第141話 四人目の妻
離宮の会議室。
僕、リネア、テレヴォ、シリヤ、そしてキルステーナの五人でテーブルを囲んでいた。
テーブルの上には、王国の地図が広げられている。
皆、椅子には座らずに立っていた。
地図が大きすぎて、立っていないと全貌が見えないのだ。
地図の一点をシリヤが指で示す。
「グレンフェル公爵領、『クラール湖』。ここに莫大な魔力が長年にわたり、注ぎ込まれています」
さきほど聞いた話だった。
テレヴォにも伝えることになったのである。
「……間違いないの?」とテレヴォが尋ねた。
「はい。計算に間違いはありません。母とも検算しましたし……」
「いったい、どうして……」とテレヴォ。
「わかりませんが、通常の使用量を明らかに超えています。なにか莫大な魔力を必要とする媒体に消費しているとしか考えられない。もしかしたら、兵器かもしれません」
兵器。
その言葉に、テレヴォは黙り込む。
沈黙の時間が過ぎていく。
そのなかで、ひとり、キルステーナだけが目をきょろきょろとさせていた。
自分が、なぜ会議に呼ばれたのかわかっていないのだろう。
僕もわからない。
この会議の参加者を決めたのはリネアだ。
「アーリングくんは、どう思う?」
「父が怪しいと思う。話を聞く必要がある」
「正直に答えるかな?」
「わからない。はぐらかされそうな気がする」
「でも、今回は証拠がある」テレヴォは言った。「緊急の審問会を開くこともできます。そこではすべてを包み隠さずに話さなければ、投獄されます。しかし……」
そして、テレヴォは僕を見た。
「本当に、良いのですか? 場合によっては、お父上を罪人として裁くことになります」
テレヴォの瞳は不安そうに揺れていた。
だが、僕の答えは決まっていた。
「父上が罪を負っているのであれば、裁かれるべきだと思う」
僕の言葉に、テレヴォは小さくうなずいた。
「わかった。すぐに召喚状を手配します。名目は、国内の魔力供給に関する『緊急審問』。拒否すれば、反逆とみなして軍が動きます。よろしいですね?」
「うん。頼むよ」
父と戦いたいわけではない。
ただ、何のために魔力を奪っていたのかを知りたいだけだ。
何か理由があるのだろうか……。
たとえ理由があったとしても許されないことだろうけれど……。
「あのぅ……」とキルステーナが手を上げる。「私、なんでここに呼ばれたんですか?」
リネアは無表情のまま、部屋にいる女性陣を見渡した。
「この際、序列をはっきりさせておこうと思いまして」
「……序列?」
僕が首を傾げると、リネアはまず自分自身を指で示した。
「第一が、私です。旦那様の正妻です」
誰も反論できない空気が流れた。
リネアは、次にテレヴォへ視線を向ける。
「第二が、テレヴォ様。王としての権力と、旦那様への愛を兼ね備えております。第二夫人として申し分ありません」
「え、あ、うん……。二番目でもいいって言ったけど、こうして公言されると照れるね」
テレヴォが頬を染めてもじもじしている。
女王の威厳はどこへやらだ。
リネアの視線は、次にシリヤへと移動した。
「第三が、シリヤ様。天才的な頭脳と魔術。旦那様との肉体的な相性も確認済みです」
「ちょっと……! 肉体的な相性とか、そんな具体的なこと言わないでください!」
シリヤが顔を真っ赤にして抗議する。
そして、最後に。
リネアの視線は、まだ状況が飲み込めずにきょとんとしていた聖女キルステーナへと注がれた。
「……さて。第四夫人はキルステーナ様です」
「えっ?」キルステーナが自分を指差す。「私……ですか?」
「はい。聖女としての癒やしの力、そして何より、その常軌を逸した明るい性格は、我がアーリング家に必要かと存じます」
リネアは恭しく一礼した。
「キルステーナ様。第四夫人としての座をご用意いたしました。旦那様のために、その身を捧げる覚悟はありますか?」
その言葉を聞いた瞬間。
キルステーナの瞳が、ぱあっと輝いた。
「わぁ! 私、アーリング様のお嫁さんになれるんですか!?」キルステーナの瞳孔が開きまくっていた。「ありがとうございますぅ……! 夢みたいですぅ……! 第四夫人……なんて甘美な響き……! その響きだけで、ご飯三杯いけます!」
きみは普段でもご飯三杯食べているだろうが……。
キルステーナは健康優良児なのだ。
よく食べ、よく眠る。
「しかしさ、いまは、そんなことを言っている場合じゃ……」と僕は言った。
「場合ですよ」とリネアが言った。「おそらく、これから最終決戦となるでしょう。だからこそ、皆様の決意を聞いておきたかったのです」
そして、リネアはまっすぐに僕の目を見て言った。
「私は、旦那様の盾となり、背中を守ります。どんなことがあろうとも、絶対に旦那様を生存させます」
リネアはテレヴォを見た。
アイコンタクトを受け、テレヴォが一歩前に出る。
彼女は僕の手を、ぎゅっと強く握った。
「私は、あなたが迷った時に道を示す『羅針盤』になる。アーリングくん。きみがくれた勇気で、私はここに立っているんだよ。あの日、絶望していた私を連れ出してくれて、本当にありがとう」
テレヴォの瞳は潤んでいた。
「だから、一人で背負わないで。私の権力も、この命も、全部きみのために使うから」
彼女の真剣な想いに、僕は胸が熱くなるのを感じた。
続いて、シリヤが口を開いた。
「私は……なんかお二人みたいにうまいことを言えないのですが、魔術でアーリングさんを救います」
正直者のシリヤらしい言葉だった。
「あなたに出会わなければ、私は孤独に、研究室で、ただ数字と睨めっこをして一生を終えていたでしょう。あなただけが私という人間を肯定してくれました。私の知識の全ては、あなたの勝利のためにあります」
そして最後に、キルステーナが、にっこりと笑う。
「私は、皆さんが傷ついた時に、帰ってくる場所です! 戦う力はありませんが、痛みを和らげるのは得意ですから!」
そして、キルステーナは僕に抱きついてきた。
「アーリング様が私を暗闇から救い出してくれたように……今度は私が、アーリング様がどれだけ傷ついても、何度だって癒やします!」
四人の女性たちが、僕を囲んでいる。
盾、羅針盤、知恵、癒やし。
彼女たちは、僕に足りないものを埋めてくれている。
「旦那様」リネアが、僕の瞳をまっすぐに見つめた。「胸を張って、最後まで戦い抜きましょう。あなたは、最強の妻を率いる、主なのですから」
僕は一人じゃない。
僕には帰るべき場所があり、守るべき家族がいる。
僕は大きく息を吸い込み、顔を上げた。
「みんな、ありがとう。愛しているよ」
僕は父を――救う。




