ep:39 シドが告げる心をえぐる真実
「シド?!」
ノーティスは謎めいた顔でシドを見つめている。
なぜ突然シドが笑い始めたのか分からないからだ。
その謎めいた笑い声が周りに響く中、ノーティスはそっと身を乗り出した。
「な、なにがそんなにオカシイんだ……」
打ち合っていた時とは全く違う、異質なオーラを感じてしまう。
シドの笑い声は、ノーティスをただ蔑んでくるだけではない。
傲慢や侮蔑ではなく、切なる怒りが込められている気がするのだ。
「くっ、なぜ……」
ノーティスは困惑しながら顔をしかめた。
するとシドは嗤うのを止め、ノーティスをキッ! と、強く睨んだ。
「ふざけるなっ!!」
「なっ?! シド……!」
その眼光にノーティスが思わず一瞬たじろぐと、シドはその場で剣を横にビュッと振った。
ブルブルと細かく震える全身からは、激しい怒りが立ち昇っている。
「守る? 守るだと? ノーティス……貴様らはこの俺達から……どれだけのモノを奪ったと思っている!!」
「ど、どういう事だシド!」
困惑しているノーティスを、シドは無言のままジッと見つめた。
心の奥底を見抜くような鋭い眼差しが、切ない怒りでギラリと光る。
そして、諦めたような溜め息を漏らすとノーティスを再び睨みつけた。
「やはり『偽りの光』と『嘘の歴史』にまみれた国の者には、何も見えていないようだな」
「偽りの光と嘘の歴史……シド、さっきから言ってるそれは一体なんの事なんだ?!」
ノーティスは謎めきながらも、真摯な眼差しでシドを見つめている。
実際、さっきシドに言われてからずっと引っかかっているのだ。
偽りの光ら嘘の歴史という言葉。
まるで正しいのはシド達で、間違ってるのはお前達の方なんだと言ってるように感じてしまう。
「シド、俺はキミ達が侵略し奪おうとしてくるから戦っているんだ。俺達の国と、みんなを守る為に! けど、キミの言い分はまるで……」
その先の言葉を言うのをノーティスは躊躇っている。
言ってしまうのが恐い。
まるで、これまで信じてきたもの全てを、自ら否定してしまうような気がするからだ。
───まさか、シドが俺に告げようとしている事は……!
また逆に、シドはその様子をジッと見つめながら感じていた。
───コイツは違うのか……少なくともコイツからはまるで感じない。強さはとてつもないが、俺達を蹂躙してきたスマート・ミレニアム軍が持つ残虐さは、一欠片も……
幼い頃に父親を殺されていたシドは、父親の最後の戦いを目の当たりにしていた。
その時からハッキリ覚えているのだ。
スマート・ミレニアム軍が、どれだけ汚い手を使って父親を罠に嵌めていたのかを。
けれど、そういった汚さも、ノーティスからは全く感じられない。
───何よりコイツは理解しようとしている。本来、倒すべきハズである俺の事を……!
心の中で葛藤するシドは、ノーティスを見つめたまま零すように口を開く。
「お前達の国の中心にそびえ立つ神聖樹『ユグドラシル』は知っているな」
「もちろんだよ。あの無尽蔵の魔力があるからこそ、俺達の国は成り立ってるんだ。なのにキミ達はそれを奪おうと……」
そこまで言った時、ノーティスは思わずハッと言葉を止めた。
一瞬時が止まるような言葉が、シドから零れ落ちたからだ。
「シド……キ、キミは今なんて?!」
「聞こえなかったのか。ユグドラシルは元々は俺達の物だった。そう言ったんだ」
「バ、バカなっ……!!」
震えるノーティスを、シドは鋭く精悍な瞳でジッと見据えている。
「昔はみんなユグドラシルからの魔力によって平和に暮らしてたのさ。けど、それを奪ったんだ……お前らスマート・ミレニアムの連中が、俺達を虐殺してな!!」
「そ、そんなっ……! だったらシド、キミ達は侵略じゃなくそれを取り戻そうとして今まで……!」
「そうだ。俺達は侵略などしようとはしていない」
「うっ……ああっ……」
ノーティスは震えてそれ以上、言葉が出て来ない。
ただの妄言だと一蹴できないのだ。
シドの鋭く精悍な瞳に見据えられたノーティス自身の心が、ハッキリと感じている。
この話が紛れもなく真実である事を。
「だとしたら……だとしたら俺達は、一体今まで何の為に……何の為に戦ってきたんだっ!!」
ノーティスはガクッとその場に跪き、片手で地面を殴りつけた。
激しい怒りと悔しさを、強く握りしめた拳が土にまみれてゆく。
その姿を、シドは精悍な瞳に哀れみの光を宿してジッと見下ろしている。
───ノーティス、辛いだろう……お前は勇者であると同時に純粋すぎる。けれど、これが真実だ。
あまりに衝撃な真実を知ってしまい、ノーティスは激しく打ちひしがれている。
悔しさとやるせなさに、震えが止まらない。
その姿を見たレイは、ハッと目を見開いてノーティスの方へ駆け出した。
「ノーティス! しっかりなさい!」
また、他の負傷兵達の回復に向かっているメティアを除き、ジークとアンリもそれに続く。
「そうだぜノーティス! 敵の戯言なんざ、間に受けてんじゃねえっ!」
「う~~~む、マズいニャ……」
アンリは唸りながら思い出していた。
それは昔、ノーティスがギルド検定試験を受けている時にロウと話したあの日の事だ。
───ロウよ、残念じゃが、やはりお主と私の思ってた事は正しかったようだニャ。故にマズい。これが正しいのなら、教皇は全てを知っておるという事だからの……!
アンリは背筋に悪寒を感じたまま走っていたが、ジークの背中にドンッとぶつかってしまった。
前を走るジークが、突然ピタッと足を止めたからだ。
「ニャニャッ、これジークよ! 急に止まるでない」
「すまねぇなアンリ。ここは俺様に任せて、レイと先に行っててくれ」
「むむむっ?」
ジークの大きい背中からひょこっと顔を覗かせると、アンリは驚き一瞬目を丸くした。
「ニャニャンとっ!」
アンリの瞳に幻獣『フェンリル』の姿が飛び込んできたからだ。
フェンリルは高さが三メートル程あり、全身銀色の体毛に覆われている。
また、ギラリと光らせている鋭い牙と爪からは、全てのものを引き裂く強さを感じさせられてしまう。
まさに、幻獣の名に恥じない立ち姿だ。
そんなフェンリルは、鋭い牙の横からグルルルルルルルッ……! と、唸り声を漏らし、鋭い眼差しでレイとジークを上から見下ろしている。
「コイツは大きいのぉ。私のペットに欲しいぐらいニャ♪ じゃが……」
アンリは魔導の杖をかざし、フェンリルの下にフューシャピンク色の魔法陣を創り出した。
フェンリルの下からフューシャピンク色の光がサアアアッ……と、立ち昇る。
「ちょっとどいててもらうニャ♪」
ニヤッと笑みを浮かべアンリは転送魔法を発動させた。
まともに相手していては、ノーティスの下へ行けないからだ。
しかし、相手は幻獣フェンリル。
そう簡単にはいかない。
アンリが魔法を発動させた瞬間、フェンリルはサッと横に飛び退いた。
「ニャニャッ! デカいくせに、すばしっこい奴じゃのう。でもまぁそういう奴は……割と好きニャ♪」
失敗しても余裕を崩さないアンリに、ジークは軽くしかめっ面を向けた。
「ったくアンリ、お気楽にしてる場合じゃねぇぜ」
「そうだのう~~~」
「まっ、でも取りあえずコイツは俺に任せな。獣の相手は獣って、相場が決まってんだからよ……!」
フェンリルを見上げながら力強く笑みを浮かべると、ジークは隣にいるレイにチラッと流し目を送って軽く微笑んだ。
「レイ、お前さんも一緒だ。この獣は俺が引きつけとくから、さっさとノーティスのとこに行ってくれ」
「ジーク……! でも、アナタ一人で大丈夫なの?」
「へっ、任せとけ。お前さんはあん時みてぇに喝入れて、ノーティスの目を醒まさせてやってくれ。ノーティスは、お前さんの運命の相手なんだろ」
ジャキッとハルバードを構えているジークからは、レイとアンリを命を張って守り、ノーティスの事を想う男気に溢れている。
レイはその横顔をジッと見つめると、ジークの頬にチュッとキスをした。
「お、おいレイっ! な、なにしやがんだいきなりっ!」
ジークは顔を真っ赤に火照らせてレイの事を、あたふたしながら見つめている。
大好きなレイからキスされたのだから仕方ない。
そんなジークを、レイは華美で凛とした瞳で見つめた。
「ねぇジーク、続きしたい?」
「あっ? えっ、な、なにを言ってやがんだ。こんな時に」
「あら、したくないの?」
「いや、まあそりゃ……したいけどよ」
真っ赤な顔で、もじもじしているジーク。
レイはそれを見つめたまま妖しく微笑んだ。
「フフッ♪ じゃあ、必ず無事に帰ってきてね」
「あっ、ああそういう……っしゃあっ! 任せろやっ!!」
ジークは有り余る気合と滾らせ再びフェンリルに向き合うと、ニッと力強い笑みを浮かべた。
───へっ、正直今さっき向き合った時よか全然怖くねぇぜ。
レイからされたキスのお陰で、ジークの脳内にはドーパミンが溢れまくっている。
なので、強大なフェンリルを前にしても恐怖心など微塵も感じていないのだ。
単純だが、男とはこういう物だろう。
「オラオラっ! さっさとかかってこいやっ! 唸ってるだけじゃ俺は倒せねぇんだよ、バ~~~~カ」
フェンリルの目を見ながら、ジークは片手で中指をビシッと突き立てた。
誰が見ても分かるような、心から相手を舐め腐った顔を浮かべている。
元々知性の高いフェンリルはその侮辱に全身の毛を逆立て、グアアアアアッ!! と、ジークに飛びかかった。
その瞬間、ジークは大声で告げる。
「今だ! 先に行けレイ! アンリ!」
ジークがハルバードでフェンリルの牙をガシッと受け止める中、レイはタタッと駆け出した。
けれどアンリは動かず猫口のまま、う~~んと唸っている。
「どうしたアンリ?! 俺に構わずさっさと行きやがれっ」
「いやジークよ、気持ちはありがたいのじゃが……」
アンリはジークにスッと背を向け見つめた。
こちらを鋭い眼差しで見つめ、強烈な殺気を飛ばしてきている五人の戦士達を。




