第142話 本日、只今をもって、グレンフェル公爵家はノルガルド王国より離脱する
王城。
謁見の間。
僕達は待っていた。
僕、リネア、テレヴォ、シリヤ、キルステーナ……。
そして、今回はヴィルデとビルギットも一緒だ。
テレヴォの側近である近衛兵も四名。
重い扉の開く音がきこえた。
張り詰めた静寂のなか、その人物の足音だけが響き渡る。
現れたのは、ひとりの男だった。
従者を連れず、腰には剣を備えた男。
グレンフェル公爵。
僕の父だった。
「呼び出しに応じ、参上した」
玉座の前に立ち止まった父は、臣下として頭を下げる。
いつもと変わらぬようすだった。
焦ってはいない。
ただ、平然と立っている。
テレヴォは眉一つ動かさず、毅然とした態度で父を見据えた。
「よく参られた」
普段のテレヴォとは異なり、格式張った口調になっていた。
「グレンフェル公爵……いや、いまは、もう誰も呼ばなくなった名前で呼ぼう。グレンフェル・F・グレンフェルよ」
そう。
グレンフェル・F・グレンフェル。
それが僕の父の名前だった。
「これを見よ」
テレヴォが片手を上げると、その傍らに控えていたシリヤが一歩前に進み出た。
シリヤの手には、分厚い書類の束が握られている。
シリヤがそのうち、一枚の書類を父へと渡す。
羊皮紙には、膨大な数字と魔力流の解析図が記されていた。
そのうちの一枚が、簡単なレポートとなっているのだ。
「これは貴殿が長年にわたり、国家の魔力供給網から不正に抜き取っていた魔力の証拠データだ。その総量は、王都の年間消費量を優に超える」
テレヴォが冷徹な声で告げる。
「貴殿に問う。その行方は、貴殿の領地にある『クラール湖』であるな?」
僕たち全員が、息を呑んで父の反応を待った。
否定するか。
言い訳をするか。
だが、父の反応は、そのどちらでもなかった。
「……ふっ」
父は、笑った。
この状況で、楽しそうに、口の端を歪めて。
「いかにも」と肯定する。
その言葉はあまりにも軽かった。
広間がざわめく。
国家規模の横領を認めたのだ。
テレヴォは玉座の肘掛けを強く握りしめた。
ギリ、と革が軋む音が、静寂の中で微かに響く。
「……罪の意識はないと、そう言うのだな」テレヴォの声が、一段低く、冷たくなった。「国家魔力供給網からの略奪。それだけでも万死に値する重罪だ。だが、貴殿の罪はそれだけに留まらぬ」
彼女は立ち上がり、父を見下ろした。
その瞳には、燃えるような怒りと、深い悲しみが宿っていた。
「父、ハーラル七世の死を招き、姉フィヨーラを狂わせ、その記憶を奪った……。ヴィヒレァという駒を使い、王家を内側から崩壊させようとした黒幕は、貴殿であろう!」
父は動じない。
「これらは、国家への反逆罪に他ならない! よって、グレンフェル公爵、貴殿をこの場で拘束する!」
テレヴォの合図と共に、近衛兵たちが槍を構え、一歩前へと踏み出す。
ビルギットが剣に手をかけ、ヴィルデが矢をつがえる。
一触即発の空気。
だが、父は……変わらず微笑んでいる。
やがて、父は口を開いた。
「本日、只今をもって、グレンフェル公爵家はノルガルド王国より離脱する」
「……なっ!?」とテレヴォが声を発する。
その場にいた全員が、耳を疑った。
離脱?
何を言っているんだ、この男は。
僕たちの動揺を他所に、父は朗々と宣言を続ける。
「グレンフェル家が有する広大な領地、その全ての統治権を、王国へ返還しよう。お前たちが欲しがっていた肥沃な大地も、鉱山も、全てくれてやる」
父は、一度言葉を切り、僕の瞳をまっすぐに見据えた。
「ただし――『クラール湖』周辺の地域は、私のものだ。誰にも渡さない。私は……私自身の国、グレンフェルの『王』となる」
父の言っていた、『近いうち、私は王になるだろう』という言葉を思い出していた。
このことを予言していたのか。
独立宣言。
しかし、国のど真ん中で、たったひとりの男が……。
到底、認められる話ではない。
狂っている。
「……王になんて、なれませんよ」僕は言った。「父上、あなたは罪人です。僕が止めます。大人しく拘束されてください」
僕は腰の剣に手をかけた。
「捕らえよ!」
テレヴォが手をあげ、それに近衛兵が呼応する。
グレンフェル公爵のもとへ近衛兵が近づいていく。
彼らは王家を守護する精鋭だ。その動きに淀みはない。
四方から同時に突き出される槍。
逃げ場などないはずだった。
だが。
父の右手が、ゆらりと動いた。
―――キィンッ!
刹那、鼓膜を劈くような甲高い音が鳴り響いた。
「がはっ……!?」
父を中心として、爆発的な闘気が衝撃波となって全方位へと弾け飛ぶ。
突き出された槍が、飴細工のようにひしゃげ、折れ飛んだ。
近衛兵たちは、何かに弾き飛ばされたように宙を舞い、謁見の間の固い石床に叩きつけられる。
受け身を取ることすら許されず、彼らは一瞬にして意識を刈り取られていた。
―――ごうっ、と。
遅れてやってきた突風が、僕たちの服や髪を激しく煽る。
「な……っ!?」
咄嗟にビルギットが盾を構え、僕たちの前に立つ。
父は、一歩も動いていなかった。
ただ、その手には、いつの間にか抜き放たれた長剣が握られている。
かつて冒険者として振るっていたという、飾り気のない、魔力を帯びた剣。
剣圧だけで精鋭を吹き飛ばしたというのか。
父は倒れ伏す兵士たちを一瞥もしない。
ただ、剣の切っ先をだらりと下げたまま、僕たちを見据え、薄く笑った。
「交渉は決裂だ」
父の声が、静まり返った広間に響く。
「言葉でわからぬのであれば、仕方があるまい。――力づくで、認めさせてやろう」




