様と喋れてすらないんだぞ!」
……たしかに、ちょっとビルギットを構ってあげられてなかったかもしれない。
最後に話したのって、あのライオンになったときか?
「私だって一緒がいいです」とヴィルデ。
「えっと、私もアーリングくんと一緒が良いかなぁ」とテレヴォが言った。「ほら、いざというときは、私のギフトでなんとかしてあげられるかもしれないし」
「よし。皆で一緒に乗るぞ!」とビルギットが宣言した。
「……定員オーバーでございます」と男が困ったように言う。
協力してくれている人を困らせるな……。
もう僕が勝手に決めてしまおう。
「僕とリネア、あとはキルステーナさんが一緒だ。姫は、ビルギットさんとヴィルデさんが守ることにしよう」
「シリヤさんはどうするんですか?」とヴィルデが聞いた。「さっき、お花を摘まれてましたけど……。あ、戻ってらしたんですね」
「にゃーん」という白猫の声が響く。
あ、シリヤのことを忘れていた。
いつの間にか猫になっていたから、人数の計算にいれていなかった。
よほど、その姿でいるのが気に入っているらしい。
「シリヤは僕と一緒に来るかい?」
「にゃ」と鳴き、僕の足元にすり寄って頭をこすりつけてきた。
かわいいなぁ……。
なんだかいつもより素直な気もする。
◇◇◇
僕達はそれぞれの荷馬車に乗り込んだ。
一台はダミーとして誰も乗らないことにした。
そして、すぐに荷馬車は走りはじめる。
皆、息を潜めていた。
僕の膝の上には白猫がいた。
西門へと向かっているのだろう。
夜明け前の、人通りが少ない道を進んでいく。
あっという間に検問所へとたどり着いた。
ここが難所だろう、と考えていた。
事前にテアが賄賂を渡しているという話だったが、それがどこまで効力を持つのか。
王家に僕達を差し出したほうが利益があるのであれば、簡単に寝返るだろう。
そのときは強行突破するしかない。
「シリヤ、いざというときは頼んだぞ」
そう言った僕の言葉を無視し、白猫は伸びをしていた。
ちゃんと話を聞いているのかなぁ……。
検問がはじまったようだ。
外から御者と衛兵の会話が聞こえてくる。
「ヴァインベルク家の者か。ご苦労」
「ああ。夜警ご苦労さん」
このまま、何事もなく通過できるはずだった。
そのとき、複数の足音が近づいてきたのがわかった。
リネアが身構えたのがわかった。
「……すまない。少し待ってくれ」という衛兵の声には緊張が滲んでいた。
まずい。
何かあったのか。
リネアは懐に手を入れた。
いつでもナイフで戦える、というサインだ。
キルステーナも杖を構えている。
目くらましくらいならできます、ということかもしれない。
僕も剣の柄に、そっと手を伸ばした。
次の瞬間だった。
「勅命である! 全ての荷馬車を検めさせてもらう!」
衛兵ではない、王家直属の部隊か。
これは計算外だ。
僕はリネアを見た。
リネアはうなずく。
お互いに、やるしかない、という意見で一致しているようだった。
「三、二、一……」とリネアが小声でカウントを開始した。
そして、ゼロになろうとした、その瞬間だった。
突如、王都の町に爆発音が鳴り響いた。




