ep:63 思い出したくない記憶
「ねぇ……アネーシャ姉ちゃんは、シド兄ちゃんと結婚するの?」
「えっ、ライト。な、なに言ってるのよ」
とある日の夕暮れの帰り道、アネーシャは夕日とは別の色に顔を染めた。
今日は自分が育てている孤児の『ライト』と『マーヤ』と手を繋いで帰っていたのだが、思わずドキッとしてしまったのだ。
今ライトから言われた事が、いつもアネーシャが願ってる事だったからに他ならない。
───シドと結婚出来たら、きっと私は……
そんな中、マーヤがライトにムスッとした顔で身を乗り出した。
「ライト、そーゆーのいきなりきいたら、アネーシャお姉ちゃんだってビックリしちゃうでしょ!」
「だ、だってさぁ……」
ライトは不満そうに口ごもっている。
言いたいけど言うのも恥ずかしいし、何だか気が引けてしまうのだろう。
その顔に哀しみも混じっているのを見てピンときたマーヤは、ちょっと意地悪そうに笑みを浮かべた。
「あーーーライト、しっとしてるんでしょ。シドお兄ちゃんに」
「な、なんだよマーヤ! うるさいなあっ!」
顔を真っ赤に火照らせ、ライトはマーヤに向かって口を尖らせた。
完全に図星だったからだ。
マーヤと同様アネーシャに孤児として引き取られてから今まで過ごす中で、ライトはアネーシャに淡い恋心を抱くようになっていた。
特に少年期というのもあり、それを見抜かれた事は恥ずかしくてたまらない。
しかも、同い年のマーヤに見抜かれるのは一番嫌だ。
「う〜〜〜」
ライトは顔を火照らせたまま、恥ずかしそうに唸っている。
アネーシャはそんなライトを見下ろし微笑むと、その場にスッしゃがみ優しい眼差しで見つめた。
優しく凛とした瞳が、夕日と共に揺らめく。
「ライト、私は確かにシドが好きよ。彼は私の大切な人。でも、ライトの事も大好きだし、これからもずっと大切にしていくわ」
その瞳に見つめられたライトは、恥ずかしそうにプイっと横を向いた。
大好きなアネーシャから見つめられるのが、ライトには恥ずかしくて耐えられない。
「べ、別にそんなん分かってらっ!」
「フフッ、よかったわ。ありがとうライト」
アネーシャはそう言って微笑むと、マーヤの方へ振り向いた。
ライトに向けたのと同じように、マーヤの事も優しく見つめている。
「もちろんマーヤの事もそうよ」
「うんっ♪ わたしもアネーシャお姉ちゃん大好きだよっ」
「ありがとうマーヤ」
そう告げるとアネーシャは、二人をしゃがんだままギュッと抱きしめ瞳を閉じた。
今の話で、二人の事がより愛おしくてたまらない。
そんな気持ちになったからだ。
「ライト、マーヤ。アナタ達の事を愛しているわ。ずっと一緒だからね」
その姿を優しく切ない夕日が照らす。
まるで、ずっとそこに留めておきたいかのように。
◆◆◆
それからまたしばらくの時が過ぎ、アネーシャは心穏やかな時を過ごしていた。
穏やかな陽光が射す街の中を、今日はシドと一緒に街にお出かけしている。
「シド、忙しいのにありがとう」
「いや、音楽会も無事に終わったし平気だよ。それに…」
シドは少し顔を火照らせ言葉を止めた。
クールで精悍な顔が優しく綻ぶ。
本当に好きな相手にしか見せない、いや、見せれない顔だ。
そんなシドを、アネーシャは少し謎めいた顔で見つめた。
「どうしたの?」
「いや……アネーシャと出かけたかったから。俺も」
その言葉と仕草にアネーシャも恥ずかしくなってしまったが、同時に嬉しくて堪らない。
シドを見つめてニコッと微笑んだ。
「フフッ、安心してシド。私の方がもっと沢山そう思ってたから」
「ア、アネーシャ……!」
「だから、今日はいっぱいデートしましょ♪」
「う、うん……」
シドは恥ずかしさに顔を火照らせながらも、アネーシャの片手をスッと握った。
アネーシャにここまで言わせちゃったから、自分もちゃんとしなきゃと思ったのだ。
その気持ちを手の平から感じたアネーシャは、顔を火照らせたまま感謝している。
───嬉しいな。シドとこんな風に過ごせるなんて。それにシドも嬉しそうでよかったわ。前は、ずっと辛そうに……
その時、アネーシャの脳裏に一瞬よぎった。
シドが必死の形相で全身から沸き立つ憎しみを振り払うかのように修行している姿が。
その光景に、アネーシャは瞬間的に違和感を感じた。
───えっ、何? なんなの今の記憶は?!
もちろんアネーシャは気付いていないが、ここはクリザリッドの技により堕とされている夢の世界。
本来、術にかかっている者はこの世界に違和感すら感じない。
悪夢と違い、この世界はその人が本当に行きたい世界その物だから。
けれど、精神力の強いアネーシャは一瞬ではあるが思い出してしまったのだ。
なので、アネーシャはその想いを反芻している。
───今の光景を、私は知ってる……?
すると突然頭がズキンっと傷み、アネーシャは思わず片手で額を押さえて顔をしかめた。
そして、それと同時にアネーシャの脳裏に走る。
先ほどと同じ見知らぬ映像が、まるで走馬灯のように。
『ハアアアアアアアアッ……! 最高の美しさに焼かれなさい!! 『ディケオ・フレアニクスーーーーーーーーーーーーーーーーーー』!!!』
『うらああああああああっ! 消し飛びやがれクリザリッド!! 『アルティメット・クリーシス・アックスーーーーーーーーーーーーー』!!!』
『ぐうっ! 舐めるな小僧ども!! 『ダークネス・ヴァロンディーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』!!!』
───な、なんなのよこれ?!
アネーシャはこれが何なのか分からない。
思い出さないといけない事だとは、直感的に分かっている。
ただ同時に、思い出したくないという矛盾した想いに襲われてしまうのだ。
「うっ……ううっ……!」
片手で額を押さえたまま苦しさと共に声を漏らしドシャッ! と、片膝をつくとシドが血相を変えた。
「どうしたアネーシャ!」
シドはサッとしゃがみ、心配な表情をいっぱいに浮かべた顔でアネーシャを覗き込んでいる。
アネーシャの事が心から心配なのだろう。
もちろんアネーシャも、シドに心配はかけたくない。
けれど、この痛みでは無理だ。
痛みが治まるまで、こうしているしかない。
しばらくして頭の痛みと映像が消えたアネーシャは、シドの方をスッと見上げた。
「シド……」
「大丈夫かアネーシャ!」
「う、うん。なんか急に……」
知らない映像が見えたと言いかけたアネーシャだが、そこで言葉を止め咄嗟に変えた。
知らない記憶が見えたなんて言えば、シドは心配するに決まっている。
シドに余計な心配をかけたくない。
「立ち眩みしちゃって。貧血かも……」
アネーシャが軽く顔をしかめながら答えると、シドは心配しつつも納得した。
「そっか……きっと、いつも頑張りすぎてるからだよ」
「ううん、そんな事無いわ。シドの方がよっぽど頑張ってるハズだし」
「いや、キミは自分の事だけじゃなく、ライトやマーヤの面倒もみてるし……そうだっ」
シドはパッと思いつき立ち上がると、嬉しそうな顔でアネーシャにサッと片手を差し伸べた。
背中から射し込む光が、後光のように煌めいている。
「アネーシャ、この週末は俺が二人の面倒みるよ」
「えっ?」
少しキョトンとした顔でシドの手を取り立ち上がったアネーシャに、シドはニコッと微笑んだ。
決して無理をしている訳ではない。
シドは本心からそう思っている。
「今日と明日は俺がライトとマーヤの面倒みるから、アネーシャはゆっくり休んでくれ」
「そんな……大丈夫よシド。気持ちは嬉しいけど、貴方も忙しいでしょ」
アネーシャはすまなそうに軽く瞳を伏せた。
シドが宮廷音楽家として認められてから、キースと一緒に頑張っているのを知ってるからだ。
けれど、シドはそんな苦労はおくびにも出さない。
「平気だよ。キミを助けずにピアノなんて弾けないさ」
「シド……! ありがとう。でも大丈夫。あの二人元気いっぱいで大変だから」
「う~~ん、あっ、じゃあキースにも手伝ってもらうよ」
「ええっ? そんな、悪いわよ」
思わず目を丸くしたアネーシャに、シドはニコッと笑みを浮かべ大丈夫だと言い切ると、サッと手を上げて馬車を止めた。
そして、アネーシャにお金を渡して微笑んだ。
「はい、まずはこれで家まで帰ってくれ」
「いいわよシド、こんなの」
「いいから。本当は俺が送っていきたいけど、今からキースに話しに行くからさ」
「だけど……」
すまなそうに軽くうつむくと、シドは愛の溢れる立ち姿でアネーシャの手をギュッと握った。
「無事に帰ってゆっくりしてくれ。俺は、キミの事が大切なんだ」
シドの手から強さと優しさ、何より、アネーシャを大切に思う気持ちが溢れる程伝わってくる。
「……分かった。ありがとうシド」
「こちらこそだよ、アネーシャ」
シドはそう言って、馬車の進む方とは反対に歩き出してゆく。
そしてクルッと振り向き、アネーシャに笑顔で大きく手を振った。
それを受けたアネーシャも馬車に乗る前に、軽く顔を火照らせながら片手を軽く振る。
シドとは違い派手な手振りではない。
少し恥ずかしがりやな所のあるアネーシャにとっては、これが精一杯だったからだ。
けどもちろん気持ちは凄く嬉しくて、アネーシャの胸はトクンと波打っている。
───ありがとうシド。貴方がいてくれて、本当に嬉しい。愛してるわ。
アネーシャはシドの背中を見つめながら心にその気持ちを染みわたらせると、馬車にスッと乗り込み家に向かった。
大切なライトとマーヤが家で待っている。
その帰路の中で先程の映像の件が一瞬頭をよぎったが、アネーシャは瞳を閉じて軽く頭を振った。
まるで、さっき頭に浮かんだ想いごと振り払いたい。
そんな顔をして、馬車の中で切なく俯いている。
───いいの、アレが何だったかなんて。私はシドとみんなと一緒にいれて幸せなんだから……
今この上なく幸せなハズだ。
けれど、さっきの映像を思い出すと言いようのない不安が襲ってくる。
なのでアネーシャは、さっきのを敢えて気のせいだと思い込んだ。
───気のせいよ。もう、考えなくていいの……
だがアネーシャの幸せは、馬車の進む音と共に悲しい終わりを迎えようとしていた……




