第3話 無謀なる女剣士との出会い
ある休日、俺は街の外に出て、城と農場の見える丘の木陰で、小説を読んでいた。俺のいつもの休日の過ごし方だ。
城と農場ーー権力者と労働者。
この世界の象徴となるものを見ながら、この世界と関係のない小説の世界へと入り込む時間が俺は好きだ。ちょっと皮肉っぽいかな?
さて、ここ半年、ある女剣士がこのあたりに来ているようだ。
彼女はいつも、あたりを警戒しながら歩いている。特に、空をよく見ている。
狙いは、このあたりに出ると言われているレアモンスター『ヴァルドレクス』のようだ。
丸一ヶ月も張っていても1回出るかどうかの珍しさな上に、銀色に輝くその鱗は防御力が高く、並の攻撃では1ダメージしか通らないらしい。
『ヴァルドレクス』は、中型の竜だが、特に交戦的ではなく、挑戦者がいても適当にあしらって帰っている。もしかしたら、俺たちは舐められているのかもしれない。事実、それくらいの実力差がある。
その鱗は非常に高い値がつき、S級防具『ヴァルド』の名を冠した防具一式が作れる。
SSS級とまではいかないが、そこらのモンスターの攻撃は一切効かないくらいの硬さだ。狙うだけの価値は十分にある。
『ヴァルドレクス』を倒すことは並の人間にはできそうにないので、俺も含め街の人間はみな諦めている。たまに冒険者がやってきては挑戦し、やはり、みな諦めているようだ。
しかし、この女剣士は半年間も張り込み、これまで5回ほど挑戦している。もちろん、全て失敗している。
失敗どころか、彼女の攻撃は1回も当たっていないのだ。1回も、だぞ??
『ヴァルドレクス』は決して俊敏ではないので、攻撃を当てることは難しくない。しかし、彼女の剣は、構えてから攻撃までに5秒以上かかるほどの大振りで、到底当たりそうになかった。5秒は流石に遅すぎると思うが、何を考えているのやら。
『ヴァルドレクス』への挑戦は、普通は1回の挑戦で諦めるんだが、半年かけて5回も挑戦するのは、あまりにも無謀すぎる。根性はあるようだが、もっと他に使い道があるだろ。
そんなことを考えているうちに、俺は木陰で寝てしまっていた。
すると、ドゴンと、何かが爆発したかのような音が聞こえた。
この平和な地域には、珍しい音だ。
音のした方向を見ると……なんと、『ヴァルドレクス』が倒れていたのだ。
ーーまじかよ。
小説なんて読んでる場合じゃない。近くまで様子を見にいくと、どうやら本当に倒れているらしい。
この女剣士が倒したのだろうか、俺は初対面の彼女に話しかけることにした。野次馬感たっぷりだが、こんなに珍しいことが起きたなら気になるのは当たり前だろう。
「お前これ、どうやって倒したんだよ?」
「どうやって?……ドッカーンってだよ!」
「ドッカーンって……」
彼女は続けて言う。
「カッコいいでしょ!」
カッコいい、か。とは言っても、半年間その攻撃を外し続けていたわけだけどな。まあ、そのおかげで俺にはどう頑張っても倒せないような竜を倒したわけで、羨ましくもあるが……。
「半年間がんばって良かった〜」
屈託のない笑顔で勝利の余韻を噛み締めている。起伏のない生活を送っていた俺は、こんな気分になれたことはないな、と思った。
俺は彼女のことが気になってきた。時間がかかったとはいえ、『ヴァルドレクス』を倒す強さ。俺にはない力だ。悪い奴ではないようだし。
思い切って話を切り出すことにした。
「俺は『ケン』って言うんだ。お前は?この辺りの人間じゃないよな?」
「『シエル』だよ!」
「聞かない名前だな。どこから来たんだ?」
「『ベルッカ』からだよ」
「『ベルッカ』!?歩いたら丸一日かかるぐらい遠いよな。」
「うん。家から通えないから、ずっと近くで野宿してたの」
「野宿って……なんで宿は借りなかったんだ?安い宿なら近くにいくらでもあるのに」
「最初は宿に泊まってたんだよ?でも、お金なくなっちゃって……」
「お前……よく諦めて家に帰らなかったな。そんな無茶、俺には到底できねえよ。」
「無茶かなあ?『ヴァルドレクス』を倒したら、S級防具が作れるんだよ?」
「確かに、生活を投げうってでも手に入れたいくらいの代物だが……。そこまでするやつはそうそういないぞ。よほどの手練じゃない限り、倒せる保証なんてないんだからな」
「私の攻撃が当たれば、『ヴァルドレクス』だって一撃だよ!ぜんっぜん当たんないんだけどね。」
まじかよ。
あの竜の防御力は400だぞ。俺の攻撃力が20倍になってやっとダメージが通り始めるぐらい硬いっていうのに。
さらに、『ヴァルドレクス』には<クリティカルガード>があるせいで、クリティカルじゃなくて通常威力でダメージを与える必要がある。よほどの攻撃力じゃないと倒せないんだぞ。
「お前、攻撃力がめちゃくちゃ高いのか?それか、何か特殊能力でもあるのか?」
「なんかスキルを持ってるみたいなんだけど、よくわかんなくて」
自分のスキルなのによくわからないって、こいつはアホなのか?
「ちょっと、ステータスウインドウを見せてくれるか?」
「いいよ、ちょっと待ってね」
本来、能力はあまり人に聞いたり教えたりするものではないんだけどな。世の中、どこに敵がいるか分からないんだからな。
「この画面……だっけ?」
俺はステータスウインドウを見せてもらった。
【名前】シエル・ルーセル
【レベル】38
【HP】37/81
【MP】0/0
【攻撃】94
【防御】32
【魔力】0
【敏捷】45
【器用】11
【運】2
【特性】なし
【特殊能力】なし
【スキル】[特技]<ラスト・カタストロフ>渾身の大振りで敵1体に1000%打撃ダメージを与える(命中率0.01%)
ステータスは一般的な戦士タイプだな。
スキルはーーなんじゃこりゃ!?
1000%ダメージって、S級スキル相当だぞ。S級スキルが使えるやつなんて、もちろん会ったことはない。なにせ、この街に1人いるかどうかくらいに珍しいからな。
いやいや、確かにこの攻撃が当たれば、鋼鉄の『ヴァルドレクス』でさえも一撃だろうな。
当たれば、だけどな。
……”当たれば”?
ーーもしかして、俺の【特殊能力】で、こいつの攻撃を<必中>にすれば、『ヴァルドレクス』だって確実に倒せるのでは?
「おい、俺とお前が力を合わせれば、めちゃくちゃ強くなれるかも
しれないぞ!」
「え、どういうこと?」
「俺にはな、仲間の攻撃を<必中>にできるスキルがある。それをお前に使えば、お前の<ラスト・カタストロフ>が確実に当たるようになるはずなんだ。」
「え、じゃあ『ヴァルドレクス』も絶対倒せるってこと?」
「その見立てなんだが、俺のスキルは人に使ったことはないんだ。実際どうなるかは、試してみないことには……」
すると、地面が大きな影に包まれた。
「ギャオオオオオオオオオ!!!!!」
怒号が広大な平野に響き渡る。
なんと、別の『ヴァルドレクス』が現れたのだ。
しまった、仲間がやられたことに気づいて来たのか。
俺はろくな装備も持たず丸腰のようなもので、シエルには戦いの疲れがある。このタイミングでの戦闘はマズいぞ。
俺のスキルで彼女のスキルを<必中>にするーーいきなりだが、やってみるしかないのか……!?