ep:34 シドと彼女と咲かないサクラ
「今年も咲かないか……」
ここはスマート・ミレニアムの宿敵国である、トゥーラ・レヴォルト。
その国の少年『アルベルト・シド』はサラサラの前髪をそよ風に揺らしながら、窓辺から外を眺めていた。
幼かった頃に父親と母親と出かけた時の憧憬が、シドの心を緩やかに巡る。
───父さん、母さん……
哀しみと共にシドが目をスッと閉じた時、部屋のドアがコンコン……と、静かにノックされ、ガチャッと静かに開いた。
「シド、ここにいたのね」
ドアから入ってきたのは、シドと同じ年ぐらいの女の子だ。
彼女は漆黒で艶のある長い髪を軽く揺らしながら、美しく凛とした瞳でシドを見つめている。
「あぁ、やっぱり咲かないなと思って……」
彼女の方へ振り向き哀しくスッと横を向いたシドに、彼女は少し近寄った。
「咲かないって、シドがいつも言ってるあの花の事……?」
「あぁそうだよ……キミにも話した事がある『サクラ』っていう花さ!」
シドは今まで少し哀しくなっていたのが嘘みたいに、生き生きとした顔で彼女に語り出した。
昔、両親と一緒に一度だけ見に行った事のあるサクラの事を。
それを彼女は軽く微笑みながら聞いている。
「そんなに綺麗なんだ。そのサクラって」
「そうだよ。もちろん、ユグドラシルと……」
その言葉を言うと、シドは一瞬言葉を止めてフウッ……と、ため息を吐いた。
「俺達が取り戻さなきゃいけないユグドラシルは何よりも雄大で、常に神聖な力を宿してる。けど、サクラは違うんだ」
シドは再び嬉しそうに笑みを浮かべて続けてゆく。
「サクラはそこまで大きくないし、咲いてもすぐに散ってしまう。けど、柔らかく優しい色と儚げな美しさが、人の心を凄く幸せな気持ちにしてくれるんだ」
嬉しそうに語りながら、シドは思っていた。
───そう、まるでキミのように……!
それは彼女も同じだった。
───シド……そのサクラって花はシド、アナタみたいね……
同じ想いを持つ二人の眼差しが切なく交叉する。
それを数瞬続けると、シドはスッと哀しく瞳を伏せて拳をギュッと握りしめた。
「でも……そのサクラは殺されたんだ。スマート・ミレニアムの奴らにっ……!」
「殺された……? まさかっ!」
「そうさ。アイツらの新エネルギーのせいで……!」
「そ、そんな……」
「あぁ、アイツらはユグドラシルだけじゃないんだ。俺達の国が、昔から『心の花』と言ってたサクラまでも奪っていったんだ。俺の、父さんを殺して……!!」
「シド……!」
瞳に涙を滲ます彼女の前で、シドは話していった。
スマート・ミレニアムが、今までどれだけ自分達を蹂躙してきたのか。
また、それを食い止める為に戦い殺されたシドの父親『アルベルト・サガ』の事を。
そこから話を全て聞いた彼女は、シドの事を涙を浮かべたまま見つめていた。
シドとは幼い頃から一緒にいるが、サガの詳しい話は初めて聞いたからだ。
「シド……話してくれてありがとう」
「いいいだ。俺もキミは話しておきたかったから。サクラを殺した新エネルギーの真実と……俺の父さんが何を想って戦い、どう死んでいったのかを……」
全身から溢れ出ている哀しみが、彼女の心にジワッと伝わってくる。
彼女はそれに耐えきれず、シドの手をギュッと握った。
その手から切ない愛が溢れ出す。
「アナタのお父さんは、間違いなく偉大な勇者だったわ」
「ありがとう。だからこそ、俺は父さんの無念を晴らす為に、ここまで修行してきたんだ……!」
「知ってるわ。アナタがどれだけ頑張ってきたかを」
昔シドは明るくよく笑う男の子だった。
けれど、今は違う。
もちろん、あの頃よりも大人になったのもあるが、シドは昔ほど笑わなくなった。
父親を殺されてから、シドは憑りつかれたように修行に打ち込むようになったからだ。
変わっていくシドに哀しさを感じながらも、彼女はこれまでずっと近くで見守っていた。
「これまでごめん……」
「えっ?」
「キミが何度も心配して声をかけてくれたのに、俺は酷い事を言ってしまった事もあるし……」
「いいのよ、気にしないで」
優しく笑みを浮かべる彼女の前で、シドはギュッと拳を握った。
「本当はキミに感謝してる。けど、俺は許せなかったんだ。キミの優しさに甘えて、奴らへの復讐心が少しでも和らいでしまいそうになる俺自身を……!」
「シド……」
あまりに切ない告白を前に、彼女に切ない影が差す。
そんな彼女の事を、シドは優しく精悍な眼差しで見つめて微笑んだ。
「でも、今は違う。俺にはハッキリと分かったんだ。ここまで来れたのは復讐心だけじゃない。キミの支えがあったからって事が」
「そ、そんな事ないわよ……! 私なんて……」
「いや、違わない。キミが、復讐に荒む俺の心を救ってきてくれたんだ」
「ううっ……シドっ……!」
心から込み上げてくる嬉しさに涙を浮かべる彼女の事を、シドはドキドキしながら見つめている。
───伝えるべきは今……!
シドは彼女の事をサッと抱きしめた。
「いつかキミと見たいんだ。サクラを復活させて……!」
「シドっ……!」
「俺はその為に戦う。スマート・ミレニアムの奴らがどんなに強くても」
彼女の心に、シドの気持が痛い程ヒシヒシと伝わってくる。
これは、シドからのプロポーズだという事が。
シドをずっと想い続けてきた彼女にとって、これは本当に心から嬉しくてたまらない。
でも、だからこそ心が震えて上手く言葉が出て来ない。
「……無理しないでねシド」
本当は言いたいのだ。
『アナタがいればそれで充分よ』と。
皮肉にもそれがシドの心を不安にさせ、彼女をスッと体から離す事になった。
彼女を困らせてしまったと思ってしまったから。
シドはその焦りから彼女の事を安心させようとして、逆に不安になる事を言ってしまう。
「でも、次の遠征できっと決着がつくハズなんだ」
「えっ?」
「今度、この国から一番近い奴らの第三都市『ホラム』に攻め込む」
「ホラムにっ?! ダメよっ! だってあそこは……」
彼女は雷光に打たれたようなショックを受け、シドに身を乗り出した。
ホラムは魔力クリスタルを科学利用している実験都市。
確かに、あそこにある『クリスタルタワー』を破壊すれば、新エネルギーに晒され傷ついている精霊や生態系の回復も出来るし、スマート・ミレニアムの力を大きく削ぐ事が出来る。
けれど、そこにシドがいくのはあまりにも危険なのだ。
「シド、アナタのお父さんが殺された場所でしょ。スマート・ミレニアムのイデア・アルカナートに!」
「そうだよ……でもだからだ。奴が父さんを殺し領土を奪い造ったあの国を、俺は必ず殲滅させる!」
「気持ちは分かるわ。でも危険すぎる! 嫌な予感がするの……!」
彼女はすがるような顔でシドを見上げた。
胸が締めつけられるように痛むのだ。
けれど、シドの悲壮な決意に満ちた表情は変わらない。
「もちろん危険は承知さ。アルカナートが出てくる可能性もあるし、アルカナートの後継者エデン・ノーティスは必ず来るハズだ」
「だったら尚更……!」
「だからこそ晴らす事が出来る。父さんの無念を……!」
シドは悲壮な決意に満ちている。
彼女はそんなシドを哀しく見つめた。
まさにサクラのような、強くも儚げな雰囲気をヒシヒシと感じながら。
「シド……もちろんその気持ちは分かるわ。でも、そこに囚われ過ぎていたら、きっとアナタは……今を生きれないと思うの。だから……」
そこまで言った彼女をシドは再び抱きしめた。
切なる想いと決意と共に。
「分かってる。だからこそ、俺は決着をつけるんだ。キミと、今を生きていく為に……!」
「シ、シド……!」
「だから、もう少しでいい。待っててくれ……俺はこの遠征を、必ず成功させてみせる!」
「……分かったわシド」
彼女は震えるように声を絞り出しながら、スッと瞳を閉じた。
滑らかな頬にツーっと涙が伝う。
───シド、私は生きたい。アナタとこれからもずっと……
この話は、以前と敢えてあまり変えていない一つてす。
ただ、次話からです。
一気に別展開の加速をしていくのは。
是非お楽しみください!




