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第130話 犯人の供述

「これが、君が使った『トリック』の正体だ」


 皆の視線がヴィヒレァへと注がれていた。


 リネアはナイフを、シリヤは杖を構えていた。

 もし抵抗するようであれば、問答無用で拘束する手筈になっていた。


 しかし、ヴィヒレァは一切動じていない。

 それどころか、彼女は微笑んだままだった。


 そして、手をあげる。


 魔術を使うのか、と思ったときだった。


 彼女は小さな手で、ぱちぱちと拍手をした。


「さすがアーリング兄様、さすがの推理ですね」


 あっさりと、彼女は自らの罪を認めた。


「……ですが」ヴィヒレァは言った。「それがどうかなさいましたか?」


「……何だって?」


「ですから、それが『どうした』のですか、と伺っているのです」


 彼女の言葉の意味が、理解できない。

 トリックが暴かれたことが、ヴィヒレァにとっては取るに足らない些事だというのか。


「どういう意味だ?」


 僕が尋ねると、ヴィヒレァは心底不思議そうに答えた。


「ですから、ボクは、ただ『治療』をしただけですよ?」


 皆、一瞬、ヴィヒレァの言葉が理解できていないようだった。


 それを見てか、ヴィヒレァは言葉をつづける。


「リネアさんから『苦悩』を。フィヨーラ王女から『姉を苦しめた自分と父の死』という辛い記憶を。そして、ハーラル様からは病による耐え難い『苦痛』を。ボクは、皆さんが抱える『不幸』を、ボクの力で綺麗に消し去って差し上げた。それだけのことです」


 まさか、開き直るとは思っていなかった。


「それが治療だと……本気で言っているのか」


「もちろんです」


 彼女の瞳には一点の曇りもない。


「辛い記憶は、人の不幸の源です。それを取り除いて差し上げるのが、なぜ『罪』になるのですか?」


 その、あまりにも純粋な問いに、僕はどう返すか迷った。


「辛い記憶も、悲しい過去も……それがあったからこそ、今の自分がいるんだと思う。それを消し去ることは、その人の人生そのものを消し去ることにほかならない」


 ヴィヒレァは、僕の反論を聞いても表情一つ変えなかった。


「……兄様は、やはり優しいですね」


 彼女は、ふぅと小さく息を吐いた。


「ですが、兄様は本当の『地獄』を知らない」


◇◇◇


「ボクには、昔、たった一人の『友人』がいました」


 ヴィヒレァは、まるで他人事のように、淡々と、その物語を語り始めた。


「その子は、物心ついた時からずっと……実の父親に犯され続けていました」


 皆が、突然の話に息を呑んだ。


 だが、ヴィヒレァは構わず続ける。


「来る日も、来る日も、獣のように貪られる。逃げ場など、どこにもない。そして、ある嵐の夜、彼女はついに、その父親を……自らの手で殺してしまったのです」


 ヴィヒレァは言葉をつづけた。


「彼女はボクの前で泣き崩れ、『殺してほしい』と願いました。地獄のような記憶と、父親殺しという取り返しのつかない罪悪感に、彼女の魂は完全に壊れかけていたのです」


 ヴィヒレァは、そこで一度、言葉を切った。

 そして、僕の瞳をまっすぐに見据える。


「だから、ボクは彼女を『治療』しました」


「まさか……」


「はい。ボクの魔術で……彼女の中から、その地獄の記憶の全てを綺麗に消し去ってあげたのです。父親に何をされたのかも、自分が何をしたのかも……全て。彼女は今、何も知らず、小さな村で、とても幸せそうに笑っています」


 ヴィヒレァは穏やかな笑みを浮かべた。


「――兄様、僕のしたことは、本当に『罪』ですか?」


 地獄を消し去ることが、なぜ悪いことなのですか、と。


 彼女の問いに、僕は答えなければならないだろう。


◇◇◇


 静寂が部屋を支配する。


「本当に、フィヨーラは自分の記憶を失うことを望んでいたのか?」


 僕の問いに、ヴィヒレァは小さくうなずいた。


「ええ。ボクの魔術……記憶操作は、対象が記憶を消したいと願わなければ発動できません。強制的に記憶を奪うことはできないのです。彼女は、姉を苦しめた自分を悔いていた。忘れたいと願っていた。だから、ボクは記憶を消してさしあげたんですよ。二回目は、眼の前の父に死んでほしくないと願った。だからこそ、父親の記憶ごと消してさしあげた。それだけのことです」


「ハーラル様は……」


「ハーラル様は、死にたいと願っていたので……。まあ、ボクの魔術で、できる限り安らかに眠りについてもらいました」


 それは端的に言ってしまえば殺人だ。

 元国王殺害。

 当然、罪は問われるべきなのだろうが……。


 僕もテレヴォも、ハーラルの尊厳死を認めようと考えていた。

 そうなると、僕とヴィヒレァの間に、どこまで差があるだろうか。


「リネアは、どうなんだ」と僕は尋ねた。「きみは、どうやってリネアから記憶を奪ったんだ?」


 リネアは無表情で立ち尽くしている。


「兄様も、わかっていて、あえて質問していますね?」


 そのとおりだが、僕は何も言わなかった。

 ヴィヒレァの答えを待つことにした。


「ボクの魔術は、対象の同意がないと記憶を奪うことはできないんですよ。だから、ボクはリネアさんに交渉をし、辛い記憶を消してあげる代わりに、道を通してもらった。それだけのことです」


 そうか……。

 やっぱりか……。


 リネアは、自分の辛い記憶を消したかった。

 それほどまでに、辛い記憶だったのか……。


「きみはリネアを救ったかもしれない」だが。「僕の最愛の人を殺した、犯人だ」


「記憶はなくても、リネアさんはリネアさんです」とヴィヒレァは答えた。


「ああ。リネアはリネアだ。何も変わらない。僕は、記憶を失ったリネアも愛し続ける。でも、きみを許すことはできない」


「困りましたね」ヴィヒレァは苦笑する。「ボクは、人を救いたいだけなのに……」


「記憶は……戻せないのか?」


 僕の問いに、ヴィヒレァは困ったような顔をした。


「戻せるものも、戻せないものもありますよ。えっと、フィヨーラ様の最初の記憶は、もう戻りません。魔力に変換しちゃいましたから」


 テレヴォを見た。

 彼女は口に手を当て、目を伏せた。


「リネアさんと、フィヨーラ様の父親に関する記憶は、まだ手元に結晶として持っていますから、戻せます」


「戻せ」僕は言った。「さもなくば、お前を殺す」


「弟の次は、妹を殺すんですか? あ、弟殺しの記憶も消してあげましょうか?」


 その、あまりにも無邪気で、残酷な言葉。

 思わず手が出そうになった。


 何が、彼女の精神を、こうさせたのか。

 それが、幼い頃の体験からくるものなのか……。


 僕は、ヴィヒレァの根源を知りたくなった。


「―――視せろ」


 僕は右目に全ての意識を集中させた。

 もはや、制御など考えない。

 【神のディアグノーゼ】を、最大出力で強制的に発動させた。


「―――お前の魂の、奥底まで!」

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