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第58話 革命のはじまり

 アネッテを助けた僕たちは、資材置き場へと移動していた。

 僕の声掛けにより、アネッテは、ようやく落ち着きを取り戻していた。


「この施設の詳しい状況を教えてもらってもいいですか?」と僕はアネッテに言った。


「ここにいる職員は皆、王国平均の三倍以上という破格の給与に釣られて志願してきた者ばかりです。家族を養うため、借金を返すため……。一度入れば、五年の契約期間満了まで出られないという条件も、高給のためならと皆が飲み込みました。でも……本当は、死ぬまでここで働かされるんです」


 五年後に施設から職員が帰らなかった場合、どうするつもりだったのか?

 五年間は発電処理を行い、そのあとは廃棄する予定だったのか……。


「最も恐ろしいのが、毎朝と毎晩に行われる『祈り』の時間です」


「祈り?」


「はい。A区画は六つのセクションに分かれているのですが、各セクションの中央広場には『精神抑制装置』……私たちは『黒い水晶』と呼んでいますが、それが祀られています。私たちは全員、決まった時間になると、そこに強制的に集められ、水晶に意識を同調させられるのです。そうやって、少しずつ、確実に思考を奪われていく……」


 彼女は自分のこめかみを指差した。


「私は、まだここに来て一週間だったので、支配が浅く、自我を保てていました。でも、長くいる人ほど、逆らう気力すら失っていくんです。そして、もし抵抗するような素振りを見せれば、合成獣に処刑される。ここは、巨大な監獄なんです」


 その言葉に、僕の隣に立つシリヤが「なるほど」と静かに頷いた。


「論理的ですね。定期的な精神同調による支配の強化……。ですが、逆に言えば、その水晶さえ破壊すれば、そのセクションの支配は解けるはずです」


「そうだね」と僕も頷く。「アネッテさん。君が所属していたセクションの中央広場まで、僕たちを案内してはくれませんか?」


「広場は監視が厳しくて危険です。でも……」アネッテは意を決したように顔を上げた。「水晶が置かれている部屋の真下に、整備用の隠し通路があります。そこからなら、あるいは……」


◇◇◇


 アネッテが所属していたのは、施設の維持管理を担う整備セクションだった。

 彼女が示したのは、床に設置された小さな通気口だ。

 錆びついた格子を外すと、大人一人がやっと通れるほどの、暗く狭いダクトが口を開けていた。


「この先が、中央広場の真下にある制御室に繋がっています。水晶の魔力供給を管理する、一番大事な場所です」


 僕たちは、彼女の後に続いてダクトを進んだ。

 やがて、頭上から響いてくる低い唸り。

 ダクトの格子窓から上を覗くと、そこには巨大な黒い水晶が鎮座していた。


 禍々しい黒色の水晶が、圧倒的な威圧感を放っている。


「……あれを、壊すのですね」


 シリヤがゴクリと喉を鳴らす。


 オープンな空間だ。

 隠れる場所はほとんどない。

 あんなものを破壊しようとすれば、即座に施設中の警備が飛んでくるだろう。


「シリヤ、魔術的な妨害は?」


「無理です。あれ自体が強力な魔力干渉源となっています。下手に魔法を使えば、即座に検知され、位置を特定されるでしょう」


「……そうか。隠れていてもいずれ見つかる。やるなら、一気にいくぞ」


 僕の決断に、リネアとシリヤは無言で、しかし力強く頷いた。


「――行くぞ!」


 僕の号令と共に、ダクトから広場へと一斉に飛び降りた。

 着地の衝撃音に、最初に気づいたのは監視官だった。


「な、何者だ貴様ら! 侵入者だ! 警報を――」


 だが、警報が鳴り響くよりも、僕たちの動きの方が速かった。

 一直線に、黒い水晶へと疾走する。


 目標まで、あと数メートル。

 水晶が僕たちの敵意を感知したのか、その表面から黒い魔力の触手を伸ばし、僕たちを串刺しにせんと襲いかかってきた。

 まさか水晶自体にも防衛機構が備わっているとは驚いた。


「――させません!」


 シリヤが僕たちの前に躍り出る。

 彼女が展開した防御結界が、触手の嵐を完璧に受け止めた。


「旦那様、核は中央です!」


 リネアの叫びが響く。

 彼女は結界をすり抜け、水晶の表面を駆け上がると、その魔力循環の心臓部である一点に、漆黒の短剣で深々と亀裂を入れた。


 ―――キィィィンッ!


 水晶が甲高い悲鳴を上げる。

 好機は、今しかない。


「うおおおおおっ!」


 僕はリネアが開けた亀裂に、ありったけの魔力を込めた剣を、渾身の力で突き立てた。


 パリン、と。

 最初は小さな音だった。

 だが、その亀裂は瞬く間に水晶全体へと広がる。

 やがて、ガラス細工が砕け散るように、甲高い音を立てて黒水晶は粉々に砕け散った。


 破壊の衝撃波が広場を駆け抜ける。

 職員たちの身体を縛っていた見えない枷が砕け散るのが視えた。

 成功だ。


 ――だが、あがったのは歓喜ではなかった。

 絶望に満ちた、悲鳴の嵐だった。


「うわあああっ! な、何をしたんだ、お前たち!」

「やめてくれ! 次の『祈り』の時間に、これがバレたら……俺たちは全員、処刑されるんだぞ!」


 虚ろだった職員たちの瞳に理性の光が戻る。

 その顔に浮かんでいたのは安堵ではなかった。

 一人の男が僕の胸ぐらを掴み、涙ながらに叫ぶ。


「せっかく……せっかく忘れていられたのに! なぜ思い出させるんだ! 俺たちはもう終わりだ!」


「―――全員、聞いてくれ!」


 僕は、その男の手を振り払うことなく、力強く叫んだ。


「怖いのは当然だ。僕だって怖い。だが、君たちが本当に恐れるべきは、処刑されることか? 違うだろう! 君たちが本当に恐れなければならないのは、その恐怖に飼い慣らされ、人間であることをやめてしまうことじゃないのか!?」


 僕は、掴みかかってきた男の瞳をまっすぐに見つめ返す。


「このままここで飼い殺しにされていれば、本当に安全だと思うのか? 五年という契約期間、それを本気で信じているのか?」


 僕の言葉に、職員たちの動きが止まる。


「考えてもみてくれ。この施設の秘密を知ってしまった君たちを、無事に外へ返すはずがない。待っているのは、魂を完全に搾り取られた後の『廃棄』だけだ。君たちは、生きながらゆっくりと心を殺され、最後にはゴミのように捨てられる。それが、君たちがしがみつこうとしている『日常』の正体だ!」


 掴みかかってきた男が、その場に崩れ落ちた。


「……そうだ。どっちみち、俺たちは……ここで死ぬ運命だったんだ……」


 その絶望の呟きを、僕は魂からの叫びで否定した。


「違う! 運命なんかじゃない! 君たちにはまだ選べる道がある! 家畜のように殺されるか、人間として戦って死ぬかだ! 思い出せ! 君たちが何のためにこんな地獄に来たのかを! 守りたかった家族の顔を! その手で勝ち取った自由を胸に、子供を抱きしめる未来を想像してみろ!」


 僕は天を指差した。


「どうせ死ぬなら、家畜のように殺されるな。人間として、自分の尊厳のために戦って死ね! 誇りある父として、母として……ひとりの人間として、胸を張って『ただいま』と言うために、今こそ立ち上がる時だ!」


 しんと、広場が静まり返る。

 果たして、僕の言葉が通じるか……。


 最初に立ち上がったのは、白髪の混じった初老の男だった。


「そうだ……そうだ、あんたの言う通りだ! 俺は、人間として死にてえ!」


 その一言が、号砲だった。

 絶望の嗚咽は、決起の雄叫びへと変わっていく。


「うおおおおっ! やってやろうじゃねえか!」

「どうせ死ぬなら、奴らに一泡吹かせてからだ!」

「このクソったれな監獄を、俺たちの手でぶっ壊してやる!」


 その場にいた数十人の職員たちの心が、完全に一つになった。


「さすがでございます、旦那様」


 いつの間にか隣にいたリネアが、その瞳に絶対的な信頼を宿して囁いた。


「……不覚にも、格好良かったです」とシリヤが僕の腕にしがみついてきた。

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