第133話 一目惚れ
差し込む朝陽が、やけに眩しい。
シーツの海に沈んでいた意識が、ゆっくりと浮上する。
重い瞼をこじ開けると、見慣れた離宮の天井がぼんやりと霞んで見えた。
(……朝か)
乱れたシーツ、床に落ちた衣服、そして……隣で僕を見ているリネアの姿があった。
僕も、ついに真実を知った上で、地獄への道を進んでしまったというわけだ。
いまから思い返せば、いろいろと伏線はあった。
リネアは僕が気づいても、気づかなくても良いように伏線を張ってくれていたのだろう……。
僕とリネアの『魔力の波長が似ている』というシリヤの証言。
エイラとヨナスの血分けの儀を、すでにリネアが体験したことがあった、という話。
そして、白猫に変化した僕とリネア。
ヴィヒレァの言っていた『危険な配合』
リネアと父上が繰り返していた対話も、僕はようやく理解できた。
それを理解した上で、僕はそれでも、何も変わらないと思った。
大した問題ではないように思われた。
「おはようございます」とリネアが言った。「本当によろしいのでしょうか」
「何も気にすることはないと思う」と僕は答えた。「些細なことだよ」
リネアは、じっと僕を見ていた。
「私……とても悩みました」
「そうだろうね。ごめんね」
そして、僕は前から気になっていたことを尋ねることにした。
「リネアは……いつから、僕のことを好きだったの?」
「一目惚れです」と答えた。「小さな旦那様を見て、それから、ずっと……」
リネアは僕から視線を外し、天井を見上げた。
「母が亡くなったあと、手紙を発見しました。困ったら、グレンフェル公爵を頼れと……」
僕は黙って話を聞いていた。
「公爵家にいる子のことも書かれていました。あなたが守ってあげて、とも」
「そうだったのか」
「はい。だから、私は、もともと旦那様を殺すつもりでいました」
「……物騒な話だね」
「なぜ、母がひとりで死ななければならなかったのか。苦しまなければならなかったのか……。グレンフェル公爵を恨んでいましたから。旦那様のことを殺して、公爵を苦しませようと考えていたのです」
本当に物騒な話だった。
「ところが……。旦那様は愛らしかった。可愛かった……。それから、私はずっと、旦那様のことを愛しています」
そんな昔から、僕はリネアに愛情を注がれつづけてきたのか……。
自身のギフトと瞳を捧げるほどに。
「シリヤ様とキルステーナ様には、どのようにお伝えしますか?」
「え?」僕は驚いた。「二人に言う必要、あるのかな?」
僕の返答に、リネアは一瞬だけ固まった。
「なるほど」リネアは言った。「そういうことですか」
「どういうこと?」
「いえ、大丈夫です。大したことではありません。 『語り得ないことについては、沈黙せねばならない』ですね」
「えっと……誰だっけ」僕は異世界の知識を参照した。「そうそう、キルケゴールだね」
不意にリネアが近づいてきて、正面から僕に抱きついてきた。
「本当に、悩みました」
「ひとりで、苦しかったね。でも、もう大丈夫だよ。これからは、ずっと一緒だから……」
「はい」
「二度と、記憶を失おうなんて思わないように」
「……はい」
彼女の声は涙で震えていた。
僕の胸元で、泣いているのを隠している。
「愛してるよ、リネア」
「私もです、旦那様」
僕たちは、互いの愛を確かめ合うように、再び唇を重ねようとした。
―――コン、コン、コン。
あまりにも無粋なノックの音が、室内に響いた。
◇◇◇
「お邪魔だった?」とテレヴォがドアの隙間から顔を覗かせる。
「はい」とリネアが即答していた。
正直者にもほどがある。
テレヴォを室内に迎え入れた。
中央のテーブルで向かい合って座る。
リネアは僕の後ろに立っていた。
「それで、話したいことというのは……?」と僕が尋ねた。
「今後の方針についての相談」テレヴォは息を吐いてから言った。「ヴィヒレァさんをどうするか、私自身、決めかねていて……」
「すごく一般的な話をすると、元国王を殺害したというのは……」
「当然、極刑に値する。しかし……」テレヴォは言った。「今回の父の死は、父本人の希望でもあった。元国王の勅命ということであれば、罪に問わないこともできる」
「テレヴォは、どう思っている?」
「わからない……」それは彼女の本心だろう。「もう少しだけでも、父と一緒の時間を過ごしたかった。けれども、父がこれ以上、苦しむ姿も見たくなかった……。そして、姉の件もある。父の死は納得しているけれど、姉の精神を、あのようにしてしまったのは……。たとえ姉本人が望んでいたことだとしても、どうなのだろう、と」
「あくまでも、僕の意見だけれどね」そう前置きをしてから、僕は言った。「ヴィヒレァは……本人の幼少期のトラウマもあり、あの事件を引き起こしてしまった。僕は……彼女の行動が、全部間違っていたとも思えない。もちろん、正式な手順を踏んでいないことも、彼女が選んだ方法も、すべて良くないけれど……」
「無罪放免?」とテレヴォが言った。
「いや……。一年ほど、静かな場所で、自分と向き合う時間をつくったほうが良いと思う」
「そうだね」テレヴォはうなずいた。「それが良いと思う」
彼女は、そこでふぅと一つ、大きな息を吐いた。
張り詰めていた女王としての仮面が、ほんの少しだけ和らぐ。
そして、僕の瞳をまっすぐに見つめ返してきた。
「……アーリングくん」
その声は、女王としてではなくテレヴォとして発されたようだった。
「本当に、ありがとう」
「え?」
「あなたは、私を救ってくれた。あなたがいてくれなければ、私、だめになっていたと思う」
「テレヴォは強いから、大丈夫だよ」
「いいえ」テレヴォは言った。「あなたの二番目でも良い。私と結婚してください」




