第59話 『将軍様』
解放区の一角を、僕たちは臨時の作戦司令室として利用していた。
「――次の目標は、第二工廠かな」と僕は言った。
「あそこには、腕利きの職人たちが大勢いる」白髪の、元・技術主任が言った。「彼らを解放できれば、大きな戦力になる。武器の整備も、バリケードの設営も、格段に捗るはずだ。だが……」
彼はそこで一度言葉を切り、険しい顔で僕を見つめた。
「問題は、そこを守る『番犬』だ。これまでのような監視型の合成獣とは、訳が違う」
彼の言葉に、作戦会議に参加していた者たちの間に、緊張が走る。
だが、その重い空気を意に介さず、シリヤが言った。
「その『番犬』の詳細なデータはありますか?」
「ああ……これだ」
技術主任が差し出したのは、数枚の羊皮紙だった。
そこには、合成獣の姿をスケッチしたものと、目撃情報から推測される能力が走り書きで記されている。
シリヤは、その資料を食い入るように見つめると、数秒後、ふっと自信に満ちた笑みを浮かべた。
「……なるほど。面白い設計思想ですね。全身を覆うのは、物理攻撃と魔術攻撃、双方に高い耐性を持つ『複合装甲』。ですが、その装甲を常時維持するため、膨大な魔力を消費する。……つまり、必ずどこかに、外部から魔力を補給するための『吸気口』が存在するはずです」
彼女はそこで一度言葉を切ると、僕に向き直り、悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。
「そして、その『吸気口』は、当然ながら装甲が最も薄い。完璧な防御は、一点の弱点を内包する。魔術理論の、初歩の初歩ですよ」
技術主任をはじめ、周囲の男たちが「おお……」と感嘆の声を漏らす。
「リネア」と僕は声をかけた。「君の速度なら、その『吸気口』を突けるかい?」
「旦那様がお望みとあれば」とリネアは答えた。
「よし」僕は立ち上がり、仲間たちの顔を見渡した。「作戦は決まった。――第二工廠を、解放する!」
◇◇◇
第二工廠への潜入は、驚くほど容易かった。
解放された職員たちが持つ内部情報のおかげだ。
僕たちは警備網の死角や、忘れられた整備用の通路を使った。
誰にも気づかれることなく工廠の中心部へとたどり着くことができた。
だだっ広い、がらんとした空間。
巨大なプレス機や、高圧蒸気を噴出するパイプラインが置いてあった。
そして、その中央に、それはいた。
「グルルルル……」
地を這うような低い唸り声。
技術主任の報告書にあった通りの、異形の合成獣。
僕たちの侵入を感知したのだろう、その禍々しい複眼が、ぎろり、とこちらを睨みつけた。
「――行くぞ!」
まずは僕が動く。
合成獣の注意を引きつける『囮』の役だ。
「――第一の呪言、【幻惑の霧】!」
僕が詠唱すると、足元から濃い霧が発生し、瞬く間に僕たちの姿を覆い隠した。
合成獣が戸惑い、警戒するように周囲を窺う。
その隙を突き、僕たちは三方向へと散開した。
「グルルルル……!」
やがて霧が晴れ、僕の姿を再び捉えた合成獣が、一直線に突進してくる。
僕は回避に専念しながら、冷静に【神の瞳】で敵の動きを分析し続ける。
「シリヤ!」
「ええ、見えていますとも!」
僕が敵の猛攻を紙一重でかわし続けている、そのコンマ数秒の間に、シリヤが敵の全身を魔術的にスキャンする。
「……見えました! 魔力循環の律動を解析完了! 奴が最大の攻撃を放った直後、0.3秒間だけ、右肩の装甲を維持する魔力供給が途絶えます!」
シリヤの天才的な『解析』が、完璧なはずの防御の、致命的な欠陥を暴き出す。
その情報を、僕は即座に戦術へと変換した。
「リネア、頼んだぞ!」
「御意」
僕は合成獣の懐へと、あえて一歩踏み込んだ。
僕の無謀な動きに、合成獣が好機と判断したのだろう。
その巨大な爪が、僕の頭上から振り下ろされる。
―――まさに、その瞬間。
「――そこです!」
どこからともなく現れた影が、僕の前を疾風のように駆け抜けた。
リネアだ。
彼女は、振り下ろされる爪を、まるで踊るようにいなしながら、合成獣の腕を駆け上がっていく。
重力を無視したかのような、アクロバティックな『突撃』。
そして、シリヤが示した右肩の装甲へと、漆黒の短剣を深々と突き立てた。
「ギイイイイッ!」
悲鳴を上げ、体勢を崩す合成獣。
だが、リネアの狙いはそれだけではなかった。
彼女は突き立てた短剣を支点に身体を反転させると、敵の背後にある巨大なパイプラインを蹴り、その勢いのまま、合成獣の巨体を突き飛ばした。
動きを封じられた合成獣が、ぐらりと傾いだ先。
そこには、この工廠で最も巨大な、鉄の塊を裁断するためのプレス機が、大きく口を開けて待ち構えていた。
全てのピースが、嵌まった。
「――今だッ!」
技術工たちは、工廠の片隅にある制御盤の前で待機してくれていた。
「うおおおおおっ!」
僕の合図に、彼らが雄叫びと共にレバーを押し込む。
―――ガシャンッ!!!
地を揺るがす轟音と共に、巨大なプレス機が作動した。
鉄の塊が、倒れ込んだ合成獣の胴体を、容赦なく圧し潰していく。
断末魔の叫びを上げる間もなく、合成獣はただの鉄屑と化した。
◇◇◇
第二工廠の黒いクリスタルを破壊し、新たに数十人の職員たちを解放した。
虚ろだった彼らの瞳に、徐々に理性の光が戻ってくる。
自分たちが置かれていた状況を理解し、呆然と立ち尽くす者、静かに涙を流す者……。
その職員たちの中から、一人の男が、まっすぐに僕たちの元へと歩いてきた。
精悍な顔つきをした、年の頃は四十代ほどの男だ。
「私は、元・警備主任を務めていた者です」
彼は僕の前に進み出ると、その場で静かに膝をつき、騎士のように深く頭を垂れた。
「本当に、ありがとうございました、将軍。あなた様がいらっしゃらなければ、我々は魂を失ったまま、家畜のように朽ち果てておりました。このご恩は、一生忘れません」
将軍。
その馬鹿げた響きに、思わず笑いそうになった。
「顔を上げてください。将軍だなんて、柄じゃありませんよ」
「いえ、あなたは将軍です」
元・警備主任は、顔を上げる。
「先ほどの戦闘、見事な采配でした。まるで、伝説に謳われる軍神の戦を見ているかのようでした。あなた様の活躍に、心から感服いたしました。あなたになら、我々の命、その全てを賭けられます」
……うーん、褒めすぎだと思うけどなぁ……。
「将軍」と、元・警備主任は続けた。
「あなたのやり方は正しいです。だが、このまま一つずつ区画を解放していくだけでは、いずれ敵も対策を立て、我々はジリ貧となります。奴らに一泡吹かせる、最高の『罠』があるのですが、いかがでしょうか?」
彼の瞳が、不敵な光を宿して輝く。
「その、罠というのは?」
僕が問い返すと、元・警備主任は語りはじめた。
「まず、我々がA区画の大部分を制圧したと敵に『誤認』させます。慌てた奴らは、必ずや主力を中央のメイン通路から一気に投入してくるはず」
彼は地図上の、一本の太い通路を指でなぞる。
「敵の部隊が通路の最深部まで到達した瞬間、入口と出口の隔壁を同時にロックダウンします。これで奴らは袋のネズミです。身動きの取れない敵を、我々は上層の連絡通路や整備ダクトから、一方的に叩く。地の利は、完全に我々にあります」
その大胆不敵な作戦に、解放された職員たちが「おお……!」「それなら勝てるぞ!」と沸き立った。
ふーむ。
なるほどな……。
「素晴らしい作戦です。ですが、もう少しだけ、僕に磨かせてもらえませんか?」
僕の言葉に、全員の視線が集中する。
元・警備主任は「と、おっしゃいますと?」と訝しげに眉をひそめた。
「あなたの作戦は素晴らしい。しかし、一つだけ懸念があります。敵が本当に、その通路に主力を集中させてくれるかどうか。もっと慎重に、部隊を分散させてくる可能性も否定できません」
「……確かに、その通りです」
「ならば、敵がそうせざるを得ない状況を、こちらから作り出すのがいいと思います」
僕はきっぱりと言った。
「敵が最も信用する情報……それは『裏切り者』からの内部告発です」
僕の言葉に、職員たちが「裏切り者だと!?」「誰がそんなことを!」と激しくどよめいた。
僕はその喧騒を手で制する。
「もちろん、芝居です。この反乱に恐怖し、命からがら逃げ出してきた職員を『演じる』役者が一人、必要になります。そのスパイに、B区画の連中の元へ駆け込ませるのです。『反乱軍のリーダー(アーリング)が第三工廠にいる! 侵入者に襲われているから助けてくれ!』とね」
僕の意図を即座に理解した元・警備主任が、興奮した声で続けた。
「なるほど。内部からの投降者による密告、そして救助要請となれば、敵は疑いようがない! 好機と見て、全主力を報告場所である第三工廠へ向けるはず! そしてそこへ向かう最短ルートは…!」
「ええ」僕は力強く頷いた。「中央通路しかありません。そこで一網打尽にする」
僕が言い終わると、静寂が落ちた。
やがて、元・警備主任が、畏敬の念が入り混じった表情で、深く、深く頭を垂れた。
「……仲間をスパイとして送り込み、敵の心理を完璧に掌握する……。将軍、さすがでございます」
彼の言葉が号砲だった。
職員たちの士気は、決起の時を遥かに超える熱狂となって、解放区全体を震わせた。
「うおおおおおっ!」「将軍様の言う通りだ!」「俺たちならやれるぞ!」
「『将軍様』、さすがでございますね」とリネアが無表情だが、からかうように言った。
将軍はやめてほしいなぁ……。




