第2章:近づく距離、迫る壁
悠真と美羽は、カフェでの初めての密かな時間を経て、連絡を取り合う頻度が増えていった。仕事終わりの短いメッセージから、深夜の長い会話まで。美羽は自分の心の奥底にしまい込んでいた思いを少しずつ話し、悠真はそんな彼女の支えとなった。
しかし、芸能界の現実は二人に暗い影を落とし始める。
美羽の所属事務所は、彼女の恋愛を一切禁止していた。もしも関係が公になれば、ファンやスポンサーからの信頼を失い、活動停止や契約解除のリスクもあったのだ。美羽は自分の夢とファンへの責任の間で苦しんでいた。
「悠真くん、私たちの関係がバレたら……全部終わるかもしれない」
電話越しの彼女の声は震えていた。
「でも、俺は君のそばにいたい。どうしたらいいかわからないけど、支えるから」
悠真は必死に答えた。
秘密の関係は甘くもあり、苦しくもあった。二人は会うたびにそのリスクを感じながら、誰にも言えない恋を続けていった。
ある晩、悠真は美羽のアパートの前で、ふと立ち止まった。夜風が冷たく、彼の心も重かった。
「このまま秘密を守り続けて、本当にいいのだろうか」
そんな思いが頭をよぎる。美羽が人気の絶頂にある今、彼らの恋は誰にも知られてはならない。だが、それは二人の未来を閉ざすことでもあった。
ドアをノックすると、美羽がすぐに顔を出した。彼女の瞳はいつもより少し疲れて見えた。
「話があるの」
部屋の中に入り、ソファに座った美羽は静かに切り出した。
「私……もうすぐ、グループを卒業することに決めたの」
悠真は驚きを隠せなかった。
「卒業?それは……」
「ずっと考えてた。私の幸せって何だろうって。ファンや事務所の期待に応えるのも大事だけど、私自身が幸せじゃなきゃ意味がないと思ったの」
「悠真くんと普通の恋愛をしたい。隠さず、胸を張って君の隣にいたい」
その言葉は、どこか切なく、どこか希望に満ちていた。
美羽の「卒業」の言葉は悠真の胸に深く刻まれた。あの夜の空気は冷たくて澄んでいて、彼女の決意は揺るぎないものに見えた。しかし同時に、その決断は二人に新たな困難をもたらすものでもあった。
「アイドルとしての美羽」ではなく、「一人の女性としての美羽」を彼は見つめたいと思った。それが彼の素直な願いだった。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
翌日から、二人は慎重に将来を話し合い始めた。美羽は事務所との調整やファンへの説明、社会的なリスクを理解しつつも、悠真と共に新しい一歩を踏み出そうとしていた。
彼女は静かなカフェでこう言った。
「卒業発表は、まだ少し先にしようと思ってる。準備も必要だし、何よりファンのみんなにちゃんと伝えたい」
悠真は頷きながら、彼女の意志を尊重した。
だが、日々はただでさえ忙しい美羽にとって、心身の負担は想像以上だった。毎晩、疲れ果てた彼女の隣で悠真は支え続けた。そんな中、二人の距離はより一層近づいていった。
ある晩、部屋の灯りを落としたソファで美羽がぽつりと言った。
「悠真くん、私、あなたといる時間がこんなに幸せだって思えるなんて、思わなかった」
悠真はその言葉に胸が熱くなり、そっと彼女の手を握った。
「俺もだよ。ずっと、推しだった君が、隣にいるなんて」
その瞬間、ふたりの間に確かな絆が生まれた。
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しかし、平穏は長くは続かなかった。
ある日、SNSに匿名で「美羽が恋愛している」という噂が流れ始める。ファンの反応は激しく、事務所も動揺を隠せなかった。美羽は動揺しながらも、悠真にすぐに連絡を入れた。
「悠真くん、どうしよう……私のこと、もう隠せないかも」
「どんなことがあっても、俺は君の味方だよ」
二人は決心した。秘密を守ることに限界が来ているなら、正直に公表し、共に歩もうと。
その後、二人は事務所に事情を説明し、慎重に公表の準備を始めた。メディア対応、ファンへの説明、スポンサーとの交渉……数えきれない障壁があったが、二人の絆は揺らぐことはなかった。
ついに公表の日、記者会見で美羽はこう語った。
「私は新田悠真さんと交際しています。これからは隠さず、真実の姿で歩んでいきたいと思います」
記者席からはざわめきが起こったが、悠真は静かに彼女の手を握り返した。
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公表直後の数ヶ月は厳しい日々だった。ファンの一部からの批判、仕事の減少、メディアの追及。しかし、美羽の真摯な姿勢と悠真の変わらぬ支えで、次第に理解を得ていった。
「私たちは二人で幸せを掴みたい」
美羽はそう強く願った。
悠真もまた、推しから人生の伴侶へと変わった彼女を支え、共に未来を築くことを誓った。