第100話 KirstenaとChristina
シリヤと一緒に扉を抜け、僕達は礼拝堂へと戻った。
扉を抜けた先にはリネアの姿があった。
「お帰りなさいませ」とリネアが言った。
「……ただいま」
少し気まずい。
「あとで言わないといけないことがあるんだ」
「そうでございますか」
「……ごめんね」
「謝るようなことをしたのですか?」
「したのかもしれない。いや、緊急事態でね……」
リネアは、じっと僕のことを見ていた。
少し離れたところにキルステーナがいて、僕にぺこぺこと頭を下げていた。
すでにリネアには報告済みということだろうか……。
「旦那様の一番は、私のままですか?」
「うん」
「それなら、それで構いません」
「構わないの?」
「はい」
「本当は怒ってない?」
「怒りません。ただ、嫉妬で激しくなるでしょうから、いつもよりも体力を残した状態で夜をお迎えになってください」
……一応、許してもらえたということで良いのだろうか。
◇◇◇
僕はリネアと一緒にオラブの館へと向かっていた。
礼拝堂から戻って一時間後のことだった。
オラブの従者が僕達の宿を訪れたのだ。
オラブが僕に相談したいことがあるとのことだった。
オラブが来てくれるとのことだったが、少し散歩をしたいので僕達が向かうことにした。
そういうわけで、夕日に照らされた田舎道をリネアと一緒に歩いていた。
「こういう土地を散歩するのは好きだ」と僕は言った。「リネアは?」
「私は旦那様のそばにいられるのであれば、どこでも良いです」
「王都か、田舎だったら?」
「そうですね」リネアは空を見上げた。「静かなところは落ち着きます」
リムグレーペは、ここよりも寒くて静かだった。
僕は隣に歩くリネアの手を取った。
「……旦那様から手をつないでくるなんて、珍しいですね」
「リネアと手をつなぎたくなったんだよ」
「罪滅ぼしのつもりですか?」
「……少しはそうかもしれない」
ただ、手をつなぎたいと、そう思っただけなんだけれど。
「僕はリネアがいないと、だめみたいだ」
「私も、旦那様がいなければだめになってしまいます」
「もし、僕が死んだらどうする?」
「生きる意味がないので、死にますね」と即答する。
「僕は、たとえ僕が先に死んでも、きみには長生きしてほしいけどなぁ」
「むごい命令ですね」リネアが、薄く微笑んだような気がした。「地獄を生きろと」
「僕がいない世界は、地獄?」
「ええ。旦那様は何もわかっていません。私が、どれだけあなたのことを愛しているのか」
「僕のほうが好きだと思うけどな」
「それはありえません」と即答した。
二人でゆっくりと道を進んでいく。
次第に夕日が落ちていき、空がどんどん暗くなっていった。
「そういえば、さっき絵画のなかで聖女アルマにあったんだけどね」
リネアは何も言わなかった。
「僕の父と、なんか、関係があるみたいだったよ」
「関係というのは?」
言うかどうか少し迷ったが、言った。
「……肉体関係があったような話をしていた」
「なるほど」リネアは立ち止まった。
「どうしたの?」
「立ち止まって考えないといけないほど、重大な情報です。他には、どういうことがありましたか?」
僕は絵画のなか、真っ白い世界でアルマとした会話をリネアに伝えた。
……もちろん、僕とキルステーナが何をしたのか、という点については省いた。
すべてを話し終えたあと、リネアは「すべて理解しました」と言った。
「何がわかったの?」
「言えません」
「そんな、もやもやするよ」
「もやもやしたほうがよろしいかと」
どういう意味なのだろうか?
「それではヒントを出しましょう」リネアは言った。「キルステーナのつづりは、ご存知ですか?」
「いや、知らないな……」
「Kirstenaです。これはリムグレーペの近くにある半島での方言ですね」
「ふーん。どういう意味なの?」
「神の子、みたいな意味です」リネアは答えた。「そして、大陸……もっと南では、Christinaと変化します」
「ほうほう」
キルステーナという単語と、クリスティーナという単語が、地域によって違うだけで、もとは同じ単語ということだが……。
「うん? つまり、どういうこと?」
「わかりません」リネアは言った。「そして、ネードフリシンはnedfrysingというつづりになります。ネードが下、フリシンはフリーズ、つまり冷凍みたいな意味ですね」
「へぇ……。冷凍ね」
父上は、何かを凍らせようとしていたってことなのか……。
「私の姉なのですね」とリネアはつぶやいた。
「え? どういう意味?」
「そういう意味です」
まったくわけがわからなかった。
いや、まさかアルマがリネアの姉というわけでもないだろうし……。
誰が、リネアの姉なんだ?
ビョルンがなにか言っていたような気もするが……。
結局、それ以上のことをリネアは何も教えてくれなかった。
なんだかもやもやする話だった。
「旦那様のことを愛しています。それだけは本当です」とリネアは言った。
まあ、それが本当なのであれば、他のことはすべて些事だと言えた。
「僕も愛しているよ」
リネアは微塵も照れずに、小さくうなずいた。
◇◇◇
オラブの館へ到着すると、使用人にオラブの書斎へと通された。
オラブの姿はない。
ソファに座って待っていると、ドアが開き、オラブとテアが現れた。
「おまたせして申し訳ございません」とオラブが頭を下げる。
「いえ、お気になさらず。それで、僕に相談したいこと、というのは?」
「実は、私は本日をもってヴァインベルク家の当主の座を退き、テアに譲ろうかと考えているのです」




