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第66話 ご褒美

 舞い落ちる黒い羽を、僕はその手につかんだ。


 はたして僕は、彼女の魂を、少しくらいは救うことができたのだろうか……。


 感傷にふけっている暇はなかった。


 僕の視線の先には、ガラスの棺――『常夢の揺りかご』の中で眠り続ける子供たちがいた。

 この地獄から、彼らを解放しなければならない。


◇◇◇


 解放作業は迅速に進められた。

 僕の指揮のもと、元・技術主任をはじめとする職員たちが、子供たちの魂に負担をかけないよう、慎重にポッドの生命維持装置を一つ、また一つと停止させていく。


 プシュー、と。

 培養液が抜かれ、ガラスの蓋が開かれるたびに、小さな寝息が聞こえてくる。

 僕たちは、その小さな身体を、冷たいガラスの棺から、温かい人間の腕へと、そっと抱き上げていった。


「……あ……ああ……!」


 最初に声を上げたのは、解放されたばかりの少年を抱きしめた、一人の女性職員だった。

 彼女の瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出す。


「よかった……生きてる……! 本当に、生きてるんだな……!」


 次々と目覚める子供たちと、彼らを抱きしめる大人たちの、嗚咽と歓声が、礼拝堂に響き渡る。


「将軍……!」


 元・警備主任が、涙ながらに叫んだ。


「我々はこの命、あなたに預けます! あなた様こそ、我らをこの地獄から救い出してくださった、真の救世主です!」


 その言葉に続くように、熱狂的な感謝の言葉が押し寄せる。

 正直、照れ臭くて、どう反応していいかわからない。

 僕はただ、彼らの感謝を、静かに受け止めることしかできなかった。


◇◇◇


 アスラグを倒し、一見落着……ではあるのだが。

 これからの事後処理について考えなければならない。


 熱狂的な歓喜の渦が、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。


 職員たちの瞳の奥には「これから、私たちはどうなるのだろう」という、拭いきれない不安の色が浮かんでいた。

 無理もない。

 彼らは被害者であると同時に、加害者でもあったのだ。


 その重い沈黙を破ったのは、ビルギットだった。

 彼女は僕の前に進み出ると、騎士として深く一礼した。


「アーリング殿。皆、あなた様の次なるお言葉を待っております。この長い戦いの終わりと、そして、我々が進むべき未来への道を、どうかお示しください」


 彼女の真摯な声に、周囲の職員たちも、すがるような眼差しで僕を見つめる。


 あんまり柄じゃないんだけれど。

 本当は、田舎町で、ひっそりと診療所を開いて暮らしていたかったんだけれども。

 まあ、そうも言っていられない。


 僕は静かに頷くと、全員の顔を見渡せるよう、少しだけ高い場所へと登った。


「皆さん、聞いてください」


 僕の声は、礼拝堂の隅々まで響き渡った。


「長い戦いは、今、終わりました。皆さんの勇気と忍耐が、この地獄に終止符を打ったのです。本当に、よく耐え抜いてくれました」


 まず、彼らの労をねぎらう。

 その言葉に、何人かの職員が再び静かに涙を拭った。


「ですが、皆さんの心から不安が消えていないことも、僕にはわかっています。だから、はっきりと言わせてください。皆さんは罪人ではありません。アスラグという魔術師の作り出したシステムに操られ、抗うことすら許されなかった、この計画における被害者です」


 僕は、彼らの魂に直接語りかけるように、言葉を続ける。


「今回の件の事後処理については、公爵家が滞りなく実施することになるでしょう。僕が約束します」


 魔術師アスラグの暴走、と公式の記録には残るのだろう。

 そうは言っても父上、つまりはグレンフェル公爵家の失態であることには間違いない。

 もはや隠蔽も不可能である。

 相応の保証が皆にされ、金銭によりいろいろな問題が解決されることになるはずだ。



◇◇◇


 事後処理に目処が立ち、僕たちはようやく魔力炉を後にすることができた。


「……終わったんですね」とつぶやいたのはヴィルデだった。


 僕たちは、ナール・リムグレーペの村へと続く道を、静かに歩き始める。


「いやー、それにしても、アーリング様の最後の演説、痺れました!」


 その静寂を破ったのは、ヴィルデの快活な声だった。


「私、ますます惚れ直しちゃいました!」


「うむ」とビルギットも力強く頷く。「まさしく、人の上に立つべき方の器だ。あの言葉を聞いて、奮い立たない者などおりますまい」


「……論理的にも、完璧な人心掌握術でした」シリヤが少し悔しそうに付け加える。「お見事です」


 仲間たちの賞賛が、照れくさくも、嬉しかった。


「僕だけの力じゃない」


 僕は、彼女たちの顔を一人一人見つめながら、心からの感謝を伝えた。


「ビルギットの鉄壁の守りがあったから、僕たちは最後まで立っていられた。ヴィルデの神業のような矢がなければ、勝利はなかった。シリヤの頭脳がなければ、僕たちは侵入できなかったし、皆が合流できなかった。そして……」


 僕は、隣を歩くリネアに、静かに微笑みかけた。


「リネアがいつもそばにいてくれる。ただそれだけで、僕はどんな時も前に進めるんだ」


 僕の言葉に、仲間たちは顔を見合わせ、そして、最高の笑顔を見せてくれた。

 この温かい光景を守るためなら、僕はどんなことでもできる。

 心の底から、そう思えた。


 帰り道、ヴィルデ、ビルギット、シリヤに前を歩いてもらい、僕はリネアとともに少し後ろを歩いていた。


「リネア」


「はい、旦那様」


「僕は……きみのことが好きだ。愛している」


「私もです」


「なぜ、僕に、そこまで尽くしてくれるんだ?」


 自分の瞳を捧げてまで守る価値が、僕にあるのか。


「……愛とは、そういうものです。理由などありません」


 そう言って、リネアはこちらを向き、目を閉じた。


「ん?」


「私、頑張りましたので。ご褒美をいただけますか?」


 そして、僕達は立ち止まり……。

 一瞬だけ、口づけを交わした。

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