ep:27 無礼者に囁きを
「すいません、アンリ様! もう少しかかります」
ルミは魔力ポータルを通じて、アンリに頭を下げている。
もう就任式までは時間が無い。
それに、皆も集まってくれているので焦りが募ってしまう。
さすがのアンリも少し心配そうだ。
「ニャッハ~~~まあ、お主がいれば安心しておるが、さすがにもうそろそろマズいニャ」
「申し訳ございませんっ!」
ルミが頭を下げる中、アンリの横からロウが見つめてきた。
「まぁ事情は聞いた。遅刻は良くないが、きっとアルカナートなら同じ事をするだろうから、何とも言えないな……」
ロウは軽くため息を零して、しょうがないという顔をしている。
けれど、その隣からレイがザッと割り込んできた。
「ノーティス! いくら事情があっても、就任式に遅刻なんて美しくないわ! 早く来なさいっ!」
「レイ、分かってるって。急ぐよ」
「当然でしょ!」
レイがキツい顔で言い放つ隣で、ジークはそれをなだめている。
こういう時は、ジークらしいニカッとした笑みを浮かべながら話すしかない。
「まあレイ、そんなに怒んなよ。綺麗な顔にシワが出来ちまうぜ」
「はあっ? なにそれ! セクハラよ!」
「セ、セクハラって、おい〜」
参ったなという顔を浮かべたジークの側で、レイはプイッと顔を背けた。
今の言葉にご立腹のようだ。
「ふんっ、せっかくこの前頑張ったから飲みに付き合ってあげようと思ったのに!」
「えっ、ええっマジかよレイ!」
「もういいわ! シワの増えた女となんて行きたくないでしょ!」
「ち、違ぇって! そんなワケねぇだろ~~機嫌直してくれって。なっ? 頼むよレイ~~~」
そっぽを向いてるレイに、ジークはへいこらしながらゴツイ両手でお願いのポーズを取っている。
それを見てるノーティスは軽くため息を零した。
───ハアッ……みんな自由人だよな。俺、大丈夫かなぁ。あっ、いや俺もそうか……
ルールよりも自分の考えに従うという意味では、ノーティス自身も全く同じだ。
それに気付いたノーティスは、映像を見ながら軽く頭を掻いている。
ただ、ノーティスにとってはのどかな風景だが、バルガスにとっては地獄の風景だ。
勇者だなんて嘘かもしてないという、微かな望みも完全に打ち砕かれたからに他ならない。
「じゃじゃじゃあお前……いや、アナタ様は本当に勇者様……!」
「まぁ、今日そうなるんだけど」
ノーティスが軽くダルそうに見下ろす前で、バルガスはバッと土下座をして額を床にこすりつけた。
「もっ……申し訳ございませんっ!!! 勇者様だとは知らず、とんだご無礼をっ!!!」
バルガスは全力で土下座をしている。
こんな事がバレたらタダではすまないどころか、最悪お家取り潰しの危険さえある。
そうなればもう、貴族ではなくなる。
今まで蔑んできた平民、いや、それよりも下の身分になるのは明白だ。
───それだけは……! それだけは何としてでも避けなければっっっ!!!
頭を床に擦り付けているバルガスを、ノーティスは哀れんだ顔で見下ろしている。
「バルガス……」
「はっ、はいっ!」
「謝る相手が違うだろ」
「えっ? と、言いますと……」
チラッと視線を上げたバルガスを、ノーティスはギロリと睨みつけた。
「俺の事はどうでもいいんだよ。お前が謝んなきゃいけないのは、お前のせいで流す必要のない涙を流したメイとメイの父親。そして、お前の尻ぬぐいをする為に戦ったロバートとクロエ……」
ノーティスはそこまで言って、騎士達を一瞬チラッと見た。
騎士達は皆、苦しさと怒りの入り混じる顔を浮かべている。
バルガスから、散々酷い命令をされてきたのだから当然だ。
彼らの表情を見たノーティスの胸が痛む。
こんな事をしてきたバルガスを許す気は、一片たりとてありはしない。
「テメェの薄汚いクソみたいな命令で苦しんだ、騎士達のみんなだろうが!」
「ぐうっ……!! そ、それはっ……!」
バルガスは土下座したまま思いっきり歯を食いしばり、醜く顔を歪めている。
今まで蔑んできた皆に謝るなど、バルガスの歪んだプライドが許さないからだ。
───勇者になら仕方ないが、この俺様が下等な身分の者どもに頭を下げるなど……出来る訳がないだろっ……!!
醜い怒りに燃え滾るバルガスを見下ろしながら、ノーティスは面倒くさそうに溜め息を吐いた。
「おい、早くしろよ。時間が無いんだ。さっさとしねぇと、もう許さねぇぞ。いいのかそれで」
「ぐうっ……!」
ノーティスの『それ』というのが貴族の身分剥奪というのを、バルガスは分かっている。
勇者には特権があり、不適格と判断した者の身分を裁判なしで剥奪する事が出来るからだ。
その為、勇者には厳格な審査が求められるし、逆に不祥事を起こした時の罰則も重い。
だが、今回のそれが適正とみなされる事は誰の目にも明らかだ。
───くっ……! 仕方ないっ! 剥奪よりは……剥奪よりはマシだ!!
バルガスは土下座をしたまま、震えながら声を絞り出してゆく。
「わ……わたしのせいで……キサ……お……いや、皆様にご迷惑をおかけして……す……す……すいませんでしたっ……!」
大きな声ではないが、歯を食いしばりながら零したバルガスの声が、皆の心に静かに響いていった。
これで少しは気分も晴れるだろう。
騎士達は、皆納得した表情を浮かべている。
それを確認したノーティスは、クロエと目を合わせるとコクンと頷き、再びバルガスを見下ろした。
「バルガス、よくやった」
「で、では……!」
救われたように顔を明るくしたバルガスに、ノーティスはあっけらかんと言い渡す。
「あぁ、後は俺ら王宮魔導士で話して処分を決めてやるよ」
「えっ?」
「まあ、よくて剥奪。普通にいけばお家取り潰しだろけどな」
「そ、そんなっ! 約束が違うではないですかっ!」
縋りついてきたバルガスの手を、ノーティスはウザッたそうに振り払った。
「誰が約束なんてしたよ」
「だっ、だってさっきそれでいいのかって……!」
「あぁ、そのまんまの意味で言っただけだ。早く謝んなくていいのかって意味で」
「そ、そんなっ! だ、騙したなっ!」
バルガスは思わずノーティスの胸倉を掴み、目を血走らせ睨みつけている。
ノーティスに完全にしてやられたからだ。
けれど、ノーティスは全く表情を変えない。
「お前が勝手に勘違いしただけだろ。それに、さっき言ってた手柄の話。仮に俺が渋々譲ったとしても、許す気は無かったろ」
「なっ?!」
「分かってんだよ。テメェみてぇな、ド汚い奴が考える事ぐらい」
「う、うぐっ……!」
全てを完全に見抜かれたバルガスは、胸倉を掴んだまま悔し涙を浮かべてガタガタと震えている。
ノーティスはその手を胸元から振りほどき、バルガスの耳元にそっと顔を違づけた。
そして、メイとその父親がバルガスに言われた言葉をそのまま返す。
「この、無礼者がっ……!」
その言葉を聞いた瞬間、バルガスは完全に絶望の顔でその場にドシャッ……! と、へたり込んだ。




