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第14話 作戦会議

 僕の書斎に、静かな緊張が満ちていた。

 テーブルの中央には、先日の一件の原因となった呪いの魔道具、『消耗の知恵の輪』が置かれていた。

 どこかに捨てるわけにもいかず、研究対象として回収してきたのだ。


「……実に、悪趣味な設計思想です」


 沈黙を破ったのは、天才魔術師シリヤ・リサンドだった。


「この『消耗の知恵の輪』の構造を改めて解析しましたが、物理的に解くことは、そもそも不可能です。しかし、この魔道具の真に悪質な点は、才能ある者ほど『解けるかもしれない』という知的探求心の罠に嵌ってしまう、その構造そのものにあります」


「どういうことですか、シリヤ様?」


 ヴィルデが首を傾げた。その素朴な問いに、シリヤはまるで教え子に講義するように、すらすらと説明を始める。


「いいですか、ヴィルデさん。例えば、ここに一つの難問があったとします。『この問題は解けない』と証明するのは、実は『問題を解く』ことよりも遥かに難しい場合がある。人は、解法が見つからないだけだと思い、解けるはずだという前提で、延々と挑み続けてしまうのです」


 シリヤは、紫色の瞳を僕に向けた。


「この知恵の輪も同じです。挑戦者は膨大な時間を費やし、あらゆる可能性を試した末に、ようやく気づくことになる。『もし、これが解けると仮定するならば、論理そのものに致命的な矛盾が生じてしまう』という事実に。その瞬間、初めて『ああ、これは初めから解けないように作られていたのか』と悟り、費やした時間と情熱のすべてが無駄だったと絶望する。その精神的消耗こそが、この呪いの本質。魂を削る、実に巧妙な手口です」


 なるほどな……。


「そして、アーリング氏。問題なのは、このような悪趣味で高度な呪いの魔道具が、偶然、ただの田舎町で発見されたとは思えないことです」


 シリヤはそう言うと、魔法を用い、書斎の壁に複雑な光のグラフを二つ投影した。


「やはり、これは単発の事件ではありません」


 彼女がグラフを指し示す。


「左が、ここ数年における王国全体の魔力供給量の推移。そして右が、同時期に報告された『才能ある若者が、不慮の事故や原因不明の病、その他事件事故でその道を絶たれた悲劇』の発生件数です」


 壁に映し出された二つの波形グラフ。

 素人目にも、その二つのグラフが不気味なほど連動しているのが見て取れた。

 魔力供給量が減少すると、なんらかの事件、あるいは悲劇が発生する。

 そして、悲劇発生後、再び魔力供給量が増加しているのだ。


「偶然……と言うには、あまりにも相関性が高すぎます」


 シリヤの声が、静かな書斎に響く。


 部屋の隅では、ヴィルデが「うぅ……難しそうな図です……」とつぶやいていた。

 リネアは……いつも通り、僕の背後で完璧な無表情を保っていた。

 ビルギットは、その禍々しいグラフから目をそらすように、固く瞼を閉ざしていた。


 だが、シリヤは純粋な探求心から、躊躇なくその核心に触れる。


「たとえば、これがビルギットさんが体験された、ファフナー渓谷の悲劇です。ほら、悲劇の前に魔力供給量は著しく減少しており、悲劇を境に、魔力供給量が急上昇し、安定している。実に【面白い】データですよね」


 あ、その言葉選びはよろしくないぞ、と思ったが、遅かった。


 ビルギットの身体が微かにこわばるのがわかった。

 彼女はゆっくりと目を開き、静かな、しかし有無を言わせぬ強い意志を込めた声で言った。


「……シリヤ殿。貴殿の分析は、見事なものだ。だが、そのグラフの上で赤く示された点は、私にとっては……守れなかった仲間たちの、命そのものだ」


 ビルギットは、シリヤを真っ直ぐに見つめる。


「それを『面白いデータ』の一言で、片付けてくれるな」


 ビルギットの静かな訴えに、シリヤが、初めて少しだけ言葉に詰まった。


「……場の空気を悪くしてすまない」とビルギットが先に謝った。


 シリヤは黙ってしまい、何も言わない。

 たぶん、議論のときに本筋とは関係のないことを言われ、どうしていいかわからないのだろう。


 僕は二人の間に立った。


「ビルギットさん、たしかに、シリヤの言葉は配慮がなかった。僕が代わりに謝るよ。ごめんね」


「いや、アーリング殿が悪いわけではない。シリヤ殿も、大きな声を出してすまなかった」


 ビルギットは、静かに頭を下げた。


 シリヤは、天才が故に、こういう人間関係の機微がわからないのだろう。

 困ったような顔をして、フリーズしてしまっていた。


「シリヤ、情報ありがとう。悲劇と魔力供給に相関がありそうだ……という事実は受け止めるよ。疑似相関かじゃないかどうか、今後も調査をつづけてもらえると助かる」


 少しシリヤの表情が和らいだ。


 またあとで、シリヤのケアをしてあげないとな……。


◇◇◇


「そういえば、悲劇で思い出したが」


 ビルギットは不意に口を開いた。


「行商人から仕入れた情報だが、そういえば、近くの交易町スキップダールで事件が起きたそうだ」


「事件、ですか?」ヴィルデが興味深そうに身を乗り出す。


「ああ。詳しいことはまだわからんが、原因不明の病が流行しているらしい。高熱に浮かされ、悪夢にうなされ続ける……。まるで魂が少しずつ削り取られていくような、奇妙な病だと行商人は怯えていた」


 魂が、削り取られていく。

 その言葉に、僕とシリヤは顔を見合わせた。


「私の仮説が正しいとすれば、これもまた、意図的に仕組まれた『悲劇』の始まり……。絶好の観測対象です。アーリング氏、私はこの件、非常に興味があります」


 彼女の瞳は、知的好奇心と探求者の光で爛々と輝いていた。

 僕も同感だったが、動機は少し違う。


「シリヤ、君の陰謀論が正しいかどうかは、まだわからない。でも、スキップダールで病に苦しむ人がいるのは、事実なんだろう」


 僕は立ち上がり、仲間たちの顔を見渡した。


「なら、僕たちが行く理由は十分だ。放っておくなんて、できない」


 それが、僕の治療師としての答えだった。


「……非合理的です。ですが、嫌いではありませんよ、そういうの」


 シリヤが、ほんの少しだけ呆れたように、それでいてどこか面白そうに、ふっと笑みをこぼした。


「アーリング様……! やっぱり、素敵です!」


 ヴィルデは、瞳をキラキラと輝かせて僕を見つめている。


 ビルギットもまた、僕の言葉に深く頷き、静かだが力強い声で言った。


「……それこそが、人の上に立つべき方の、器というものでしょう」


 やめてくれ。そんな真っ直ぐな尊敬の眼差しを一度に向けられると、なんだかむず痒い。


 でも、その視線が、温かい。


 リネアは何も言わない。

 だが、静かにうなずいてくれた。


 辺境に追放されたはずの僕が、いつの間にか、こんなにも心強い仲間たちに囲まれていた。

 その事実が、胸の奥をじんわりと満たしていく。


「決まりだな。僕たちは、交易町スキップダールへ向かう」

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