ep:23 少女の涙とロバートの慟哭
「この……無礼者があああああああっ!!」
「うわ~~~~~~~~んっ!!」
ルミがハンドルを勇ましく切る少し前……
幾つも炎が立ち上がりと砂塵が立ち込める街中に、へたり込んで泣いている少女がいた。
少女の名前はメイ。
父子家庭だが、ごく普通の暮らしをしている家の少女だ。
けれど今、その普通は完全に崩壊している。
少女の大好きな父親がフェクターになってしまい、街を破壊しているからだ。
「おと~~~さ~~~~~~~んっ!!」
少女の悲しい泣き声が破壊された街に響く中、皆必死に逃げ惑っている。
今暴れているフェクターは、昔ノーティスが出会ったのと同じタイプ。
ミノタウロスを十倍ぐらい大きくしたような風貌で、血のような赤い瞳で人々をギロリと見下ろしている。
口の沸きから漏らす熱い吐息は、まるで蒸気のようだ。
街の衛兵達はこの巨大なフェクターに勇ましく立ち向かっているが、旗色は相当悪い。
みんな苦しさに顔をしかめながらフェクターを見上げている。
「くっそ! 強すぎる!」
「攻撃がまったく通じないっ!」
「くそったれ……! あの騎士共が強力してくれれば、何とかなるかもしれねぇのによ!」
衛兵の隊長であるロバートは、ギリッと歯を食いしばって睨みつけている。
クソ貴族であるバルガスを守ったまま動かない、いや、動けない騎士達を。
騎士達は全員がBランクのマイナスからプラスだ。
つまり、あのギルド検定試験を合格した者達。
衛兵達より遥かに強く、あのフェクターとだって衛生兵達よりは遥かに戦える。
けれど、この場から動く事を禁じられているのだ。
その残虐な命令を下したのは、貴族のバルガス。
「おいお前ら! 絶対に俺様を守れよっ! 俺様はお前らと違って貴族なんだからな!」
スマート・ミレニアムは全てを統治する教皇がいるが、そのすぐ下は王宮魔導士。
貴族はその下だが、平民よりも遥か上の存在。
また、冒険者で言えばAランクでようやく話が出来る程度だ。
もちろん、貴族は強いのかと言われれば決してそうではない。
貴族は特権階級の為、貴族として生まれたその時からずっと貴族。
どんなに実力が無かろうともだ。
「あの野郎……! 貴族ってだけであんなに威張りやがって……!」
「第一、なんでフェクターを発生させた張本人が、あんなのうのうと守られてんだよ。くそっ!」
「あのクソ野郎がどうでもいい事で『無礼者が!!』って怒鳴りつけて、あの女の子を斬ろうとしたからなのによ!」
「そうだよ! しかも、あの子を守ろうとした父親を散々暴行して、挙句の果てにあの子に手を出そうとしから……」
「あぁ……それであの子の父親、怒りで魔力回路が暴走しちゃってフェクターに……!」
「ロバート隊長! 俺、悔しいです!!」
部下達の怒りの声を、ロバートは全身に怒りを滾らせながら受け止めている。
ロバートもまったく同じ気持ちだからだ。
メイを守ろうとした優しい父親がフェクターになり、そうさせた張本人が騎士達に自分を守らせてるなんておかしい。
はらわたが煮えくり返る思いだ。
けれど、まずは人命の保護と救助が第一優先。
なのでロバートは指揮を執りながら皆を守り、同時に泣きじゃくっているメイをサッと抱きかかえ自分達の後ろに降ろした。
「メイ、ここを動くなよ」
「うんっ……でも、おとうさんはどうなるのっ?!」
「うっ、そ、それはよ………」
涙を浮かべ見つめてくるメイに、ロバートはとても言えなかった。
もう、助ける事は出来ないという事を。
歯を食いしばっているロバートの目に、ジワッと涙が滲む。
それを見たメイは敏感に察知し、ロバートの足をギュッと握りしめた。
「ねぇっ、おじちゃん。おとうさんは……ううっ……おとうさんは、たすかるんだよね?!」
「くっ……!」
まだ穢れをしらない小さな手。
そこから伝わってくるあまりにも悲しい想いが、ロバートの心をまるで万力のようにギリッと締め付ける。
───くそっ! くそっ! くそっ! くそったれが!! なんで世の中はこんなに狂ってんだ!! なんで、あのクソ野郎が貴族だってだけで守られて、なんでメイが泣かなきゃいけねぇんだよっ!!!
堪えきらない涙を頬に伝わせながら、ロバートはその場にスッとしゃがみメイを強く抱きしめた。
───すまねぇっ! すまねぇっ!! いくら謝っても許してくれるとは思わねぇ!! でもよ、本当にごめんな……!!!
ロバートの心の慟哭を感じたメイは、瞳から涙をボロボロ零している。
分かってしまうから。
もう、どうしようも無い事が。
「うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んっ!!!!!」
「メイっ……!!」
ロバートはメイを力いっぱい抱きしめ、想いを巡らせている。
メイとはさっき迷子になってた所を保護してあげた仲だ。
短い間ではあったが、ロバートがメイの純粋さを感じるには充分な時間だった。
肩車をしながら父親を捜していたのだが、あの時はこんな事になるとはまったく思っていなかった。
父親を見つけたメイが手にジュースを持ちながら父親に駆け寄った時、たまたまバルガスにぶつかりジュースをかけてしまったのが発端。
バルガスがそれに激怒しメイを斬りつけようとしたのを父親が庇い、そこから今に至るのだ。
だが、メイを抱きしめているロバートの耳を、部下の悲壮な声が貫く。
「ロバート隊長っ!! 後ろっ!!」
その声にハッと振り向くと、フェクターの剛腕がこちらに振り下ろされてくるのが目に映った。
───しまった!!
メイを抱きしめたままロバートは動けない。
そんなロバートにフェクターの剛腕が迫る。
ロバートは思わずギュっと目を閉じたが、その剛腕は当たることなくドオォォォン!! と、大地を砕いた。
何者かが間一髪助けてくれたのだ。
吹き上がった砂塵が舞い落ちる中、ロバート達に凛とした声が聞こえてくる。
「危なかったわね。ここは下がってて。後は私がやるから……!」
「ア、アンタは……?!」
謎めいた顔を浮かべるロバートに、彼女はサッと背を向けフェクターに向かい剣を構えた。
「私は衛兵の総指揮官『フランソワ・クロエ』よ」
「ク、クロエ総指揮官っ!?」
ロバートは思わず目を見開いた。
総指揮官がここに駆け付ける事など、通常ならあるハズが無いからだ。
衛兵はそれぞれのエリア内の受け持つブロックがあり、それを超えては来ない。
また何より、総指揮官は現場には出ず管理と指示出しのみしかしないのが当たり前。
「なんでアナタがここに?!」
驚愕しているロバートに、クロエはスッと流し目を向けて軽く微笑んだ。
「決まってるじゃない。街の平和を守る為よ」
「ク、クロエ総指揮官っ……!」
ロバートが感嘆の声を漏らす中、クロエは額の魔力クリスタルに力を込めた。
「みんなを守る為に、紅く煌めいて……! 私の魔力クリスタル!!」
周囲を紅く大きな光が照らしてゆく。
あの頃よりもずっと大きく鮮やかな紅い光が。
それと同時にクロエは心の中で誓いを立てる。
あの日出会ったノーティスとアルカナート、そして、その日以来たゆまぬ精進を行ってきた自分自身に。
「フェクター! 私がアナタを救ってみせる……!」
全身に紅い光を纏ったクロエは剣を振りかぶりフェクターにダッ! と、跳びかかっていった。
あの日決して諦めなかったノーティスの事を、胸の中に思い描きながら。




