ep:60 時を超えた切ない邂逅
「アルカナート……♪」
自分を呼ぶ優しい声に、アルカナートはハッと目を開いた。
すると、街の中でナターシャの優しく微笑む顔が見瞳に映る。
「ナターシャ、ここは……」
アルカナートがキョトンとした顔で見つめると、ナターシャもキョトンとした顔を浮かべてクスッ♪ と微笑んだ。
「もうっ、何言ってるのよ♪ アルカナートが連れてきてくれたんじゃない」
「俺が……?」
アルカナートは謎めいた顔を浮かべながら、ナターシャと並んで晴れた街中を歩いている。
そして思い出した。
今日はナターシャを連れ、スマート・ミレニアムのプラチナエリアでデートしていた事を。
王都の中心地のプラチナエリアだけあり、周りには高級店や娯楽施設がたくさんある。
またこの頃のアルカナートの年齢は、今のノーティスよりちょっと上ぐらい。
ナターシャも同じなので、若い二人がデートするにはいい場所だ。
───そーいや、そうだったな。今日はナターシャと約束してたか。けど、なんだこの感覚は……
アルカナートは微かに違和感を感じていた。
けれど無理もない。
ここは創り出された世界だからだ。
クルフォスによって創り出された優しい世界。
そして同時に、意識を封じ込める世界でもある。
ここが創り出された世界であるという真実に、アルカナートは気付けない。
違和感は感じるものの、現実世界を生きている感覚だ。
そんなアルカナートの側で、ナターシャはバアァァァッと笑みを浮かべた。
「あっ、アルカナート! ねえ、見てアレっ!」
ナターシャが目を輝かせて見ているのは、小さな雑貨屋さんだ。
高級店の立ち並ぶ中で、ちょっとボロいお店。
けれどナターシャは嬉しそうな笑顔でお店にタタッと入ると、棚にあったぬいぐるみを両手でアルカナートに向けて見せてきた。
「じゃーんっ♪ ねぇっ、これ可愛いっ♪」
ピンク色のウサギのぬいぐるみだ。
耳と手足がみょ〜んと長く、目とおヒゲは青色。
ちょっと宇宙人ぽい。
「この子『コテバニ』って言うんだって♪ このなんとも言えない表情カワイイっ♪」
ナターシャはそれをアルカナートに見せたまま、嬉しそうに笑み浮かべている。
そんなナターシャをアルカナートは愛しい眼差しで見つめながらも、相変わらず不愛想にため息を吐いた。
アルカナートらしい照れ隠しに他ならない。
こうでもしないと、ナターシャに思いっきり甘い顔をしてしまいそうだから。
「ったく、そんな色のウサギはいねーーよ。新種のモンスターかなんかか」
「もうっ、分からないかな~~このコテバニの可愛さが♪」
膨れてるナターシャも可愛いが、アルカナートは冷静な態度を崩さない。
「ハァッ……俺が分かったら気持ち悪ぃだろ」
「アハッ♪ 確かにそうね。じゃあ次は……あっ、あの雪だるま可愛いっ♪」
そんな調子でアルカナートはナターシャと一緒にデートを楽しんだ。
気づくともう日が暮れかけてきている。
出会ったのは日中だったのに、楽しい時間はあっという間だ。
夕日が二人を照らす中、ナターシャはスッと前に出てアルカナートに振り返った。
「アルカナート、今日はありがとう♪」
「別に、俺もお前とブラブラして悪くはなかったぜ。コテバニにも会えたしよ」
「うん、よかった……♪」
ナターシャはコテバニを片手に持ったまま微笑んだが、その微笑みには切ない影が差している。
それは夕日の作る陰ではなく、ナターシャの心が作る物。
それを感じたアルカナートは、艶のある瞳でナターシャをジッと見つめた。
「どうした、何か不満か」
「ううん……すっごく楽しかったわ♪ でも……」
ナターシャはスッと横顔を向け、寂しそうに軽くうつむいた。
全身から切なさが溢れている。
「もう、アルカナートとお別れしなきゃ。永遠に……」
「なんだと?!」
アルカナートが驚いた顔で身を乗り出した瞬間、それまでの景色が一瞬にして消え、二人しかいない真っ黒な空間に変わった。
その空間の中で、アルカナートとナターシャの姿だけが白くぼんやりと輝いている。
「なっ?! こ、これは……! どういう事だナターシャ!」
アルカナートは、あまりにも突然の出来事に困惑した。
まだ、創り出された世界だとは気付いていないのだから当然だろう。
謎めいた顔で辺りを見渡している。
その姿を見つめたまま、ナターシャは切なく微笑んだ。
「ごめんね、アルカナート……最後にどうしても、貴方ともう一度デートしたかったの」
「何を言ってんだナターシャ、どういう……」
そこまで言った時、ナターシャはアルカナートの魔力クリスタルに向かい片手を翳した。
ナターシャの手の平からキラキラとした金色とプラチナ入り混じった魔力が注がれてゆく。
これはナターシャの魔力ではない。
ノーティスの魔力だ。
遂に魔力共振を起こし、それを心の中のナターシャがアルカナートに注いでいる。
それと同時に、アルカナートの魔力クリスタルが輝き出した。
アルカナートの意志とは無関係に、光輝いている。
「こ、これは……!」
そう声を上げた時、アルカナートの頭がズキンッ! と、激しく痛んだ。
まるで、突然鈍器で強く殴られたかのような痛みが頭を駆け巡る。
「くっ! なんなんだよ一体……! うぐっ……!」
アルカナートは思わず片手で額を押さえ、激痛に顔をしかめてうつむいた。
激痛と共に記憶の波が、一気に流れ込んできたからだ。
「俺は……!」
激痛と共に顔をしかめているアルカナートの脳裏に、走馬灯のように駆け巡ってゆく。
ノーティスと同じく無色のクリスタルを持つ故に人々から迫害され、復讐者となってしまった『シルフィード』という忘れられない敵や、シドの父親である『サガ』と交わした激闘の記憶。
そして、クリザリッドと対決してる間にクルフォスに禁忌の術をかけられるまでの事が。
───クリザリッド……クルフォス! アイツらふざけやがって……!!
もちろん、一番忘れられない記憶。
自分を反逆者にしない為に、自らアルカナートの剣を胸に突き刺したナターシャの最後の光景もだ。
その記憶の洪水が止まると共に頭痛も止んだアルカナートは、スッと顔を上げナターシャを見つめた。
「くっ……ナターシャ、俺は……!」
全てを悟ったアルカナートの瞳は、哀しい光に揺れている。
その瞳で見つめられたナターシャは、切なくニコッと微笑んだ。
「いいのよアルカナート。それよりも見て……!」
ナターシャが斜め上の方を指差すと、そこにサッと映し出された。
それは、アルカナートが皆と戦い始めた時から今までの映像だ。
「チッ、なんだよこれ……! ふざけんなっ……!!」
アルカナートは、怒りにギリッと顔をしかめた。
それは、アルカナートにとって目を覆いたくなるような物だったからだ。
普段はぶっきらぼうな態度を取っているが、アルカナートにとってノーティス達はかけがえのない大切な弟子達。
それを、自分が傷付けているなんて耐えられない。
「けど、俺が覚醒めるには……くそっ!」
アルカナートはギリッと歯を食いしばった。
この世界から出て覚醒める為には、ナターシャをここで殺さなければいけない。
それを理解しているからだ。
何よりそれは同時に、心の中でも二度とナターシャの事を思い出せなくなってしまう事も分かっている。
「ふざけんなよ……! 出来る訳ねぇだろナターシャ……お前を殺すなんてよ! あんな想いはもう、たくさんだ……!」
アルカナートはギュッと拳を握りしめた。
全身が怒りと悔しさでブルブルと震えている。
ナターシャは、そんなアルカナートを優しく見つめたまま切なく微笑んだ。
「いいの、私は貴方の心の中の幻影なんだから」
「違う! お前はお前その物だ! 俺は、お前から託された想いでここまできたんだ……!」
アルカナートはナターシャを強く見つめている。
もちろん、確かに頭では理解しているのだ。
目の前のナターシャが心の幻影であり、本当のナターシャはもういない事を。
けれど、目の前にいるナターシャは本物としか思えない。
「斬れねぇよ……お前にもう会えなくなるなんて、そんな事はありえねぇ!」
「でもアルカナート、見たでしょう。貴方の大切なみんなが苦しんでる姿を」
「くっ……」
「それに、みんな待ってるわ。私より……今を生きて戦ってるみんなを大事にしてあげて」
そう告げて切なくうつむくと、ナターシャは黒い空間にパッとテーブルを現した。
上には紅茶のティーポットと二つのカップが置かれていて、それらも白くぼんやりと輝いている。
ナターシャはそのテーブルの上にコテバニをそっと置くと、カップの中に紅茶の葉を入れてお湯を注いだ。
お湯に紅茶の葉がゆっくりと染みてゆく。
その紅茶からゆっくり湯気の立つ隣で、ナターシャはアルカナートを見つめて優しく笑みを浮かべた。
「アルカナート……最後に、もう一度一緒に飲みましょ♪」
「ナターシャ……」
「あれからずっと、飲ませてあげられなかったもんね。私が淹れた『コスモティー』」
「あぁ……」
懐かしい薫りがアルカナートに漂ってくる。
甘く切なく優しい薫り。
───この薫りは忘れもしねぇ……ナターシャ、お前のコスモティーだ。
ナターシャが死んでから、セイラは頑張ってアルカナートに紅茶を作ってくれていた。
大好きなアルカナートに、少しでも元気になってもらいたいからだ。
ただ、残念ながらナターシャの味とは違う。
もちろんアルカナートは、そんな事を表立ってセイラには告げていない。
セイラが自分を想う気持ちを、充分に分かっているからだ。
けれど、アルカナートがずっと飲みたかった大切な紅茶が……ナターシャの淹れてくれたコスモティーがそこにある。
───セイラ、すまない。いつもありがとうな。けど、今だけは飲ませてもらうぜ。ナターシャの淹れたコスモティーをよ……
アルカナートがそう思う中、紅茶の薫りに乗った、ナターシャの切ない気持ちが伝わってくる。
これは、二人で飲める最後のコスモティーであり、ナターシャの愛そのもの。
アルカナートは一瞬瞳を軽く閉じナターシャの気持ちを心に沁み渡らすと、カップの持ち手をそっとつまんだ。
そして、アルカナートに切なく微笑んでいる、心から愛しいナターシャをジッと見つめた。
その瞳が切ない光に揺らめく。
「ナターシャ……」
「アルカナート……」
互いにコスモティーを持ったまま、二人の愛に満ちた眼差しが交叉する。
遥かなる時を超えた、あまりにも切ない想いと残酷な運命と共に……




