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第26話 特別親善試合(エキシビションマッチ)への招待状

「言いたくないかもしれないけれど、きみの右目って――」


 義眼なんじゃないか、と。

 その言葉が喉まで出かかった、まさにその瞬間だった。


「――契約により、お答えすることはできません」


 ぴしゃり、と。

 リネアは僕の問いを完璧に弾き返した。

 その声に揺らぎはない。

 表情に変化はない。


(契約……! また、それか……!)


 彼女が僕のそばにいる理由。

 そして、彼女が真実を語れない理由。

 その全てが、その一言に集約されてしまう。


 僕は何を言えば良いのか迷い……少し迂回してみることにした。


「……じゃあ、質問を変える。君のその目で、今まで僕の世話をするのに、何か支障があったかい?」


 これなら、契約とは関係ないはずだ。

 だが、リネアは、僕の浅はかな揺さぶりを、さらに完璧な一言で封殺した。


「いままで支障がございましたでしょうか、旦那様」


「…………っ」


 言葉に、詰まった。

 なかった。

 支障など、ただの一度たりとも、なかった。

 彼女の仕事は、いつだって完璧を超えていた。


「ごめんね、言いたくないことを聞いて」


「……いえ」


「僕は、どんなリネアでも大好きだ。一番大切な人だよ。だから、きみのことを、もっと知りたくなって聞いてしまった」


 それは、僕の偽らざる本心だった。


 彼女がどんな過去を背負っていようと。

 どんな秘密を抱えていようと。


 僕にとって彼女がかけがえのない存在であることに、変わりはない。


 だから、今はこれ以上、彼女を追い詰めることはできなかった。


 リネアは何も言わなかった。

 ただ、僕の言葉に、ほんの少しだけ、本当にミリ単位で、その完璧な表情が和らいだように見えた。


◇◇◇


 診療所に来客があったのは、翌日の昼過ぎだった。


 重厚な馬車の扉が開かれる。

 降りてきたのは、一人の男だった。


 歳は五十歳くらいだったはずだ。

 だが、その背筋は鋼のように真っ直ぐで、深く刻まれた皺の一つ一つが、歴戦の猛者であることを物語っている。


「ビョルンさん! お久しぶりです! なぜ、あなたがこんな辺境に……」


 彼はグレンフェル公爵家の元騎士団長、ビョルン・ハマルだった。

 父の古くからの親友で、『鉄の古狼』という二つ名を持つほどの人物だ。

 僕や弟のスヴェレに剣を指南してくれたこともある。


 ビョルンは目を細めると、その険しい顔に、ほんの少しだけ優しい皺を寄せた。


「……久しいな、アーリング。少しは、男らしい顔つきになったではないか」


 ぶっきらぼうな、しかし懐かしい声。


 僕は彼を客間へと案内した。

 リネアは給仕をしてくれたあと、部屋を出ていった。

 気を利かせてくれたのだろう。


 ビョルンは、僕の正面の椅子にどかりと腰を下ろした。

 そして、懐から一通の羊皮紙を取り出し、テーブルの上にそっと滑らせる。


「来る『王都親善剣術大会』の、特別親善試合エキシビションマッチへの招待状だ。スヴェレ様が、貴殿との手合わせを熱望されておる」


 その言葉に、僕は思わず自嘲の笑みを漏らした。


「僕が……? 師匠、冗談でしょう。僕が出たところで、恥をかくだけですよ。どうせ、すぐに負けますから」


 だが、僕のその言葉を聞いたビョルン師匠は、大きなため息を一つついて、呆れたように首を横に振った。


「……お前というやつは、昔から変わらんな」


 その声は、叱責というよりも、出来の悪い孫を諭す祖父のそれに近かった。


「お前が負けるわけがなかろう。儂がお前に剣を教えていた頃の、あの輝きは忘れもせん。スヴェレ様も良い剣士になった。だが、お前の才能は、そんなものさしで測れる次元ではない。儂にはわかる」


 その言葉は、どこまでも温かい、絶対的な信頼に満ちていた。


「お前は、いつまで『優しさ』という名の出来損ないのふりを続けるつもりだ? お前の剣は、こんな辺境で錆びつかせていい代物ではない」


 僕は話を変えることにした。


「その、大会について、詳しくお聞かせいただけますか?」


「うむ。大会は、大きく分けて二部構成でな。メインとなるのは、王国中の若手騎士たちの腕を競わせる『本戦』。有望な若者を発掘するための、まあ、登竜門のようなものだ」


 ビョルンは、そこで一度、僕の目をじっと見つめた。


「そして、その本戦の最後を飾るのが、我らのような古株や、団長格の者たちによる『特別親善試合』よ。今年の目玉は、スヴェレ様たっての希望でな。『辺境を救った兄上と、王都を守る弟。二人の英雄が剣を交える姿を見せれば、魔力不足で塞ぎ込む王都の民も、きっと活気づくに違いない』――と、陛下に進言されたそうだ」


 ビョルンは、どこか遠い目をして続ける。


「お前さんの噂は、王都にも聞こえておるよ。辺境で多くの者を救っている、と。その噂を耳にしたスヴェレ様が、『ぜひ兄上にも、その力を、王国のために披露していただきたい』と、強く願っておられてな。儂は、その使いとして馳せ参じた次第だ」


 弟、スヴェレが……僕を?

 にわかには信じられなかった。

 最後に会った時の、あの嘲るような瞳。

 僕を出来損ないと罵った声。

 それが、僕の知る弟の最後の姿だったからだ。


(一体、なんの企みなんだ……? 僕を王都に呼び出して、大勢の前で打ち負かそうという考えか……)


 僕の『神の瞳』でも、遠く離れた弟の心の闇までは視えない。


 ビョルンは、僕の葛藤の全てを見透かしたように、静かに言った。


「たまには本気を出してみてはどうだ」


「……少し考えさせてください」


「だめだ」とビョルンが微笑む。「お前が『はい』というまで帰らんぞ」


 僕が苦笑を返すと、ビョルンは言葉をつづけた。

 その声は、先ほどよりもずっと真剣で、どこか切ない響きを帯びていた。


「お前の母上は、誰よりもお前のその優しさを誇りに思っておられた。だがな、アーリング。本当の優しさとは、ただ人に譲ることではない。守るべきもののために、自らの力を正しく振るう覚悟のことだ。母上は、お前がその本当の優しさで、この国を導く日を夢見ておられた。儂は、今でもそれを信じておる」


 ……本当に母さんがそんなことを思っていただろうか。

 ビョルンの勝手な思い込みではないか。


「大会に出る気はありません。僕にはそんな大役は務まりません。僕は、この田舎町で人々が幸せにいきていける手助けをしたい。それだけでいいんです」


「そうか」ビョルンは言った。「ならば、取引だ。大会に出るなら、お前の疑問に、なんでもひとつ答えてやろう。なにか知りたいことがあるのでは?」


 僕の心の奥底を見透かしたような、その言葉。


 そうだ。

 リネアの過去を聞けるのは、父の親友であり、昔から僕たちを見てきたビョルンくらいしかいない。


「……なんで、僕が聞きたいことがあると思ったのですか?」


「時期だからな」


 わけのわからないことを言うおじさんだ。


「わかりました。出ますよ。その代わり、疑問に答えてください。僕が聞きたいのは、リネアのことです。彼女は、何者なんですか?」


 僕の質問に、ビョルンは微笑んだ。

 じっと黙っている。

 そして、ゆっくりと口を開いた。

 その瞳は、まるで僕の覚悟の深さを測るように、真っ直ぐに僕を射抜いていた。


「これからするのは真剣な質問だ。アーリングよ。《《お前は、もうリネアを抱いたか?》》」

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