ep:10 エリスの歪んだプライド
「わあっ、ノーティス様っ♪」
講堂から出てきたノーティスを見たルミは、パアァァァッと笑みを浮かべてタタッと駆け寄った。
「お疲れ様です♪ 試験はどうでしたか?」
「うん、まぁ出来たよ……」
「さすが、よかったです♪ けど、なんか元気ないですね。もしかして……あんまり手応えが無かったですか?」
ルミは心配そうに顔を覗き込んでいる。
ノーティスから哀しいオーラが零ていたから、試験が上手くいかなかったのかと思ったのだ。
「いや、満点だったよ」
「ええっ?! ま、満点ですか! 凄いじゃないですかノーティス様っ!」
「まぁ、一応。ありがとうルミ」
ディラードの事でノーティスは気分が晴れない。
けれど、ルミは自分の事のように喜んでいる。
「一応じゃないですよノーティス様! 私が調べた限り、今までこのギルド検定試験で満点だった方は過去に三人しかいませんっ!」
ルミは興奮しながら続けてゆく。
「現王宮魔道士の『アルカディア・ロウ』様と元王宮魔道士の『パナケイア・セイラ』様。それと、伝説の勇者『イデア・アルカナート』様だけですっ!」
「えっ、あ、そーだったのか……!」
ノーティスは嬉しそうに、少し顔をほころばせた。
満点だった事でにはなく、大好きなアルカナートとセイラと一緒なのが嬉しいのだ。
「ありがとルミ、なんか元気出てきた!」
「よかったです♪」
ルミがそう言ってニコッと微笑んだ時だった。
「アハッ、久しぶりねノーティス♪」
試験が終わった講堂から出てきた女の子が、ノーティスの後ろの方から突然声をかけてきたのだ。
額の魔力クリスタルは紫色に煌めいている。
「キミは……エリス!」
思わず振り返ったノーティスの事を、その女の子は自信に満ちた顔で見つめてた。
また、立ち昇る色気も凄まじい。
その証拠に、男達は皆チラチラとエリスを見ながら卑らしい眼差しを向けている。
───ヤバっ! あの子メッチャ可愛い。
───髪も肌もヤベェ〜〜〜
───スタイルも半端ない。あ~~~マジでいい女だな……
けれど、エリスはそんな眼差しを意に介さない。
きっと自分を好いてくる男達など眼中に無いのだろう。
エリスの全身から溢れているオーラは、まるで彼らを奴隷のように扱う女王様のようだ。
そんなオーラを放ちながら、エリスは軽く微笑んだ。
「凄いじゃない、満点なんて♪」
「あ、ありがとう……」
ノーティスは急に褒められて少し顔を赤くした。
だが、他の男達と違い何の下心も無い。
ルミを背に、エリスを静かに見つめている。
エリスはそんなノーティスの前で、ニヤッと魔性の笑みを浮かべた。
「もうっ、さすがね♪」
そしてスラッと伸びた足でツカツカと近寄ると、ノーティスに顔を近づけ艶っぽく微笑んだ。
「付き合ってあげるわ♪」
「えっ?」
「あら、聞こえなかったの? 付き合ってあげるって言ったの♪」
「と、突然何言ってんだよ」
困惑した顔で軽く体を反らすノーティスだが、顔は少し赤くなっている。
このエリスという女の子は、ノーティスの初恋の相手だからだ。
───けどエリスは……
ノーティスの脳裏に、あの日の事が蘇る。
それは、クリスタル解放の儀式を行い浄化対象になってしまった日の事に他ならない。
エリスはあの日、無色のクリスタルだと判明したノーティスを穢れたものを見るような眼差しで蔑んだ。
またそれだけではなく、他の皆と一緒に率先して追放してきた。
あの日の悔しさと悲しさを、ノーティスはハッキリと覚えている。
もちろん、エリス自身も同じだ。
自分が何をしたかを鮮明に覚えている。
しかし先程ノーティスの優秀さを知り、自分の物にしようと近付いてきたのだ。
「ねぇ、何を戸惑ってるの? アナタ、私の事好きだったでしょ♪」
「うん、そうだな……」
「でしょ♪ もっと喜びなさいよ。まだ昔の事根に持ってるとか、そんな小さな男じゃないわよね」
「そうじゃなくて……」
「よかったぁ♪ さすがだわノーティス」
ノーティスの言葉を断ち切り、エリスはギュッと抱きついた。
エリスの柔らかな身体の感触がノーティスに伝わってくる。
それを見たルミは、二人の横にバッと飛び出て身を乗り出した。
「何をしているんです! ノーティス様から離れてくださいっ!」
ルミの叱るような口調がエリスの耳を貫く。
しかしエリスはそれに臆することなく、ノーティスに抱きついたまま妖しげな流し目を向けた。
その瞳には、敵意と嘲りの交叉する光を揺らめかせている。
「なにアナタ、妬いてるの?」
「ち、違いますっ!」
「じゃあ何、もしかして付き合ってるとか?」
「そ、そ、そんな事ある訳ないじゃないですかっ!」
不意を突かれた質問に、純粋なルミはたじろいでしまった。
エリスは、そんなルミを妖しい瞳で覗き込んだ。
「あらそう。だったら何なのよ」
「わ、私は……ノーティス様の執事ですっ!」
顔を火照らせたルミをエリスは嘲笑う。
「執事……アーッハッハッハッ♪ だったら、アナタが私に口を出す権利なんて無いわよね」
「で、でもっ……」
悔しそうに顔をしかめているルミを、エリスは強い眼差しで見据えた。
「邪魔しないで。それとも、ご主人様が好きな相手と引き離すのが執事のお仕事なのかしら」
「そ、そんな事は……」
「だったら分かるわよね……引っ込んでなさい!」
「うっ……」
これに関しては、エリスの方が遥かに上手だ。
ルミも超絶可愛いのだが、真面目なので付き合ってきた経験はほぼ皆無に等しい。
と、いうか無い。
───ううっ、悔しいっ……! 言いくるめられた……!
そんなルミとエリスは逆だ。
これまで男が途切れた事が無い。
とは言っても心から好きになった事はなく、常に男を上手く利用して生きてきているだけだ。
ただ恋愛経験豊富なエリスにとって、純粋なルミを言いくるめるなど造作もない。
───フフン、この子チョロいわね。それに、ノーティス使えるわ。いっぱい稼いでくれそうだし。ず~~~~っと『頂いて』あげるわ♪
勝ち誇った笑みを浮かべノーティスを見つめながら、エリスは妖艶な肢体を絡ませた。
「ねぇノーティス、これからいっ~~ぱい楽しもうねっ♪」
エリスの全身からは男を惑わす妖しいオーラが溢れている。
まるで邪悪な女神のようだ。
そのオーラが肢体と共にノーティスに絡みつくのを見て、ルミは怒りに体を震わせている。
───この方が、ノーティス様の初恋の相手というのは知っています。でもっ……
ルミは訴えるような眼差しで身を乗り出した。
単なる嫉妬だけではない。
ノーティスの事を心から大切に想う気持ちが、全身から溢れている。
「ダメですノーティス様っ! その方はノーティス様を……決して幸せにはしません!」
その言葉を受けたエリスは、心底ウザったそうにルミを見つめた。
エリスにとって、ルミの気持とオーラは癪に障るのだ。
邪魔をするなとその瞳が物語っている。
「アナタしつこいわよ! それになんか、自分だったら幸せに出来るような口ぶりよね」
「そ、そこまでは言ってません」
「ハァッ……じゃあいいわ。アナタのご主人様に直接尋いてあげる」
エリスはそう告げると、再びノーティスを見つめた。
「ねぇノーティス、正直に答えて。アナタは私に恋をしたわよね♪」
「あぁ……」
「フフッ、そうよね。で、あの子は執事よね」
「……そうだよ」
「じゃあ、どちらと付き合うべきか分かるわよね♪」
「エリス……」
「そのとーりよ♪ さすが私のノーティス」
エリスは完全に勝ち誇った顔で笑みを浮かべている。
そして、悔しさに涙を浮かべているルミを嘲笑いながらノーティスにキスをしようとした。
だが、エリスの唇はノーティスには届かない。
ノーティスがエリスを体からスッと離し、ルミを庇うように背に置いたからだ。
突然そうされたエリスは、驚愕して目を見開いた。
「な、なんで急に離れるのよ?!」
エリスは凄く困惑した顔を浮かべている。
なぜ突然ノーティスが自分を体から離したのか、全く分からないからだ。
今まで、このやり方で落ちなかった男はいないのだろう。
そんなエリスを静かに見つめたまま、ノーティスは呆れたように笑みを浮かべた。
「いつまでコントを続けるんだ」
「コ、コント?!」
「だってそうだろエリス。昔あんな事をしといてイケるなんて、フツーは思わないよ」
「そ、それは……」
「もしイケると思ってたなら、キミはどうかしてる」
「な、なんですって!」
エリスは怒りに目を吊り上げているが、ノーティスは動じない。
「エリス、キミは心を感じた事があるか?」
「心?」
「そうだ。俺はあの日、とある少女から人の温かさを教えてもらった……そこから、全力でモンスターに立ち向かう人や師匠達に出会って、支えられてきたんだ」
そこまで言うと、ノーティスはルミをスッと片手で抱き寄せた。
「ノ、ノーティス様っ?!」
ルミがボッと顔を火照らせて見上げる中、ノーティスはエリスを精悍な瞳で見据えている。
「そしてルミは俺の事を心から案じてくれている。その心を知ってる俺に……エリス、キミの言葉は何一つ響かない……!」
「そ、そんなっ……!」
「ううっ、ノーティス様っ……!」
ルミが涙を浮かべると、エリスはギリッと歯を食いしばり顔を歪めた。
二人の姿から溢れ出すオーラが、エリス自らの醜い心を照らしてくるからだ。
「なによ……なんなのよっ! もうアンタなんかいらないわっ!!」
エリスは怒声と共に、ノーティスを思いっきり引っ叩いた。
パアンッ! と、いう乾いた音が響き皆が目を見開く中、ノーティスはエリスを静かに見つめている。
「エリス……見た目や条件じゃなくて、心から大切に想える人を探すんだ。キミの美しさがいつか枯れてしまう、その前に」
「……な、なによ偉そうにっ! アンタを本気で好きになる人なんて、この先いないんだからっ!!」
エリスはノーティスが自分をフッた事を許せず、思いっきり罵倒した。
自分を振る男なんて今までいなかったし、プライドがそれを許さないのだ。
けれど、ノーティスは静かに見つめながら哀しく笑みを浮かべた。
「そうかもしれないな。けど……それでも俺は心で選ぶ。自分でそうする事は出来るから。例え、キミの言った通りだとしても」
その言葉にエリスは何も言い返せない。
湧き上がる怒りと悔しさに、その身を震わせノーティスを睨みつけている。
そんなエリスの前にルミはサッと躍り出て両手を横に広げると、凛とした眼差しで見つめた。
愛と決意に満ちている瞳が光に揺れる。
「エリスさん、私はこの先何があっても、ノーティス様を大切に想い続けていきます。もしノーティス様が、誰からも見放されたとしても……!」
その眼差しにエリスは耐えきれない。
醜悪な怒りに目を血走らせながら、ルミに向かって片手を振り上げた。
「ウザいのよ……ウザいのよアンタはっ!!」
ルミは広げたままギュッと目を閉じたが、その平手はルミに届かなかった。
エリスの腕が突然麻痺してしまったからだ。
それと同時に、後から軽快な声が伝わってくる。
「ニャッハー♪ エリスとやら、その子を叩いても意味は無い。お主の負けニャ♪」




