ep:49 溶け合う二人と『女神の記憶』
「ノ、ノーティス様。今、なんと……?!」
スマート・ミレニアムに戻りしばらく経った頃……
自宅で椅子に座りノーティスと一緒に紅茶飲んでたルミは、思わず固まってしまった。
ノーティスの口から、あまりに衝撃的な事を言われてしまったからだ。
けれど、ノーティスは静かに紅茶をすすっている。
そして、カップをソーサーの上に静かに置くとルミを静かに見つめた。
「もし聞き入れられなければ、そうするしかない……」
「そんなっ……!」
「さっき言った通りさ。この国の魔力は元々俺達の物じゃない」
「でも、そんな事をしたら今暮らしてる人達はどうするんですかっ?!」
ルミは必死な顔で身を乗り出したが、ノーティスの表情は変わらない。
きっと決意が固まっているのだろう。
落ち着き澄んだ瞳でルミを見つめている。
「さっき言った通り、共有すればいい。ユグドラシルの魔力は無尽蔵にある」
「ですが……」
ルミは震えていた。
ノーティスが言ってる事はスケールが大きい話だが、決して不可能ではない。
でも、その為の方法が大きな問題なのだ。
ルミは両手をタンッとテーブルに突き、身を乗り出した。
「危険すぎます! その為に……『国家反逆者』になるなんてっ!!」
ノーティスを見つめたまま、ルミは涙を浮かべている。
誰よりも愛するノーティスが、国家反逆者となり処刑されてしまうかもしれない。
ルミは、それが悲しくて仕方がないのだ。
───ノーティス様のお気持ちは立派ですし、分かります。でもっ……!
そんな中、ノーティスは椅子からゆっくり立ち上がって窓辺へ行き、ルミの隣で夜空を見上げた。
夜空には煌めく星々と共に満月が優しく光っている。
「見ていたかもしれないんだ」
「えっ……?」
「シドも、この星空と満月を。こうやって、自分の大切な人と一緒に」
「ノーティス様……」
ルミは、可愛い瞳に涙を浮かべたままノーティスを見つめた。
窓辺に両手を突き夜空を見上げている、儚く優しいノーティスの横顔を。
その時、月にスッと雲がかかった。
「けど、もうシドは見る事が出来ないんだ……」
ノーティスはそう零しながら、同時に想いを巡らせている。
シドを想う大切な人達の気持を。
「それに、シドを大切に想っている人は……シドを愛している人はどんな気持ちか……!」
窓辺の縁をノーティスはギュッと握った。
全身から、悲しくやるせない気持ちが溢れている。
「もちろん、相手がただの侵略者なら話は別だ。けど、シドはそうじゃなかった……!」
その姿をルミは哀しく見つめている。
ノーティスから溢れ出てくる想いが、胸に沁みてかてしまうからだ。
また、ルミは同時に分かってしまう。
こうなった以上、ノーティスを止める事は誰にも出来ない。
「ノーティス様は、本当に不器用な方ですね」
「ん?」
「皆様はそんな事お考えになりません。どうやったら相手に勝てるか、強くなれるかは考えたとしても……」
ノーティスは一瞬瞳を閉じで微笑んだ。
「フッ、そうなのかもしれないな。けど、これが俺の性分だ」
「はい……分かっています。私は、ノーティス様の執事ですから。でも……」
ルミはノーティスにサッと抱きついた。
ノーティスの体に、ルミの柔らかな胸から心臓がバクバクしてるのが伝わってくる。
「ルミ……!」
「私はノーティス様を愛していますっ……! だから、死んでほしくありませんっ!!」
ルミは涙を浮かべてノーティスを見上げた。
瞳からこぼれ落ちていく涙が頬を伝わってゆく。
「ううううっ……! 私は、ノーティス様とこれからもずっと……何度も一緒に、お星様やお月様を見たいんですっ……!」
ノーティスは、そんなルミを切なく優しい瞳で見つめると、片手でルミの涙をスッと拭った。
瞳に宿る光は愛で揺らめいている。
「ルミ、ありがとう。先に言わしちゃってごめんな。俺も、ルミを愛してるよ」
「ううっ……ノーティス様っ!」
ルミはノーティスの胸の中で涙に濡れている。
涙が溢れて止まらない。
もちろん、ノーティスもルミと一緒にいたいのは同じだ。
「けど、俺は勇者としてやらなきゃいけない。この国の闇を暴きシドの無念を晴らす事を……!」
「分かってます! 分かってますよノーティスの性格は……! でも……」
そこまで言った時、ノーティスはルミを抱きしめてキスをした。
窓から差し込む月明かりとそよぐ風が、二人を静かに祝福し、刹那の時の中に永遠を垣間見せる。
二人でその永遠の先に進むと、ノーティスはルミからそっと唇を離し再び抱きしめ瞳を閉じた。
「ルミ、一緒に今を生きよう。愛してる」
「私も愛しています。ノーティス様……!」
二人はそのまま溶け合った。
星と月明かりが照らす中、互いにずっと心に秘めてた想いを溢れさせながら。
◆◆◆
「今、何と言った……エデン・ノーティスよ」
翌日、ノーティスはレイ達と一緒に教皇の間で跪き、教皇を見上げていた。
ちなみに、ルミは王宮魔導士の控室にいる。
それが最大の譲歩だったからだ。
そして今、ノーティスは教皇『クルフォス』から、睨みつけられている。
装飾の施された兜型の仮面の奥から覗かせる、冷酷な眼差しは恐ろしい。
だが、ノーティスは怯まず真っすぐクルフォスを見据えていた。
「ユグドラシルの魔力を、トゥーラ・レヴォルトと共有してほしいと申したのです」
「フンッ……何故にそのような事を言うのだ」
「恐れながら教皇、その理由は貴方が一番よくご存知のハズ」
ノーティスの瞳が精悍な光を放つ。
だか、クルフォスは動じない。
厳粛な態度でノーティスを見下ろしたままだ。
「分からぬなノーティス。気でも触れたか」
「気は触れておりません。少なくとも、真実を隠蔽し続ける貴方ほどは……!」
ノーティスは静かに、だがハッキリと言い放った。
これは明らかな宣戦布告。
それを受けたクルフォスは、瞳をギラリと光らせた。
「キサマ……! 誰に、何を言ってるのか分かっているのか」
「はい。貴方だからこそ申してるのです。この国の全てを知る教皇……クルフォス、貴方だからこそ!」
ノーティスとクルフォスの眼差しが、宙でバチバチと熱くぶつかり合っている。
両者は互いに一歩も退かない。
「教皇……!」
「ノーティス……!」
その中で、レイ達は心臓をバクバクさせながらうつむいている。
こうなる事を分かっていたからだ。
もちろんこれを聞かされた時、皆ノーティスに反対した。
けれど、ノーティスは譲らなかったのだ。
『ごめん。もちろん、みんなを巻き込む気はないよ。俺一人で行く』
そこからノーティスと皆は、戦いになりそうなぐらい揉めた。
だが、結局みんなここに来ている。
誰もノーティスを止める事は出来なかった。
固い決意を崩せなかったのはもちろんの事、ノーティスから決定的な証拠となる物を見せられたからだ。
もちろん、かといって一人で行かせる訳にはいかない。
なので、みんな決死の覚悟でここにいる。
そんな皆を、クルフォスはギロリと睨みつけた。
「ロウ、レイ、アンリ、ジーク、メティア……お前達も同じか。エデン・ノーティスと……!」
まるで闇の深淵から響いてくるような声が、皆の心に響いてくる。
だがここまで来た以上、ここで屈する訳にはいかない。
「恐れながら教皇、私も彼と……ノーティスと同じでございます」
「同じです。私の美しさに賭けて……!」
「ニャハッ♪ 私も同じですニャ」
「俺も、同じです。じゃなきゃ、ここには来てねえっ……!」
「ボ、ボクも同じですっ……!」
恐れを宿しながらもハッキリと告げてきたロウ達を、クルフォスはジッと見据えた。
闇の深淵から覗き込むかのような眼差しが、黒く光る。
「そうか……」
教皇は皆をジッと見下ろしている。
まるで、皆の心の奥を覗き込むような眼差しだ。
恐ろしい魔力を皆にヒシヒシと感じさせる。
たがノーティスはそれに屈する事なく、クルフォスをより強く見据えた。
「教皇……ユグドラシルが元々彼らの物である以上、国中で信じられている『感染神話』も嘘になる」
「なんだと……」
「かつて呪いを使ってこの国を襲った悪魔『アーロス』を『五英傑』が撃退したとされている。魔力クリスタルの力を使って……」
「その通りだ。エデン・ノーティスよ。キサマはそれを疑うのか?」
クルフォスからの問い。
これにどう答えるかで、全てが決まる。
この感染神話こそ、魔力クリスタルの創造の根幹。
また、この国が正義である事の土台だからだ。
今までこれに異を唱えた人間などいない。
けれど、ノーティスはそれを越えてゆく。
「あぁそうさ。本当は違うから。俺達スマート・ミレニアムの人間達が、元々ここに住んでた彼らを追い出したんだ。魔力クリスタルを使って……!」
「キ、キサマっ……!」
クルフォスの顔に、僅かだが焦りが浮かんだ。
───なぜ奴がそれをっ……! いや、だがしかし……
冷静さを取り戻したクルフォスは、再びノーティスを冷酷な眼差しで見下ろした。
「愚かな……ただの推測にしか過ぎぬ。いや、妄想だ。やはり気が触れたようだな」
クルフォスは蔑む眼差しでノーティスを見下ろしている。
だが次の瞬間、クルフォスはハッと大きく目を見開いた。
「そ、それはまさかっ!」
クルフォスは法衣を軽く揺らしてたじろいだ。
ノーティスが片手の平の上に持っている水晶の玉を、目を見開いて見つめながら。
その姿を見据えたまま、ノーティスはニヤリと浮かべた。
まるで、アルカナートのような不敵な笑みを。
「そうさクルフォス。証拠ならここにある。全てを映し出す『女神の記憶』が……!」
「なっ?! ノ、ノーティス! キサマなぜそれをっ!!」
クルフォスは目を疑った。
ノーティスが片手の平の上に持っている水晶こそ、クルフォスがずっと探し求めていた物だったからだ。
この手で破壊して、真実を闇に葬る為に他ならない。
もちろん、クルフォスはこの水晶を見るのは初めてだ。
だが、存在は知っていた。
いや、強大な魔力を持つ闇の存在から知らされていたという方が正しい。
そんなクルフォスにノーティスは、ズイッと迫る。
「クルフォス、貴方なら分かっているハズだ。これがどういう物で、どこにあったのかを……!」
「うぐっ……! ま、まさか入れたというのか! あの開かずの古代遺跡『ティコ・バローズ』に!」
クルフォスが叫ぶように答えると、ノーティスはニッと笑みを浮かべた。
「さすが教皇、ご名答。その通りだよ」
不敵な笑みを浮かべるノーティスを前に、クルフォスは額からツーっと汗を流しながら驚愕している。
「バカなっ! あの古代遺跡の扉は、開ける事も破壊する事も不可能なハズっ!」
今、クルフォスの言った通り、この古代遺跡は今まで冒険者はもちろん、これまで数多の王宮魔導士が挑んだがかすり傷一つ付かなかった。
まるで、そこだけ時が動いていないとまで言われている代物だ。
「なのにどうやって……!」
クルフォスは謎めいた顔に恐れを浮かべ、身体を退いてノーティスを見つめている。
誰も開けれなかった古代遺跡の扉を、どうやって開いたのかが分からないのだ。
「どうやって? 教皇、重要なのはそこじゃない。ここに全てが記憶されてるという事さ。そうだろう……『悪魔王』達から魂と引き換えに、永遠の命を得た教皇……クルフォスっ!」
ノーティスはバッと立ち上がりクルフォスを強く見据えた。
クルフォスは玉座の横に立ち、顔に恐れを浮かべて見下ろしている。
「ううっ……!」
そんなクルフォスを見据えたまま、ノーティスはザッと前に踏みだした。
澄んだ瞳に宿る光がキラリと光る。
「さあ、どうするクルフォス。全てを認めトゥーラ・レヴォルトと共生するか、その座を降りるのか……ここで選べっ!!」




