ep:7 ディラードの大誤算
ノーティスがアルカナートの下で修行を始めてから、数年の月日が流れた……
超魔法国家スマート・ミレニアム。
その中心地近くにある『ギルド検定試験会場』
春風の吹く中、会場のある敷地内には大勢の人達が集まり熱気を発していた。
男女共に若い子が多いが、中には少し歳のいったのもいる。
また、見るからに勇者や戦士志望の奴もいれば、もう既に魔法少女みたいな格好をした奴と様々だ。
もちろん、魔力クリスタルの色も皆違う。
また、様々な決意を抱いてこの会場に来ている。
───まっ、よゆーだろ。そう……余裕に決まってる!
───俺、ゼッテー試験一発で決めてやっからな!
───私、ぜーったい負けないもんっ!
───今度こそ、やってやる……!
そんな彼らに共通しているのは、皆まだ冒険者ではなくその卵だという事。
今活躍してるどんな冒険者達も、皆ここを通ってきた。
ここで合格して『Fランク』の資格を取る事がスタートだからだ。
もちろん、参加者の全てが冒険者になれる訳じゃない。
と、いうよりもほとんどが落とされる。
合格率は『1%』だがらだ。
これは、この試験制度が始まってから一度も変わった事は無い。
なのでこの試験、受験者達からは1を剣に見立て『斬望の剣』もしくは、魔導の杖に見立て『希忘の杖』とも皮肉られている。
実際、ギルド検定試験会場のエンブレムは剣と杖を交叉させたデザインなのだ。
その為、受験者達がそう名付けるのも仕方ない。
そんなエンブレムが掲げられた受験会場の広間には、本当に大勢の受験者達がいる。
が、そこに一人の男が入ってくると、みんな彼を見つめてザワつき始めた。
「あ、あれは!」
「マジかよ!」
「うわ〜〜これで合格枠確実に減ったわ……」
ノーティスか? いや、違う。
皆から騒がれているのは、ノーティスの弟である『エデン・ディラード』だ。
額にある赤黒い魔力クリスタルを、キラキラと静かに輝かせている。
そんな彼はノーティスの弟ではあるが、性格は真逆。
狡猾で残忍。
けれど表向きの顔はとても良く、人をいいように操るタイプだ。
心の中では自分以外の人間を常に見下している。
───ったく、このザコどもめ。受かるわけないのに、身の程知らずな奴らだ。クックックッ……
けれど、ディラードはそれを顔には出さない。
立派な格好をした両親を脇に、軽く零すような笑みを浮かべた。
「はあっ……なんだか皆さん強そうで、緊張しちゃいます」
「ディラードちゃん大丈夫よ。アナタはママの自慢の子なんだからっ♪」
「そうだぞディラード、お前は我が家の誇り……いや、これから、この国の誇りになる男だ」
両親が誇らしげに見つめる中、ディラードはワザとらしくスッと軽くうつむいた。
「お父様、それは言い過ぎですよ。僕なんてまだまだです。それに……お兄様には負けてましたし。勉強でも武術でも……」
それを聞いた父親と母親は、キッと鋭い目つきに変わりディラードを睨んだ。
「何を言うディラード! お前があんな奴に劣るハズがないだろう。アイツは……浄化対象になったクズなんだからな!」
「そうよディラードちゃん! 無色の魔力クリスタルなんて穢らわしい子、あんなの家族でもなんでもないわっ!」
「まったく母さんの言う通りだ。あんな廃棄物……思い出すだけでムシズが走るわ!」
「ほんとそう! 家の子はディラードちゃんだけ。それでいいのっ♪」
両親はノーティスの事を、心の底から嫌っている。
無色の魔力クリスタルだと判明した、あの日からずっとだ。
あの日、ノーティスは命からがら家に逃げ帰った。
まだあの頃は、今よりも幼い少年。
両親ならきっと、自分を守ってくれると思ったからに他ならない。
しかし、そんなノーティスを両親は穢れた者とみなして罵倒し、呪詛のような言葉で心をえぐり家から追い出したのだ。
ディラードはその時の事を思い返し、内心ドス黒い笑みを浮かべていた。
───ああ、いい。いいよ。ノーティスの顔たまんなかったな〜〜〜。トドメは俺が刺したんだ。両親達には聞こえないように、ノーティスの耳元で囁いてやったもんな。
『アンタの居場所はどこにもない。さよなら、無色の落ちこぼれ』
ってな。クックックッ……
ディラードは下卑た笑みを外に漏らさないように、必死に取り繕いながら醜い満足感を心に染み渡らせている。
さっき言った通り、ノーティスが無色の魔力クリスタルだと判明するまで、ディラードはずっと後塵を拝していたからだ。
もちろん、ノーティスはその優秀さを鼻にかける事はなく勉強や剣術を教えたりしていた。
しかし、ディラードにその優しさは伝わらなかったのだ。
ディラードは歪んだプライドを持っている。
なので、ノーティスから教えを受ける事は感謝ではなく屈辱でしかなかった。
───あのクソ野郎が。いい気味だ!
プライドが高く人間としての器が小さいディラードは、ノーティスの事をいつも心から疎ましく思っていたのだ。
───あぁ、でももういい。ノーティスはいない。現に俺はあれからずっとトップだ……見ろよ。どいつもコイツも、俺を羨ましがってる。俺は両親を上手く利用して、最高の教育を受けてきたんだ。ノーティスやお前らとは、物が違うんだよ。ハーッハッハッハッ!
ディラードは内心で皆を嘲笑っている。
しかし、急に皆がまたザワつき始めた。
皆、広間の入口を見ながらザワついている。
───なんだ?
そう思って振り返った時、ディラードは驚愕に目を大きく見開いてしまった。
なんと、入口に大きな黒い車が停まっていたのだ。
───バカなっ! 車だと!
この世界の移動は基本、徒歩か馬だ。
王都の中心地に近いエリアには魔力で動く鉄道は走っているが、車を持ってる人間はそうはいない。
そんな物に乗れるのは、一部の上流貴族ぐらいだ。
しかも、目の前にあるのは素人目にも分かる超高級車。
───まさかっ……!
ディラードは、そういう事かとピンと閃いた。
───スカウトか! あのレベルなら貴族……いや、ここに来るという事は『王宮魔道士』様だ! きっと俺の評判を聞きつけ、直々にスカウトに来たんだ……!
そう思ったディラードは胸を張り、意気揚々とその車に向かってゆく。
すると、運転席のドアがガチャッと開き、そこからとんでもなく可愛い女の子が降りてきた。
サラサラのショートカットに、クリッとした可愛らしい瞳。
彼女の魔力クリスタルは桜色。
また、小柄だが抜群のスタイルの上から黒い執事服を纏っている。
控えめに言っても、トップ芸能人クラスと言っていい。
───な、な、な、な、なんだあの可愛い子は!
さすがのディラードも、その子の可愛さに見とれて一瞬固まってしまった。
けれどすぐに気を取り直し、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
───こんな可愛い子が直々にお出迎えとはサイコーだ! あぁ……哀れな兄さん。きっともう浄化されてるだろうけど、空から見てて下さい。この子と共に僕が王宮魔道士になる姿を! アハッ……アハッ……アーッハッハッハッ!!
ディラードは、どこまでも薄汚い情念を溢れさせている。
だが後部座席から一人の男が出てくると、ディラードは何か悪い物でも見たかのように顔をしかめた。
───な、何だアイツは!
少し離れた場所からでも、一目見て感じたからだ。
彼がとてつもなくカッコいい男だという事を。
現に、その広間にいる女の子達は目が完全にハートになっている。
「えっ、何あの人! メッチャカッコいい!」
「わあっ、王子様みた〜〜〜い♪」
「ヤバっ、本気で惚れそうなんだけど……」
サラサラに靡く金髪の前髪と、シュッと締まった体。
それを、金の刺繍が入ったロングジャケットで包んでいる。
また、全身からは強く精悍な、そして優しさの入り混じったオーラが溢れていた。
ディラードのように取り繕った物ではなく、本物だけが纏えるオーラだ。
その証拠に、もう誰もディラードの事など見ていない。
───クソッ! あの野郎! どこのどいつだ!!
ディラードはギリッと歯を食いしばり、怒りにブルブル震えながら男を睨みつけている。
そんな中、男は執事の女の子に軽く微笑んだ。
「ありがとうルミ、お陰で間に合ったよ」
「いいんです。私は、ノーティス様の執事ですから♪」