ep:14 レイの怒りとノーティスの決意
「ううっ……本当なんだ。アイツは魔力クリスタルの力を使わずに……」
エミリオが青ざめた顔でそこまで言った時、薄暗い回廊にパアンッ!! と、乾いた音が響き渡った。
「ね、姉さん……!」
引っ叩かれた頬を片手で押さえながら、エミリオは涙で姉を見つめている。
それを、厳しく睨んでいるのはエミリオの姉であり王宮魔道士でもある『クロスフォード・レイ』だ。
「いい加減にしなさいエミリオ! そんな話、これ以上聞きたくないわっ!」
絶大な魔力に加え、スマート・ミレニアムで最も美しくセクシーだと言われているレイは、エミリオの両肩をガシッと掴んで見つめた。
額にあるアクアマリン色の魔力クリスタルは、静かに煌めいている。
「いい、アナタが負けるという事は、クロスフォード家の看板に泥を塗るのと同じなのっ!」
「ううっ……僕だって悔しいよ。あんな元浄化対象の奴に負けるなんて……!」
エミリオはレイに既に伝えていた。
ノーティスが元浄化対象であり、その理由が無色の魔力クリスタルであった事。
また、それにより退学し独学と我流でここまで来た事をだ。
普通に考えるとそれはむしろ凄い事に違いないが、レイは全くそうは思わない。
───魔力もほとんど無くいつでも浄化対象に逆戻りしてしまうような落ちこぼれのクセに、名門である私達に楯突くなんて許せない!
レイがその華美な瞳に怒りの炎をメラメラと燃やす前で、エミリオはギュッと顔をしかめ涙を零している。
「ご、ごめんなさい姉さん……僕のせいで……ううっ……!」
エミリオは大好きな姉から怒られたのが、悲しくて仕方ない。
悲しさと負けた悔しさで、泣きながら体を小刻みに震わせている。
そんなエミリオを、レイはギュッと抱きしめた。
引っ叩いてしまったとはいえ、大切な弟が泣いてる姿を見て可哀想になってしまったからだ。
「もういいのよ。私が必ず仇を取ってあげるから……!」
「ね、姉さん……」
「私の大切なエミリオを泣かせた罪……必ず断罪してあげる!」
そう告げるとレイはエミリオをスッと離し、背中のマントをバサッと靡かせて背を向けた。
そして、ハイヒールをコツンコツンと音立てながら、そこから去ってゆく。
───エデン・ノーティス。私は決して認めないわ。勝利という美しさは、アナタには決して相応しくないんだから……!
その姿をエミリオが見つめる中、レイの魔力クリスタルは断罪の誓いを示すかのように、冷たく静かに煌めいてた。
◆◆◆
「と、いう訳なんです。ノーティス様」
横に座ったまま真っ直ぐ見つめてきているルミに、ノーティスは参ったという顔を向けている。
「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。あのエミリオの姉が王宮魔道士って、聞いてないよ……!」
「はい、だから今お伝えしたんです」
「いやま、そーだけどさ……」
ノーティスは背もたれにドサッと寄りかかり、軽く斜め上を向いた。
ここからどうなるかが、容易に想像がつくからだ。
「ハアッ……」
ため息を零したノーティスを、ロウとアンリは向かいの席から軽く微笑みながら見つめている。
「フム、あのレイなら全力でくるだろうな」
「いや〜〜レイの奴、きっと怒り狂ってるハズだニャ」
「ちょっと二人とも、笑いごとじゃないんですけど……」
ノーティスは軽くウンザリしているが、ロウとアンリは変わらず楽しそうだ。
「まあ、王宮魔道士の力を体験するいい機会だ」
「まっ、それが最後の体験になるかもしれないけどの。ニャハハッ♪」
「勘弁してくださいよ……」
ノーティスがガックリすると、ルミもちょっと待ってという顔を浮かべた。
「そうですよ。特にアンリ様は、失礼ですがおフザケ過ぎです……!」
「まぁまぁルミよ、そう怒るでない」
「ですが……」
「本気で殺られると思ってたら言わんニャ」
その言葉にロウも軽く頷く。
「その通りだルミ。キミも知っての通り、ノーティスは僕らと同じアルカナートの弟子。そう簡単に負ける訳はない」
これまでの間に、ルミはノーティスと一緒にロウとアンリから聞かされていた。
二人がアルカナートの弟子である事や、そのアルカナートがある日を境に姿を消した事をだ。
また、ノーティスもアルカナートの弟子である事を見抜かれたので色々尋かれたが、事情を話し最低限だけ伝えていた。
「もちろん、私もノーティス様が負けるとは思っていません。けど……」
不安げな顔をしたルミの前で、ロウとアンリは軽くため息を吐いた。
「確かにレイも僕ら同じ、アルカナートの弟子だからな」
「しかも、あ奴は昔からアルカナートが大好きだからのう」
ロウとアンリの脳裏に、アルカナートと修行した日々の様々な光景が浮かぶ。
互いに受けた修行内容は違うが、どちらもハードで厳しく、けれど掛け替えのない宝だ。
「頭と魔力、どちらも毎日擦り切れてたな」
「いやいや、日に何度もニャ。それに……」
アンリは、そういえばという顔をしてノーティスを見つめた。
「ノーティスよ。そういえばお主、本当は勇者じゃなく研究者になりたかったんじゃろ?」
「はい。魔力クリスタルの力が弱くても、楽しく生きていける発明をしたいんです!」
「そーじゃったの。ならば、ギルド検定試験に受かったら私の研究室に出入りしても良いぞ♪」
ニパッと笑みを浮かべると、ノーティスは嬉しそうにバアッと微笑んだ。
「本当ですか!」
「もちろんニャ♪ 私は嘘は言わん。冗談はよく言うがの。ニャハハッ♪」
「ありがとうございます!」
「良いニャ♪ これでヤル気も出たろうに」
「はいっ……!」
昔からしたかった研究を出来る可能性が手に入り、ノーティスは本当に嬉しかった。
もちろん、アルカナートにここまで強くしてもらった事は心から感謝している。
ただ、ノーティスは元々戦う事が好きではない。
───勇者になれば研究者への道が……
心でそこまで言った時、ノーティスはハッと違和感を感じアンリを見つめた。
「すいません、やっぱりそれは遠慮しておきます……」
「なぜニャ?」
「師匠にもみんなにも、失礼だから」
「むむっ?」
「師匠は俺を勇者にしようとして育ててくれたし、他のみんなも冒険者になりたくてここへ来てる。それなのに、別の目的で戦うなんて……そんなのダメだ!」
その決意を聞いたアンリはもちろん、ロウもルミも驚嘆の顔を浮かべている。
「ノーティス、お主……」
「キミは、間違いなくアルカナートの弟子だ」
「さすがです! ノーティス様っ♪」
皆が見つめている中、ノーティスは軽く瞳を閉じて思う。
───魔力クリスタルを拒否する国家『トゥーラ・レヴォルト』を勇者として倒し、世の中を平和に出来たらその時には……
ノーティスはスッと目を見開き、澄んだ眼差しで皆を見つめた。
その瞳が光に揺らめく。
「ありがとうみんな。じゃあ、行ってきます!」
「ノーティス様、今度は私も一緒に行きます」
「ルミ……」
「私は、ノーティス様の執事ですから♪」
「フッ、そうだよな。一緒に行こう」
「はいっ♪」
ニコッと微笑んだルミを連れ、ノーティスは歩き出した。
レイの待ち受ける『防御力測定試験』の会場へ向かって。




