ep:8 ノーティスの光とルミの愛
「ウ、ウソだ……そんな事あるワケがないっ!!」
ディラードは、思わずバッと身を乗り出して叫んでしまった。
体温が一気に上がり汗がジワッと滲む。
また、それは両親も同じだった。
悪夢でも見たように目を見開き、顔を引きつらせている。
「バカなっ! アレがノーティスだと!!」
「あ、あの子は浄化されたハズよ……!!」
両親は、あれがノーティスだとは信じられないのだろう。
いや、信じたくないと言った方が正しいかもしれない。
自分達が心から見下し蔑んできたノーティスが、こんな立派になったとあっては立つ瀬が無いからだ。
両親はノーティスの事を震えて見つめるしかない。
そんな両親を置き、ディラードは怒りを燃え滾らせながらズカズカとノーティスに近づいた。
「お兄様っ!!」
「ディラード……!」
ノーティスは、思わずハッとした顔でディラードを見つめた。
まさか、こんな所で再会するとは思っていなかったからだ。
ただ、お互い再会を喜び合う仲ではない。
特に、酷い事をされたノーティスからしたらそうだろう。
そんなノーティスを、ディラードは卑らしい笑みを浮かべて見下ろした。
「お久しぶりですねぇ……てっきり、もう浄化されたのかと思ってました」
「まぁ、あれから色々あってさ」
「……そうですか」
ディラードとノーティスの瞳が交叉し、あの日の事が互いの脳裏に浮かぶ。
「どんな汚い手を使ったのか知りませんが、ご無事だったようですね」
「いや、汚い事はしてないけど……」
「ククッ……それに、ここがどこだか知ってますか?」
「ん? ギルド検定試験会場だろ」
ノーティスが当たり前のように答えると、ディラードは胸の前でパンッと両手を叩いた。
「そうです! ここは合格率1%のギルド検定試験会場! 強き魔力を持つ者が、最高の指導者からの修行を受けて始めて立てる場所!」
「うん、知ってるよ……」
「ほおっ……ではさぞかし優秀な指導者から、修行を授けてもらったのでしょうね♪」
「あぁ、俺は……」
ノーティスはそこまで言いかけて、ピタッと言葉を止めた。
アルカナートから言われていた事を、ハッと思い出したからだ。
『ノーティス、その光は私利私欲に使うのはもちろん、滅多やたらに使うなよ』
『はい』
『お前も知っての通り、白輝の魔力クリスタルの力は最強の力。イザという時や、お前の大切な者を守る為に使え』
『分かりました師匠っ!』
『あぁそれと、俺が師匠である事は極力バラすなよ』
『はい。でも、なんでですか……?』
『めんどくせぇからに決まってんだろ。せっかく身を引いてんのに、押しかけてこられたらウザってぇんだよ』
『あっ、はい……』
その光景を脳裏に浮かべたノーティスは、とっさに言葉を変えた。
「我流……」
「はい? 今なんと?」
「だから、我流だって……」
ノーティスからそれを聞いたディラードは、ニヤアッと醜い笑みを浮かべた。
「我流?! ハッ……ハハッ……ハーッハッハッ! 我流って、あーーーーーーーーーなんて、面白いんだ!」
「ディラード……」
「いや、安心しましたよ。どうやら、浄化されたようですね♪ 頭だけは。クククッ……アッハッハッハッハッ!」
ノーティスを嘲笑うディラードを、ルミはキッと睨んでいる。
アルカナートからの言伝を、ルミも聞いて知っているがムカつくからだ。
───こんのおっ……! 本当はアナタなんかより遥かに……!
そんなルミをよそに、ディラードは嘲笑いながらノーティスを見下ろしている。
「ただどちらにせよ、お兄様にその服装も車も、何よりその子は似合わないと思うのですが、いかがでしょうか」
ディラードがイヤミたっぷりにそう告げると、両親もズカズカとこちらに近づいてきた。
「その通りだっ! 廃棄物に等しいクセに、なんだその格好は!!」
「そうよ! それにそんな子まで連れて、恥を知りなさいっ!!」
両親はムカついて堪らないのだ。
自分達が罵倒し追い出したノーティスが、あまりにも立派な姿になっているから。
「ゴミはゴミらしい格好をしてろっ!!」
「アンタなんか、一人で野垂れ死ぬのがお似合いよっ!!」
昔と変わらず暴言を投げつける両親。
それを側で見ていたルミはもう我慢できず、両腕をバッと広げて両親の前に立ち憚った。
「なんなんですかアナタ達は! バカにするのもいい加減にしてくださいっ!! ノーティス様が……お優しいノーティス様が、アナタ達に一体何をしたっていうんです!!!」
ルミの可愛い瞳は、激しい怒りに燃えている。
大好きなノーティスをボロクソに言われたからだ。
けれど、そんなルミの肩に、ノーティスは後から片手をポンと乗せて軽く微笑んだ。
「ルミ、ありがとう。でもいいんだよ」
「ノ、ノーティス様……」
切ない顔で振り向いたルミを見つめると、ノーティスはコクンと頷き前に出た。
「父さん、母さん、ディラード……」
ノーティスは決して怒る事も哀しむ事もなく、澄んだ瞳で彼らを見つめている。
その瞳に見つめられた両親とディラードは、顔をしかめたまま何も言う事が出来なくなった。
あまりにも深く澄んだ瞳に飲み込まれそうになるのを、必死に堪えるので精一杯だから。
特にディラードは、それが許せない。
───クソッ、クソッ、クソッ! なぜだ? 何をどれだけくぐり抜けたら、こんな瞳が出来る!!
己の醜さを映し出され、ディラードは心の中で地団駄を踏んでいる。
ノーティスは、そんなディラードと両親を見つめながら静かに微笑んだ。
「ありがとう」
その言葉を受けたディラード達は、物凄く不快そうに顔をしかめた。
「はあっ? な、何を言ってるんですか。お兄様にお礼を言われる筋合いなんてありませんよ……!」
「そ、そうだ! このゴミクズが! 意味不明な事を言うなっ!!」
「そうよ! ああっ、もう気持ち悪いっ!!」
その光景をルミも謎めいた顔で見つめている。
───ノーティス様、なぜ彼らに礼を……
そんな眼差しを受ける中、ノーティスは変わらず澄んだ瞳のままだ。
「あの日かくまってもらってたら、俺はきっと自分の本当の力に気づけなかった。それに……」
ルミにスッと流し目を向け、軽く微笑んだ。
「俺を心から心配してくれるルミにも、決して出会える事はなかったから」
その優しい眼差しと言葉を受けたルミの瞳が、ジワッと涙に滲む。
「うっ、ううっ……ノーティス様っ!」
その光景を目の当たりにしたディラード達は、より顔をギリッとしかめて睨んだ。
けれどノーティスは臆さない。
哀しみの影が差す笑みを浮かべながら、ジッと彼らを見つめている。
「父さん、母さん、ディラード……これでアナタ達と、心置きなくお別れ出来るよ。これが、その光です……!」
そう零すと同時に、ノーティスは自らの魔力クリスタルを輝かせた。
もちろん全力でではないが、白い大きな輝きがディラード達を強く照らす。
「うわっ!」
「うおっ!」
「きゃあっ!」
三人とも、とっさに片腕を上げガードした。
その光があまりに眩しすぎたからだ。
また、広間にいる他の受験者達もその光に目を細めている。
ノーティスは、そんなディラード達にサッと背を向けて瞳を閉じた。
───さよなら……父さん、母さん、ディラード、みんな……せめて、ずっと元気でいてください……!
最後まで受け入れてもらえなかったが、ノーティスはその事を責めたりはしない。
心で皆の幸せを願いながら試験会場に向かってゆく。
どんなに哀しくても前に進む為に、もう後ろは振り返らない。
そんな背中をジッと見つめていたルミは、ハッと我に返るとノーティスに後からタタッと駆け寄った。
「ノーティス様ーーー! 私も一緒に行きます!」
「ルミ……」
スッと振り向いたノーティスを、ルミは軽く息を切らしながら見上げた。
「ダメじゃないですか、お一人で行かれたら」
「えっ、だって試験受けるの俺だしさ」
「確かにそれはその通りです。けど、お一人で行かせる訳にはいきません」
「なんでだよ?」
軽くすねた顔をするノーティスを見上げたまま、ルミはニコッと微笑んだ。
「私は、ノーティス様の執事ですから♪」
その笑顔はノーティスをどこまでも慕い、大切にするという愛が溢れている。
それに当てられたノーティスは、照れを隠すように軽くため息を吐いて笑みを浮かべた。
「分かったよルミ、じゃ一緒に行こう」
「はいっ♪ ノーティス様」
二人はそのままその場を後にする。
その姿を、ディラードは腹わたが煮え返るような怒りと共に睨みつけていた。
────クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クッッッッッッッソォーーーーーーー!!!!!
歪んだ憎しみと怒りをマグマのように燃やしているディラードは、バッと後ろへ振り返った。
「くっ……お父様お母様!! あんなのは何かの間違いに決まって……えっ?」
そこまで言いい、ディラードは思わず言葉を止めてしまった。
母親が心配する傍らで、父親が真っ青な顔をして両手で頭を抱えていたからだ。
「お、お父様……?!」
「アナタ、どうしたの?!」
二人から不安げに見つめられる中、父親は頭を抱えたままガタガタと震えている。
「あ、あの光は……間違いない、いや、そんなバカな……ありえない……ありえない……」
意味不明なその姿にイラッとしたディラードは、思わず父親にグイッと身を乗り出した。
こんな時だからこそ、なおさらだ。
何があったのか気になって仕方がない。
「お父様、一体どうしたというのです!!」
ディラードから強く問われた父親は、震えながら驚愕の真実を話し始めた。