ep:64 愛する者達と永遠の別れ
「ライト、お誕生日おめでとう!」
アネーシャの嬉しそうな掛け声と共に、クラッカーのパンッ! と、いう音が部屋に響くと、ライトは満面の笑みを浮かべた。
「アネーシャ、みんな、ありがとう!」
大好きなアネーシャとみんなに祝ってもらえて、ライトはとても無邪気に喜んでいる。
この前アネーシャの脳裏に謎の映像が流れたが、それからからしばらくの後、今日はシドとキースも呼んでライトの誕生会を開いているのだ。
「ライト、おめでとーー♪」
「ありがとうマーヤ!」
テーブルにはバースデーケーキやチキン、他にもライトの好きな料理がズラッと並べられていて、それをライトを中心に皆が温かい雰囲気で囲んでいる。
隣に座っているアネーシャは、幸せいっぱいのライトの顔を覗き込んでニコッと微笑んだ。
そして同時に、綺麗に包装された箱を両手で渡す。
「はい、ライト。誕生日プレゼントよ♪」
「わあっ! ありがとうアネーシャ!」
大好きなアネーシャからプレゼントを手渡しでもらったライトは、嬉しくて瞳をキラキラさせた。
子供らしい無邪気な笑顔だ。
「ねぇ、これ開けていい?」
「もちろんよ」
「やったぁ♪」
ライトは嬉しさと共に包装紙を子供らしくバリバリ破って開けると、パァァァッ! と、顔を輝かせた。
そのプレゼントは、ライトがずっと欲しがってたオモチャだったからだ。
「わあっ、アネーシャありがとう! 嬉しいよっ!」
「フフッ、よかった。大切にしてね」
「うんっ! アネーシャ大好きーー!」
満面の笑みでギュッと抱きついてきたライトを、アネーシャは抱きしめ囁いた。
ライトのお祝いが出来て嬉しくて堪らない。
「ライト、私も大好きよ」
二人から温かい愛が溢れ出し、部屋いっぱいに広がってゆく。
そんな中でシドやキース、そしてマーヤも次々とライトにプレゼントを差し出した。
その温かく優しい光景を、アネーシャは瞳の光を揺らめかせながら見つめている。
その眼差しは、まるで心の奥に焼き付けようとしているようだ。
そしてケーキを両手で手に取ると、アネーシャはスッと立ち上がった。
「じゃあ私、みんなの分を切り分けてくるね」
アネーシャはそう言ってキッチンへ行くと、包丁でケーキを切り分けてゆく。
一つ一つに想いを込めて、ゆっくりと。
───もう少しだけ……お願い。後少しだけでいいの……
心に湧き上がる切なさをグッと抑えるアネーシャの瞳が、涙でジワッと滲んでゆく。
───ダメッ! 今は、まだ泣いたらダメだから。
アネーシャは必死に自分自身に言い聞かせている。
実はもう、気付いてしまっているのだ。
ここが『夢の世界』である事に。
───そう。私はあの時クリザリッドに技をかけられて……
アネーシャがこれに完全に気付いたのは、あの映像が脳内に流れ込んできた日だ。
部屋に戻り夜一人になった時、アネーシャの心に突如これまでの全ての記憶が浮かんできた。
それと同時に、刀と鎧も自分の身体にブワッと復活したのだ。
もちろんすぐに外し慌てて部屋の奥に隠したが、もう思い出してしまった記憶は消せない。
その瞬間アネーシャは、月明かりの照らす部屋の中でドシャッとへたり込んで涙を零した。
『うっ……ううっ……くっ……なんで、なんで気付いてしまったの……私、本当はずっとここに……』
そして今、それを思い出しながら台所でケーキを切っているのだ。
アネーシャの手に、悲しみの涙がポタポタと零れ落ちてゆく。
───ここは夢の世界。現実の私は、みんなと一緒に戦ってる。だから行かないと……何より、シドを救おうとしてくれたノーティスを……死なせる訳にはいかないの!
アネーシャの脳裏に、ノーティスの顔がハッキリと浮かぶ。
自分だけこうしているのは、心が痛い。
また、この世界で夢を見させられてる間に、現実の自分は殺されてしまう可能性は充分ある。
この夢の世界と現実の世界では、時間の進み方が大幅に違うかもしれない。
けれど、いつかはそうなるからだ。
───だから私……行かなきゃ……
アネーシャはここまで気付いているにも関わらず、なぜ夢から醒めようとしなかったのか。
もちろん、この世界がアネーシャの理想の世界だからというのはある。
この先、どんなに戦っても決して辿り着く事の出来ない場所。
アネーシャ自身が、本当は一番いたい場所。
───でも……でもここなら、みんな生きてる。シドもキースもライトも……
それに加え、この誕生日だけはどうしても過ごしたかった。
現実では、ライトはこの誕生日を迎える前に死んでしまったからだ。
───やっぱり嫌だよ……! 本当はここにいたい! シド、キース、ライト、マーヤ……みんなと一緒に!
瞳から涙を、心からは血を流している。
どうしようもない悲しさに、体と心の震えが止まらない。
すると、シドが台所に来てアネーシャを心配そうに見つめてきた。
「アネーシャ、どうしたんだ。大丈夫か」
「うぅっ……シド……!」
「アネーシャ!」
シドは両手でアネーシャの肩をガシッと掴み、真摯な眼差しで見つめてくる。
そんなシドを、アネーシャは綺麗な瞳から涙をボロボロ零しながら見上げた。
「……ありがとう……シド……そして、ごめんなさい……」
「アネーシャ?! どうした。何を言ってるんだ!」
「私、ずっと、ずっと……貴方に会いたかったの」
アネーシャが泣きながらそう告げた瞬間、シドはアネーシャの事をギュッと抱きしめた。
まるでホラムに出立していったあの日のように、全身からアネーシャへの愛が溢れている。
「ここにいるだろうアネーシャ。俺はこれまでも、これからもキミとずっと一緒だ。愛してる……!」
シドから溢れる愛が、アネーシャの心に優しく沁み渡ってきた。
それは何よりも嬉しい事のハズなのに、同時にアネーシャの胸をギュギュッと締め付ける。
もう、お別れしなければいけないからだ。
この愛と……永遠に。
───ああっ……シドと一緒にいたい……! これが、この世界が本当なら、どんなに……
アネーシャは泣き出しそうになりながら、その想いを心でギュッと抱きしめた。
本当はこのまま離したくない。
けれど両手でシドの体をスッと離すと、涙を流しながらニコッと微笑んだ。
涙は止めれなくても、この笑顔をシドに覚えておいてほしいから。
例えそれが、夢の世界の人だったとしても。
「シド、私も貴方を愛してるわ」
「アネーシャ……!」
「でも、私もう行かないと……」
「えっ?」
動揺し謎めいた顔をした瞬間、アネーシャはシドの胸の中からサッと離れて部屋を飛び出した。
「ごめんなさいっ……!!」
「アネーシャ!」
シドが追いかけると、他のみんなも不安で謎めいた顔を浮かべてシドの後にバタバタと続いていく。
そしてシド達は、夕暮れ時の街をアネーシャを追いかけ息を切らしながら駆けていき、街の入り口にいるアネーシャを見つけた。
「ハァッ……ハァッ……! アネーシャ……!!」
シドは苦しそうな顔でアネーシャを見つめている。
そんな眼差しで見つめられる中、アネーシャは街の入り口に手の平を翳して感じていた。
何もないハズの空間に張られている、結界のような物に触れている。
───きっと、ここが境界線ね。ここから出たら、もう二度と……
それを確めたアネーシャは涙を浮かべた。
違うとは分かっていても、心の何処かで思っていたからだ。
これは自分の勘違いで、こっちが本当の世界なんじゃないかと。
けれどもう、そんな微かな希望も今潰えた。
アネーシャの心は、悲しみと絶望に塗りつぶされている。
その背中に向かい、シドは悲壮な顔で身を乗り出した。
「アネーシャ、どこへ行くんだ!」
「シド……」
アネーシャが涙の乾かぬ瞳でそっと振り向くと、シドは哀しいオーラを立ち昇らせたまま、ザッと足を踏み出した。
そして、アネーシャを見つめながらゆっくり近づいてゆく。
だがその瞬間、アネーシャは片手をバッと横に振り抜き胸を張った。
瞳からは涙を迸らせている。
「来ないでっ!!」
「アネーシャ、一体どうしたんだ?! なんで急にそんな事を……」
シドは足を止めたまま、切ない顔でアネーシャを見つめた。
もちろん、他の皆も同じだ。
アネーシャとシド達の間に、切なく哀しい空気が広がってゆく。
その中で、アネーシャは皆を一人一人ジッと見つめた。
涙の滲む瞳で、ゆっくりと。
「キース、これからもシドと素敵な音楽を作ってね」
「アネーシャ……」
「マーヤ、いつも元気でいてくれてありがとう。ライトと仲良くね」
「アネーシャお姉ちゃん、なんで……!」
「ライト、貴方はきっと素敵な男性になるわ。マーヤをちゃんと守るのよ」
「アネーシャ姉ちゃん、いっちゃヤダよ! ううっ……!」
涙を溢れさすライトを、アネーシャは涙を湛えた凛とした瞳で見つめてニコッと微笑んだ。
視界が涙で歪んでしまうが、必死で笑みを浮かべている。
そして心に愛を抱きしめたまま、最後にシドを見つめた。
「私、あの時ずっと言えなくて後悔してたの……愛してるわ。シド……!!」
アネーシャはそれ以上見ていられず、クルッと背を向けた。
その背に、愛するシドの声が響いてくる。
「アネーシャ、俺も愛してる! だから行くな!!」
けれど、アネーシャは振り返らない。
振り返ってしまったら、もう戻れなくなってしまうからだ。
本当はずっといたい、シドがいるこの世界に。
───シド……!!
でもだからこそ、アネーシャは涙を零したままザッと足を前に踏み出した。
しかしその瞬間、アネーシャの背中にライトの泣き声がこだまする。
「アネーシャ姉ちゃーーーーーーーーーん!! いかないでーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
その泣き声が、アネーシャの心をバリバリバリッ! と、引き裂き血を流させる。
───ライト……!!
アネーシャはそれに必死に耐えるように両拳をググッと力いっぱい握りしめると、ザッ! と、前に駆けだした。
その綺麗な瞳から、ボロボロと涙を後ろに迸しらせながら。
そして、アネーシャは心で祈るように皆に誓う。
───みんなの事、私、ずっとずっと絶対に忘れないから……!! ありがとうみんな……愛してるわ、シド……!!!
アネーシャから後ろに零れ落ちる涙は夕日に照らされ、キラキラと哀しく煌めいていた……




