漫画の君へ~好きな人との10歳差~
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漫画のキャラクターは年を取らない。
いや、とらないわけではないけど、私達3次元の存在とは時間の流れが違う。
「また、尊き者を追い越してしまった……」
私は35歳の誕生日を迎え、某逆転する検事の年齢をとうとう追い越した。
アニメキャラがどーんと描かれたケーキ(手作り)に丁寧に刺した蝋燭。それに火をつけ、バースデーソングを流す。勿論、推しの声。
素晴らしい誕生日だ。推しに囲まれ推しの歌だけが聞こえただただ推しと出会い生きてこれた生に感謝する時間。素晴らしい誕生日だ。
だが、
虚しい。
いや、虚しいとは違うのかもしれない。
この感情をなんと表せばよいのか。キュッと苦しくなる胸を押さえ、天井を見る。
「うっ……!」
そこには最推しのキャラクターが重力など関係ないと言わんばかりに天井に寝転がりこっちを見て微笑んでいる。推しの絵が描かれたシーツ(公式・4代目)である。
ちょっと色あせてしまった3代目からの代替わりを終えたばかりなので、とても美しい。だけど……。
「4代目になるまでに追い越して10歳も差がついてしまうとはなあ……」
最推しのイケメン社長は現在25歳。一生、年を取っていない。なんなら、五年前から新しい姿を見ていない。
彼と出会ったのは、姉の漫画部屋だった。
7歳離れた姉は、遺伝子とは恐ろしいと言わんばかりの私の先輩オタクで、彼女のバイト代は全て漫画とグッズ(公式)と薄い本(?)につぎ込まれていた。そして、余りにも増えすぎた
漫画は姉の強引な説得により我が家にある父の部屋に丁寧に並べられ漫画部屋と化した。
田舎だったので近所の子達もよく遊びに来ては漫画を読んでいた。大人しく漫画を読んでいるだけで何か外で悪戯や危ないことをしないので、近所の大人からは大層感謝され、父は部屋を取り戻す機会を失った。
その部屋の住人と化していたのが私だった。
同じ部屋で寝る姉とよく逆カプで論争となり、私はよくその漫画部屋に布団を引っ張り込んで、自分の推しカプを泣きながら呪詛のように唱えながらその作品を読み眠りについた。
沢山の推しと出会い、充実したオタク人生を謳歌していた私が運命の出会いを果たすのは15歳の時だった。
彼は、ベンチャー企業の社長でイケメン、運動も出来るし、なんといってもとてつもなく優しい。
こんな素敵な人が存在するのかと疑ったが、存在したのだ! 二次元だけど。
『底辺女子の恋にも高さは存在するらしい』。
通称、『ていこい』の恥王子、こと、八王子要様。ていこいは、底辺オタクOLがチョイ悪ヒーローに溺愛されて振り回されるラブコメ作品。その中で、要様は主人公が落ち込んだ時に何度も優しい言葉をかけ支えてくれる。
のだが、あろうことか主人公は、振り回してくるヒーローを忘れようとやさしい要様とデートまで行くのに、追いかけてきたチョイ悪男に強引に迫られ陥落。
主人公の為に盛大なデートを準備していた要様は一人残される。そのせいで、要様は『恥王子』なんていう不名誉なあだ名で笑われるようになる。ただし、主人公は美クズと呼ばれるようになったけど。
その後、美クズとヒーローがカップルとなり、時々喧嘩もするドキドキライフ(公式)の同棲編に突入。要様は、美クズが諦められない設定で何度も美クズを助けては、二人のイチャイチャを見せつけられている。
そして、同棲編クライマックスのところで連載がストップ。それから五年以上新刊は出ていない。
その間に中高時代の私は、要様に心酔し近所の漫画読みに来た子供たちに男女構わず布教し要様応援団を設立。作者様の作品が生き残れるよう編集部経由で応援メッセージを全員に書かせ送った。
そして、大学生になり、遺伝子かくも極めたり、バイト代を要様7割、他作品の推し3割でつぎ込み、卒業論文は『文学における主人公という存在。何故主人公は全て許されてしまうのかを文学の歴史から読み取る』という題名で書き、徹底的に要様を応援した。その頃には要様応援団は数人しかいなかったが、彼らは私のせんの……げふげふ、教育により確かな目を持ち、負けヒーロー・ヒロインを自分なりに応援していた。
社会人となり一人暮らしを始め、仕事に明け暮れる日々だったが、推しという栄養がある限り生きていける。そう思っていた時期が私にもありました。
私のレベルが30を過ぎた頃、連載がストップした。多分、無言打ち切り状態。だって、作者様他の作品は新刊出てるし。
5年間。布教とファンレターを贈る日々。
そう、ちょうど5年たった。
「もう、無理かなあ……」
ぶっちゃけキツい。30を過ぎてから急激に衰えを感じると言われていたが、連載ストップのタイミングが重なり、私は一気に老け込んだと思う。他の推しでなんとか生命維持はしてきたが待つ側の辛さはエグすぎるし、正直、作者様のプレッシャーになるから編集部でファンレターは握りつぶされている気もする。
もう、要様はいらっしゃらないのだ。
ためいきで消えるケーキの蝋燭の火。はは、ウケる。
要様ケーキも昔は公式が出していたが、今となっては供給もなく自分で作り始めた。
もう、疲れた……。
仮に復活したとしても、要様は25歳。ほぼ年を取らない濃縮された時間の流れなので、このままどんどんと私だけが年をとっていく。50の頃に25歳の要様を見て私はどう思うのだろうか。恋できるのだろうか。多分、私は無理だ。
疲れたのだ。待つことに。会えない人に。
諦めよう。そう思った時だった。
スマホの表示を見ると、数少ない『ていこい』ファンの生き残りであるネット上の同志からメッセージが。
『お誕生日おめでとうございます! 3人ともいい年になりますように!』
カナさん。
この人が私のネット上の同志であり、なんと要様と誕生日が一緒な私と一緒な誕生日なのだ。自分と誕生日が一緒な人、しかも、同じ要様が好きな人なんて奇跡だ。
いや、そういえば昔一人いた。布教した子の一人も同じ誕生日だったな。そう考えるとちょっと奇跡度が落ちるが気にしない。
カナさんの楽しそうなメッセージに胸が痛くなる。
だって、私はもう……。
カナさんの元気なメッセージの返信としては非常に申し訳ないが私は要様を諦める旨を伝える。胸が痛……くなる前に秒で返信がくる。はええな、カナさん。
『そうですか……じゃあ、一度会ってくれませんか?』
じゃあってなんだ? とは一瞬思ったが、疲れていた私は推しを弔う意味で語り尽くす日があってもいいんじゃないかと思い、オッケーした。向こうが提案してきたのは、私が不安にならないようにとかなりオープンな空間でありながらオタクの集うスイーツ食べ放題の店だったし。
そして、当日。
5年前に販売された要様のミニぬいをバッグに入れ、そして、カナさんに譲渡しようと思っている歴史ある要様グッズ(シーツ5~8代目含む)を紙袋に詰め込んだ私は、仕事の打ち合わせで遅れているカナさんを待った。
要様のミニぬいを置いて、要様の好きなモンブランと一緒に撮影する。
ありがとう、要様……!
いや、ありがとう……要君。どんどんと年下になっていく君、さようなら。
私が手を合わせ涙を溢すとざわつく店内。
え、マジで? ごめんて。35の女がミニぬいに手を合わせて泣いて。
と思ったが、どうやらその視線は私ではなく店の入り口だった。
「え……?」
上着を手に掛け、汗だくの腕まくりしたイケメンが入ってきていた。
いや、というより……茶髪で真ん中分け。細身だが筋肉質で、ちょっと明るい色のスーツに、こだわりのブランド革靴。
「要様……?」
顔立ちは彫りが深い要様より少し日本人っぽさが目立つし、要様のような10等身ではないが、今まで見た誰よりも要様に近い男性が、いた。
そして……何故か私の元に……。
え? なにこれ? 幻覚?
「すみません、お待たせしました」
微笑。
意味がわからん。
いや、嘘だ。
だが、身体が震えてうまく声が出せない。
「も、もももしかして……カナさん?」
「はい。会えて嬉しいです。ああ、あとお誕生日おめでとうございます」
ハア?
限りなく要様に近いカナさんが小さな花束を持って現れた。
茫然としている私を見てカナさんは困ったように微笑む。
いや、イケメンすぎるな。だが、このイケメン、どこかで……ああ、漫画か。
「あの……思い出しません? 僕のこと」
思い出している、存分に。ていこいの要様の微笑が今ダイジェストで流れている。
だが、そういうことではないらしい。引き続き困ったように笑っているカナさんは少し逡巡の様子を見せて口を開いた。
「あの……昔、近所でお世話になってたんだけど、僕……」
そう言って、『要様応援団・団員ナンバー6』ときったねえ字で書かれた紙きれを見せてくる。このきったねえ字には見覚えがある。私の字だ。
「え? もしかして……ユウくん?」
思い出した。近所の子で一番漫画部屋に入り浸って、ていこいを死ぬほど読んでた男の子だ。
中高まではよく会って挨拶したりしてたけど、徐々に顔を合わせる回数が少なくなっていた。だが、私の知るユウ君は要様ではない。当たり前だが。
そんな、要さ……ユウ君ことカナさんが昔のように顔をくしゃりとさせて笑う
「よかった。思い出してもらえた」
「な、な、なんで……?」
「……ごめんね、お姉さんにまだ要様を追いかけてるって聞いたから、アカウント探して、それで仲良くなろうと……」
申し訳なさそうなしょんばり顔で俯くカナさん。要様そっくりでかわいい。
「じゃなくて! な、なんで、要様みたいな恰好……」
「だって……要様と結婚したいって言ってたから……要様になれたら結婚してもらえるんじゃないかって」
ハア?
何を言ってるんだ、このイケメンは。意味がわからん。
私と結婚する為に要様になる? 意味がわからん。
「僕は、ずっと昔からキラキラしてる貴女のことが好きだったんだ。好きなものを好きと正直で真っ直ぐで行動的な貴女が」
意味が分からん。
「僕……頑張ったよ。見た目も要様に近づけるよう努力した。脱毛とかエステとか筋トレとか。整形も考えたけど、それは駄目だった時に考えようと」
うん、よかったわ。踏みとどまってくれて。
「25歳で社長にならなきゃいけないから確実なルートの為に、必死で勉強して、要様と同じ海外の大学に行って」
え? ○バ大? マジ?
「在学中に起業してなんとか形に出来た。そこそこ稼げるようになったから要様と同じ服や靴も買えるようになった」
いやいやいやいや、多分アナタの収入私のうん倍ぞ?
「なっちゃん。俺、じゃなかった……僕、君のこと好きだよ?」
待て待て待て、脳がバグる。要様の見た目で告白してくんじゃねえよ!
いや、でも夢にまで見たシチュエーションで……え? は? なん?
嬉しさがヤバいが、同時に痛みもヤバい。
こんな事に20年近く付き合わせたこともそうだし、それに……。
「あ、あひ、ありがとう……でもね、その、かな、ユウ君とは10歳も年が離れてるし、それに……私が要様を諦めようと思ったのは、要様と10歳も年が離れたからで……」
「僕はこれ以上、なっちゃんから離れないよ」
こひゅ。
って、音が私の喉からした。
「確かに10歳差だけど、僕は要様とは違う。ずっとなっちゃんを10歳の差のまま追いかけられる。要様は離れていく。だけど、僕はずっとずっとなっちゃんを追いかけ続けられるんだよ。追いかけ続けるよ、だいすきななっちゃんを」
年を追い越し離れていくのが二次元の推し。
それは世の常。
だが。
限りなく二次元に近い推しそっくりの同じ速さで年をとってくれるイケメン。
ヤバない?
そういや、昔もプロポーズめいたことをユウ君から言われた。その時、私は18でユウ君は8歳だった。
ないな、と思っていた。
ユウ君は良い子だったが、8歳の子と結婚なんてイメージできなかった。
自分は当時7歳上の25歳の要様と結婚する気だったけど。
だが。
この状況下で、推しとの結婚を諦め、趣味も合い性格も良く知っている好条件イケメンを出されたら、陰キャオタク三十路に何が出来る!?
「あ、あにょ……とりあえず、お互いを知るところから……ね?」
ユウ君が私の言葉に顔をぱあっとさせる。昔のまんまだ。かわいい。
「じゃあ……まだ可能性はあるってことだね? 嬉しい……!」
可能性どころか押されたら確実に陥落するんだが、相変わらず謙虚なユウ君はうんうんと頷きほっと息を吐いて深々と席に座る。
そして、手元の何かに気付き少しニヒルな笑顔を、要様っぽい笑顔を浮かべる。
「僕も大好きな人を諦めないよ。僕の好きな人の好きな人もそうだったからね」
そう言ってモンブランをフォークで一掬いすると、私に向かって差し出してくる。
こ、これは……っ!!! 古より伝わるラブラブの秘宝、あ、あ、あ~………!
「これからは要様がライバルかな。でも、僕は休まず追いかけるからね、なっちゃんを。ふふ」
ん。味はよく分からなかった。そして、これから私の情緒がどうなってしまうのかも分からない。
なんせ、とんでもねえ新連載がリアルで始まってしまったのだから。
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