第139話 予知夢
「シリヤの母は、あなたですね?」
僕の問いに、グローアは何も答えなかった。
じっと、僕の目を見ている。
「アーリング殿、何を言っているのだ? シリヤ殿の母君はスィグネ殿だ。グローア殿ではない」
「ああ」僕は言った。「たしかに、シリヤを産んだのはスィグネさんだ。しかし、そのスィグネさんが妊娠する原因となる行為を行ったのは、グローアさん、あなたですね」
グローアは目を瞬かせ、そして、深く息を吐いた。
「どこで、その話を聞いたんだ?」
「スィグネさん本人から聞きました。僕は、シリヤと結婚することを決めまして、それで……」
「そうかい」とグローアは言った。
「そうかい、じゃなーい!」とビルギットが叫んだ。「なんだ、それ、何も聞いていないが! 結婚!? アーリング殿が、シリヤ殿と!?」
「あ、ごめん、言うの忘れてた」
「そんな大切なことを言い忘れるな!」 ビルギットは肩を震わせている。 「しかし、シリヤ殿と結婚とは……。驚いた……。てっきり、私は、リネア殿か、新女王陛下だとばかり……」
「あ、その二人とも結婚するんだ」
「なんじゃそりゃ!」とビルギットのツッコミが、狭い店内に木霊した。「重婚!? というか三人!? 正気かアーリング殿! うう、なんじゃそりゃ!」
「―――うるさいね」
ぴしゃり、と。
グローアの冷たい声が、ビルギットの言葉を遮った。
グローアが、面倒くさそうに片手をすっと横に薙ぐ。
次の瞬間、ビルギットの身体が、見えない『何か』によって雁字搦めに縛り付けられた。
「なっ……!? むぐっ……!?」
詠唱すらない。
無数の魔力の枷が、ビルギットの手足を拘束し、その口までをも完璧に塞いでしまっていた。
彼女は「んんー!」と声にならない声で必死にもがいているが、その身体はぴくりとも動かない。
「……さて」グローアは、もがくビルギットを一瞥すると、再び僕に向き直った。 「ようやく、静かになった」
さすが天才魔術師だ。
無詠唱で、ここまでの拘束を行うとは……。
なんとなく、グローアは味方だと思っていたので無防備なまま来たけれども。
もし、グローアが僕達を殺そうと思えば、簡単だろうな……。
リネアかシリヤを連れてくるべきだった。
なんて言ったらビルギットは悲しむだろうな……。
「僕は、シリヤが誰の子だろうと、関係がないと思っています。そこは重要じゃない。ただ……スィグネさんが、グローアさんと会いたがっていました。会って、話をしたほうが良いと思います」
グローアは店主の椅子から立ち上がり、窓際へと移動した。
そして、僕のほうを見ないまま言った。
「ああ。私が、シリヤの半分の親だ」
そう。
だから……。
リネアに子を成したか尋ねられたとき、グローアは『半分イエス』と答えたのだろう。
直接的な血のつながりはなくとも、シリヤとグローアの間には魔力的なつながりがあるわけだ。
「相手は、例の天秤のギフトを持った人物なのですか?」
「……ああ、そうだ」
「それは、誰なんです?」
「答えられない」とグローアは言った。「いや、答えたくない、だな」
グローアの愛した人物……。
僕は、漠然とその人物を脳裏に思い浮かべていたが……。
質問を変えることにしよう。
「なぜ、わざわざスィグネさんの体を使う必要があったんですか?」
当然、グローアが僕の質問に答える義理はない。
すべて無言で貫き通すこともできたはずだ。
だが、彼女は深く息を吐いて、口を開いた。
「私の体を見て、どう思う?」とグローアは言った。
「えっと、どう思うと言われましても……」
僕は戸惑いながらも、改めて彼女の姿を観察した。
美人であることは間違いない。
だが、その身体つきは、どこかアンバランスだった。
歳は、おそらくスィグネさんと同じくらいのはずだ。
それなのに、彼女の肢体は、まるで成長が止まってしまったかのように華奢だった。
ローブの上からでもわかる、少女のような細い手足、起伏の少ない胸。
それは、成熟した大人の女性のそれとは、明らかに一線を画していた。
永遠の少女、とでも言うべきか。
「若々しいというか……その、可愛らしいと思いますが」
僕の感想に、グローアはふん、と鼻を鳴らした。
「そうだろうさ。あたしの身体は……十代半ばから、成長が止まっちまってるんだ。生まれつき魔力が多すぎて、生育に異常をきたしている」
彼女は、自らの華奢な腕を自嘲するように見つめた。
「この身体では、抱いてもらえないと思った。だから、スィグネの身体を借りたんだ」
自分勝手な話だ。
グローアにとっては切実な悩みかもしれないが、だからといって他人の人生を、捻じ曲げていい理由にはならない。
グローアは自嘲的な笑みを浮かべた。
僕は彼女の心を『視た』。
その瞳の奥には、長年抱えてきた深い『自己嫌悪』と、全てを諦めたような『虚無』が渦巻いている。
「私が天才なのが良くなかった」グローアは言った。「つい、思いついてしまったんだ。身体を入れ替える魔術を……」
「思いついても、実行しない人が多いでしょう」
「そう、私は倫理観も薄い。良くないところだ」
倫理観について言われると、僕も心もとないところがあった。
僕とリネアの関係も倫理にもとるだろう。
「スィグネさんと会う気はありますか?」
「いや、会う気はない」グローアは即答した。「時間がないんだ」
「時間がない、というのは?」
猫の姿で寝ているのを考えると、どうも、暇そうに見えるけれど……。
「最近、よく夢を見るんだ」
「どのような夢ですか?」
「死ぬ夢だ。これは、おそらく予知夢だろう。私の見た夢は具現することが多い」
「え?」
「まあ、なんというのか、予言だよ」とグローアは吐き捨てるように言った。
「病気なのですか?」
「いや、身体的にはなんの問題もない。見ての通り、私の矮躯は少女と同値だ。つまり、あと二百年くらいは生きられるはずだ」しかし、とグローアは言葉をつづける。「まもなく、私は命を落とすだろう」
また予言だ。
脳裏に父の言葉が思い出された。
父は、王になるだろう、と予言していた。
「安全な場所で、立てこもることはできないのですか?」
「できるだろうが、おそらく、私自身がそれを許さないのだろうな……」とグローアは言った。「おそらく、きみと会うのもあと数回だろう。聞いておきたいことがあれば、どうぞ。答えるとは限らないがね」
いろいろと尋ねたいことはあったが……。
「ヴィヒレァという魔術師はご存知ですか?」
「いや、知らんな。聞いたことがない」
「そうですか……」
まだ若い魔術師なので、グローアの耳に入っていないのだろう。
あの件は、グローアは噛んでいないと考えてよさそうだ。
まあ、グローアが嘘をついている可能性もあるけれど……。
「それでは、最後にひとつ。父が『近いうち、私は王になるだろう』と言っていました。どういう意味だと思いますか?」
僕の問いに、グローアは眉を顰めて静止した。
何かを考えているようすだった。
10秒、20秒と時間がすぎていく……。
やがて、一分が経過した頃、グローアは微笑んだ。
「なるほど。そういうことか。面白い。実に面白い」
「何が面白いのですか?」と僕は尋ねた。
「おそらく、グレンフェルの言葉は具現する。やつは王になるだろう」
「その、王になるというのが、どういう意味なのか……。国家を転覆するということでしょうか」
「そうはならないだろうね」とグローアは言った。「アーリング。私はね、なんといえばよいかわからないが……幸せだよ。きみも幸せに死ねると良いね」




