ep:68 剣よりも強いアルカナートの意志
「ぐはあっ! アルカナート、キサマぁぁっ……!!」
ノーティス達がクリザリッドを倒した頃、アルカナートもクルフォスを倒していた。
心の中でナターシャとの邂逅を果たしてさらなる高みに達した今のアルカナートにとって、クルフォスは敵ではなかったのだ。
「フンッ、クルフォス。いくらテメェでも、俺とまともにやり合って勝てる訳ねぇだろ」
「うぐっ……くっ!」
クルフォスは怒りに顔を苦しくしかめ、壁に背をついたまま倒れている。
ただ、クルフォスにはどうしても分からなかった。
なぜ『ソウル・フィラキス』が破られたのかが。
「ううっ……お前は心の中で殺せたというのか?! 愛するナターシャを!!」
クルフォスには未だに信じられない。
ノーティスの共振により精神への回路が開かれたとしても、心の扉を守るナターシャをアルカナートが殺せるハズが無いと思っていたからだ。
たとえそれが、心の幻想と気付いていたとしても。
「アルカナートよ、お前程の者が……あ、ありえぬのだっ……!」
「知るかよ、んな事……」
アルカナートは横を向いて、気だるそうに剣の汚れを布で拭いている。
誰にどう思われようと関係ない。
気に入らない事は決して受け入れず、どこまでも己の道を進むのがアルカナートの流儀だからだ。
そこに、クリザリッドを倒したノーティス達が駆けつけて来た。
「師匠! ご無事で……!」
ノーティス達は嬉しそうに笑みを浮かべてアルカナートを見つめている。
この光景を一目見て、アルカナートがクルフォスに勝利した事が分かるからだ。
アルカナートを中心に皆、輪のように集まり安堵の空気が流れている。
それを見たクルフォスは、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「だがアルカナートよ、お前はその弟子達を守る為に大切な者を失ったのだ! ナターシャというお前の愛した女をな!」
クルフォスは、アルカナートとノーティス達の事を邪悪な笑みを浮かべて見つめている。
「クックックッ……だが、思い出す事は出来まい。キサマに残るのは、大切な者を斬ったという罪悪感と喪失感のみだ」
それを聞いたノーティス達は、クルフォスを睨みながら怒りにギリッと顔をしかめた。
今のは初耳だったからだ。
目覚めれば全てを忘れるだけだと思っていた。
「なんだって?! ぐっ……! ただ忘れるだけじゃなく、それは師匠に残るなんて……!」
また、ルミとレイとメティアは激しい軽蔑と怒りに涙を浮かべている。
「そんなの酷すぎますっ……!」
「ホント、最低ね……!」
「うぅっ……酷すぎるよ……!」
また、ジークは同じ男として許せないという雰囲気で怒りを滾らせた。
「この野郎、どこまでクソ野郎なんだよっ……!」
その中でアネーシャは涙は浮かべていないが、失望した顔をしている。
激しく憎んできた敵国の統治者の、あまりに下卑た精神を目の当たりにしたからだ。
「スマート・ミレニアムの教皇って、ここまで下品だったのね」
そんな皆を見て、クルフォスはニヤリと嗤った。
その罪悪感と喪失感を利用し、アルカナートの戦意を散らせるからだ。
クルフォスは未だ勝利を諦めてはいない。
虎視眈々と、その機会を探っている。
だがアルカナートは表情を変えない。
ぶっきらぼうにクルフォスを見下ろしたままだ。
「罪悪感? 喪失感? クルフォス、テメェ何を言ってんだ」
「クククッ……無理をするなアルカナート。キサマの罪悪感と喪失感は、この先二度と消える事は無い。ナターシャの事は永久に思い出せないままな」
クルフォスがそう告げた時、アルカナートはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「フンッ、舐めるなよクルフォス。俺が忘れる訳ねぇだろ。ナターシャの事を……!」
「な、なんだと?! なぜ貴様がナターシャの事を覚えている!!」
クルフォスは目を見開き激しく動揺している。
こんな事はありえないからだ。
禁呪から目覚める為に心の中で相手を斬ってしまえば、相手の事は二度と思い出せなくなる。
ソウル・フィラキスとはそういう技に他ならない。
そこから目覚めここにいるという事は、ナターシャの事を心で斬る以外に無かったハズ。
「こんな事はありえぬ!」
無論、ノーティス達も驚愕を隠せない。
共に謎めいた顔を浮かべ、アルカナートを見つめている。
皆からそんな風に見つめられる中、アルカナートは剣の峰を肩にポンと置いた。
そしてニヤリと笑う。
「簡単な事だ。斬ってねぇからさ」
その言葉にノーティス達は勿論の事、クルフォスも大きく目を見開いた。
「斬っていないだとっ?! 斬らなければ、目覚める事は決して出来ぬハズだ!」
「フンッ、それはテメェのルールだろうが。そんな仕掛け、俺には関係ねぇんだよ」
「な、ならば、一体どうやって……!」
クルフォスは驚愕に目を見開いている。
アルカナートが嘘を言っていない事は分かっているが、その方法がどうしても分からない。
まるでクルフォスの方が悪夢の中にいるように感じてしまう。
そんなクルフォスを見据えたまま、アルカナートは再びニヤリと笑みを浮かべた。
「抱きしめたのさ。斬る代わりにな」
「バ、バカな! ありえぬ! そんなやり方で我が禁忌の術を破るとは……!」
「そんなやり方? ったく、分かってねぇなクルフォス」
「なんだと……!」
たじろいでいるクルフォスを、アルカナートは強く見据えている。
「斬るよりも、抱きしめる方が強ぇんだよ」
「ぐっ……!」
怒りに身体を震わせているクルフォスを前に、アルカナートはカッと瞳に力を込めた。
「禁忌の術だろうが、俺の意志は誰にも邪魔させねぇ!」
アルカナートのその言葉が広間に響き渡った。
昔から決して変わらぬその精神を、皆にハッキリと示すかのようだ。
その言葉と佇まいに、皆は感嘆のため息を漏らしている。
またノーティスは、先程ロウが言っていた言葉を思い出して微笑んだ。
「ロウ、アナタの言った通り師匠は最高の答えを選んだみたいだ」
「あぁ、僕はどこまでもアルカナートを信じてる」
ロウも誇らしそうに笑みを浮かべている。
そんな中、アルカナートはノーティスの事をスッと見つめた。
「まっ……とは言っても、このバカ弟子の共振が無けりゃ厳しかったけどな」
「師匠っ……!」
「フンッ、礼を言うぜノーティス。よくやった」
「いや師匠、俺はただ必死にやっただけで……」
ノーティスは、思わず少し照れながら軽くうつむいてしまった。
アルカナートから面と向かって褒められた事は、これまでほとんど無かったからだ。
また、みんなの想いでアルカナートを目醒めさせられた事が嬉しかった。
そんなノーティスを見つめたまま、アルカナートは軽く微笑んだ。
「ったく、せっかく褒めてんだから胸を張れ。いつぞや言ったように、ノーティス……お前が俺の後継者だ」
「師匠、ありがとう……ございます!」
ノーティスは心からアルカナートに礼を告げた。
瞳に宿る精悍な光が揺らめいている。
それを見つめたアルカナートはニッと笑みを浮かべると、再びクルフォスの方へ振り向いた。
ノーティスに向けたのとは違い、厳しい眼差しで見下ろしている。
もちろんノーティス達も同じだ。
壁に背をつけ倒れているクルフォスを、厳しい眼差しでジッと見据えた。
「さあ、どうする。もうアナタに勝ち目はない! ユグドラシル共有をするか、ここで終わるか……選べっ! クルフォス!!」
「フフッ♪ ノーティスの言う通りよ。これ以上認めないのは、あまりにも美しくないわ」
「そーだぜ。いい加減負け認めちまいな」
「僕もその方がいいと思う。それが教皇として、貴方の最後の務めだ」
「ニャハハッ♪ 幕引きは綺麗にせんとニャ」
「クルフォス、ちゃんと罪を償おう。そしたらきっといつかみんな許してくれるよ」
「そーそーメティアちゃんの言う通りよっ♪ ちゃーーんと罪償ったら私がおいしーーーーーいコスモティー淹れてあげるからさっ♪」
「私は見せてもらいたいの。シドが望んだ未来を……!」
皆が想いをぶつけてゆく中、ルミがスッと前に歩み出た。
他の皆とは違い憐れむような眼差しでクルフォスを見つけている。
「クルフォスさん、あの、一つ思うんですけど……そこまでして……永遠の命まで手に入れて、本当は何がしたかったんですか?」
ルミの問いかけにクルフォスはピクッと反応した。
核心を突かれたからだ。
「……さすがは光の巫女クナーティアだな。だが、答える気はない」
哀しい眼差しで見上げてきたクルフォスを、ルミは静かに見下ろしている。
その眼差しは、まるでクルフォスの哀しみを愛で包もうとする物のようだ。
しかし、クルフォスはそれ以上何も答えずにサッと斜め下を向いた。
恐らくそれがクルフォスの最後の矜持なのだろう。
きっと、自分の命がなくなるとしても言わないに違いない。
それを感じ心を痛めたルミは哀しそうに零す。
「クルフォスさん……」
ルミは哀しそうに見つめている。
そんなルミの肩に、横からノーティスが片手をポンと置いて微笑んだ。
「ルミ、ここまでありがとう」
「ノーティス様っ……!」
「ここまで来れたのはルミのお陰だよ。ありがとう」
「い、いえ。私なんて全然……!」
「いや、ルミのお陰さ」
ノーティスがそう告げる中、みんな凛とした表情でルミとノーティスと見つめている。
ようやく全てが終わったのだ。
後はノーティスとルミの幸せを祈るのみ。
二人を祝福する温かい空気が、その場に満ちてゆく。
だが、その時だった。




