太陽系宇宙人たちの受難
☆しいな ここみ様が主催する『宇宙人企画』に参加させていただいております。
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前の住処を退去してから、20日間ぐらい経っただろうか。今日の明け方になってようやく、わたしは新しい住処候補を見つけることができた。やや湿り気のある通路を奥へ奥へと進んでいき、人の集まる大きく開けた場所へたどり着いた頃には、時刻が正午を回っていた。
適当な場所に留まってあたりを観察してみると、なかなかに賑わいが感じられる。中央にある建物にはおもに土星の人たちが頻繁に行き来しているし、壁際では金星の人が数名、菌類を栽培しているようだ。全体的に見て、一番数が多そうなのは火星の人かな……。
「お嬢さん、あんた新入りかい」
気がつくと、大柄で温和そうな雰囲気を漂わせた男性が隣にいた。
「あ、すみません。ご挨拶もせずに」
「ああいいよいいよ、そう堅苦しくしなくても。その様子だとけっこう長旅してきたんだろう? わしはそこのサターンセントラルカンパニー第2571地球支社に勤めているガディってもんで、木星人だ」
最初の印象から、この人は木星人かな、と思っていたけれど、わたしたち宇宙人の間では相手が名乗らないうちに出身の星を尋ねるのは失礼な行為にあたる。礼儀として、わたしも自己紹介を返した。
「わたしは天王星人です。ウーラといいます。わたしも天王星にある会社の社員なんですが、レアメタルや放射性物質を採取して本社に転送するために、地球へ出張をしているところなんですよ」
「ほう、天王星!」
木星人――ガディさんの反応も、多少は予測していたものだった。
「遠いところからよく来なすったなぁ。地球にまで来ている天王星の人はほんと珍しい。全体的にシャープで、凛々しい感じがしているから、もしかしたらと思ってたんだよ」
「いやあそんな、わたしなんて天王星では全然……」
「おっと、長話だったな。よかったら、これからここの集落を軽く案内してあげようか」
「いいのですか。わたしもここにどんな転送装置が配備されているか、知りたかったんです」
「よしわかった。じゃあまず転送装置を取り扱っているうちの会社に行こうか」
案内されて入った社内は、意外といい雰囲気をしていた。以前立ち寄った土星人の経営する会社よりも、活気にあふれている。午後の業務が始まってすぐの時間帯にもかかわらず、あちらこちら活発に動き回っている人が多い。
「ここは、地球調査部の地球人課が業務をしているエリアさ。この部署が、うちの会社で一番成果をあげているんだ」
すぐ横で説明をしているガディさんも大きな声をしているが、それに負けず劣らず、エリア内からは威勢のいい声が飛び交っている。
「課長、ヘモグロビンって何の数値でしたっけ」
「ヘモグロビンは地球人の血の色素の数値だ。これが低くなると、地球人は貧血を起こす」
「外回りに行っているサテューからの報告によりますと、近隣で風邪が流行しているようです。本社へ報告しますか?」
「うーむ、ただの風邪だと思うが、一応報告しておいたほうがいいだろう」
中心に立って社員を統括している男性を、ガディさんは指差した。
「あの男が地球人課の課長、マルソさ。社内で一番の出世頭である火星人だ」
クールな顔立ちに、シワのない服から何本もの触手を通しているマルソという人は、見るからにやり手の社員という印象だった。
「じゃあ次は転送ルームへ行こう。こっちだ」
「ガディさんも、ここで仕事してらっしゃるんですか」
「まあな、わしは地球人課ではなくて大気調査課なんだが、午後にはだいたい休みをもらっているんで、こうやって社内を案内する余裕があるってわけさ」
転送ルームに到着すると、大きなカプセル型転送装置がわたしたちを出迎えた。
「うわぁ、立派な転送装置ですね」
「ああ、こんだけのサイズならほとんどのモノは送れるだろう。ただ、転送距離は少し短めでな、非生命体なら土星までいけるが、生命体だと火星が限度だ。どっちみちお嬢さんの天王星までは途中の星で中継しなくちゃならんが、かまわんかね」
「ええ、大丈夫です。さっそくなんですが、ここまでの道中で手に入れたレアメタルや放射性物質を、木星の中継地点まで転送してもいいですか」
「ああ、いいとも。わしは出口近くの休憩室で待っているよ」
転送が終わり、社外に出た私たちは、壁際に広がっている菌類栽培所に向かいながら、世間話に花を咲かせていた。
「本当にありがとうございます。転送装置を使わせてもらっただけでなく、菌類栽培所までご一緒していただけるなんて」
「ははは、いいってことよ。わしらはみんな、同じ太陽系に生まれた仲間であり、兄弟なんだ。お互い可能な限り助け合わなくちゃな」
「わたしは前にも土星の会社にある転送装置をお借りしたんですけど、その時もいろんな惑星からの社員が働いていましたよ。土星の方は他惑星の人にも好意的だとは聞いていましたが、その通りなんですね」
「そうだろう、わしもそれが気に入ってるんだ」
「木星の方が経営している会社も地球にたくさんありますよね。わたしはまだ社内を見たことがないんですけど、ガディさんはそちらの会社に勤めたことはあるんですか」
「……わしは、同じ木星人のことをあまり好いておらん。実は、わしが生まれたのは木星そのものではなく、エウロパという衛星の出身なんだ。木星人はいまだに衛星生まれの者に対する差別がひどくてな。だからわしは土星の会社をえらんだのさ」
「あ……そう、だったんですか」
踏み込んだことを聞いてしまったと後悔した。でもそのすぐ後、菌類栽培所から明るい声が耳に届いてきた。
「よおーっ、ガディさんじゃねえか。今日はもう仕事終わりかい」
「ああ、今ちょっとな、新人のお嬢さんにこのへんの案内をしている所だ。栽培所も案内してやりたいんだが、どうだい」
「問題ないよ。ゴールドゴケやキラリ糸状菌の剪定作業は終わってるし」
栽培所からは、菌類たちが放つ光が絶え間なく輝いている。そしてその栽培作業もしている人たちも、同じくらいの眩しいオーラを放っていた。
「初めまして、ぼくはこの栽培所の責任者、金星人のオールだ」
「わたしは天王星人のウーラです。こちらこそよろしくお願いします」
わたしが挨拶をしているなか、ガディさんは誰かを探しているのか、きょろきょろと首を動かしていた。
「おーい、あいつはもう寝ちまったのかい。この栽培所の名物職員は」
「名物っていうか、居候みたいなもんだけどね。昨日はけっこう遅くまで働いてくれたから、今日はもうお休みさ」
名物職員。いったいどんな職員なんだろう。
「あの、ガディさん。名物職員というのは、いったい……」
「聞いて驚くなよ、太陽人さ。いろいろとワケがあって、ここまで流れついちまったらしい」
「た、太陽人!?」
今までたくさんの宇宙人を仕事で見てきたけど、太陽人だけは今までお目にかかったことがない。
「ぼくが聞いた話だと、太陽フレアでぶっ飛ばされてきたって言ってたよ。なんでも地球の環境に適応するのに50年もかかったとか。今でも完全に対応しきれなくて、一日の半分以上休眠して過ごしてるんだとさ」
「へえー……それはつらいですね」
「今日はもう寝てるけど、起きてる時はものすごいよ、ぼくら金星人よりもピカピカで熱いオーラ出しまくってるから」
冷静なふうを装ってたけど、本心ではその姿が見たくてうずうずしていた。天王星のアイドルに、友だちと会いに行った時よりも興奮しているかもしれない。
「ま、今日がダメでもまたチャンスはあるさ、また仕事の合間にでも――」
「あーあ、太陽に住んでる人は先にネンネしててもいいから、羨ましいなぁホント」
突然、ガディさんの声をさえぎって、調子の軽い声が割り込んできた。
「マークじゃないか。お前、どこいってたんだ」
「どこだっていいだろ、そこらへん散歩してたんだよ」
マークと呼ばれる人は、いつの間にかオールさんの隣にいた。体の半分が透明になっている、その特徴的な姿を見る限り……。
「こら、マーク! また栽培所の手伝いもせずにブラブラしてやがったのか。隣の惑星同士、少しは手伝おうって思わないのか」
「あーもう、うるさいなあ。ガディおじさんの説教は聞き飽きたよ。第一、俺はまだ地球の環境に適応中なんだぜ」
「適応中だぁ? けっ、そんなんだから、地球より外側の惑星へいまだに進出できないんだよ、水星人は」
やっぱり、水星の人のようだ。これまで水星人には何度か会ったことはあるけど……正直、あまりいい印象がなかった。
「ったくもう、どいつもこいつも。それで? そちらのレディが新しくこの集落にやってきた新入りってわけ」
怠そうな顔で見つめられて、あまりいい気はしなかったけど、とりあえずこちらから自己紹介しておく。
「はじめまして。出張で地球にやってきた、天王星人のウーラです」
「ふーん、天王星ね。で、そっちのチビっちゃいのは? お前さんの連れかい」
「えっ?」
不意の発言にわたしたち3人は困惑しながらも、すぐにその原因は見つかった。
いつの間にか、わたしの足元に小さな子が一人くっついていたのだ。
「わ、わっ。きみ、だれ?」
わたしが尋ねてみても、その子はわたしにすがりついたままで、何も答えてくれなかった。なんとなく、怯えているような印象を受けた。
「おやぁ、ここでこんな子は見たことがねえな。どこからか迷い込んできたのかな」
「お嬢ちゃん、怖がらなくていいよ。どこから来たのか、教えてくれるかい」
オールさんがにこやかに笑うと、その子は自然に口を開いた。
「海王星」
海王星!?
その場にいた4人全員が、驚きの声を上げた。
「海王星って、おちびちゃん、あんたいったいどうやってここまで来たんだい」
「すいせい」
「えっ、すいせい?」
「流れ星、彗星のことだろう」
わたしが顔をあげると、マークさんが呆れた様子でその子を見つめていた。
「このチビっ子は、たぶん迷子だな。わざとなのかどうか知らねーけど、海王星に接近した彗星に乗っかっちゃって、そのままこっちまで来たんだろ。水星にもそんなやつがいたからわかる」
「ええっ、それじゃあ、転送装置で海王星まで帰してあげなくちゃ……」
「やめときな。転送装置で送られた生き物には相当な負担がかかる。かといって海王星に向かう彗星なんか待ってたら、それこそ何百年もかかるぜ。ここはおとなしく、成熟するまで地球で暮らした方が身のためだ」
相変わらず軽い口調で持論を展開するマークさんだったけど、その理屈は納得できるものだった。
「ううむ、止むを得んな。おちびちゃん、不安かもしれんが、しばらくの間ここの集落でくらすといい」
「そのうち、いい方法が見つかるかもしれないしね。ここには太陽から来た人もいるから退屈しないよ。さらにこの水星人のおにいさんが、君の遊び相手になってあげるからさ」
「おい、勝手に俺を世話役にするんじゃねーよ」
そんなやりとりを見て、海王星の子ははじめて笑顔を見せてくれた。わたしも、つられて笑顔になってしまう。
「それにしても、ここは本当にいい集落ですね。偶然にも、ここには太陽系の住民たちが、太陽から海王星までみんなそろっている。こんな場所は滅多に――」
『警報! 警報! 集落にいる皆様、退去準備をはじめてください!』
突然、土星の会社から大音量の警報が流れてきた。それに続いて、金星人の方が何人か、血相を変えてこちらにやってきた。
「オール所長、大変です。地球人が体調を崩して、病院に向かったそうなんです!」
「何!? やけに急だな、原因は何なんだ」
「はっきりとはわかりませんが、この前侵入してきた奴らが他の場所に巣食ってるんじゃないかって会社の人がウワサしてます」
「だとしたらマズいな。薬が処方されないといいが」
一変した雰囲気を察したのか、海王星の子はまたわたしの元にすがりついてきた。
「お姉ちゃん、これから何が起きるの?」
「大丈夫よ、わたしも一緒にいるから。きっとそんな大事にはならないわ」
「だが、退去の準備はしておいたほうがいいぞ」
ガディさんは今までにないような厳しい目付きになって、わたしと海王星の子に忠告をした。
「お前さんもわかってるはずだ。せっかく新しい住処を見つけても、明日にはもう出ていかなくちゃならなくなる、地球に住んでいる限り、そんなことは日常茶飯事だってことをさ」
「……はい」
『緊急事態! 緊急事態! 2種の薬物投与が確認されました! 皆様、ただちに退去してください!』
緊急事態が発令されてしまった。こうなってしまったら、もう退去する以外に他は無い。
「くっ、やはりか……。それじゃあお嬢さん、縁があったらまた会おうな! おちびちゃんは、そのお姉さんの言うこと、ちゃんと聞くんだぞ!」
「ガディさんは?」
「わしはいったん会社に戻り、資材の運び出しを手伝ってから退去する。心配せんでも大丈夫だ」
そう言うと、ガディさんは中央の会社にむかって一目散に駆けていった。
「我々も退去準備を急ごう! 持てる菌類は全て持ち出して、他にも金星に転送できるものは転送するんだ!」
「ああーくそー、せっかくここまで糸状菌が育ったのにー」
「私はここに来てから5日しか経ってないのに、ツイてないなあ」
「誰か、太陽人の人を起こしてあげて!」
菌類栽培所も、一気に緊迫した雰囲気に包まれていく。
「おいおい、そんなに喚き散らしても仕方ねえじゃねえか。地球人様のやることなんだし。俺らがいくら必死に呼びかけたって、あいつらには聞こえないんだから。存在を知ってるやつすらほとんどいないしな、へっ」
こんな状況でも、ニヒルな言動を崩さないマークさんを尻目に、わたしたち二人は退去するための行動を起こすことにした。
「わたしたちは、先にここから脱出しようね。……えーと、わたしは天王星人のウーラ。海王星とはお隣どうしよ。よかったら、きみの名前を教えてくれるかな?」
「ピューチュ……ピューチュっていうの」
「ピューチュ、いい名前ね。じゃあピューチュ、これから外にむかって移動するから、わたしにつかまっててね」
「……うん!」
緊急事態の発令から、一時間ほど経過しただろうか、わたしたちは出口に向かって急いでいたけれど、いまだに退去ができずにいた。
「ウーラさん、ここも同じ場所……」
「そうみたいね……別の通路に行ってみましょう。大丈夫、まだ時間はあるわ」
来たときはすんなり集落にたどり着けたのに、どうやら道に迷ってしまったらしい。わたしとしたことが、失敗した。道をよく知っている集落の人に案内を頼むべきだった。
「ねえ、ウーラさん、あの壁、なんか変」
「えっ?」
通路を進んでいる途中、ピューチュに呼び止められて私は壁の方を見た。
壁に穴が開いている。さらにその周辺が、ビクビクと拍動しているみたいだ。しだいに、何か水が流れるような音がして――。
「お前ら、何もたもたしてんだ! 危ない! その分泌腺から離れろ!」
横から衝撃を受けて、気がつくとわたしはピューチュとともに突き飛ばされていた。そしてそのすぐ後で、壁の穴から黄色い液体が噴き出してきた。
「ぐああああっ!」
液体は、穴の正面にいた人物に降りかかった。ちらりと見える半透明の体、マークさんだった。
「マ、マークさん!」
「へ、へへ……この抗生物質はよく効きやがるぜ」
マークさんの体は、液体をまともに受けた部分が、ドロドロに溶けだしていた。残った部分を必死に動かしながら、マークさんは液体から距離を取る。
「おじさん、大丈夫!?」
ピューチュの言葉で、マークさんは顔を歪ませながらも、にやりとした笑みをわたしたちに見せた。
「これなら、まだ大丈夫だ。水星人は適応能力は低くても、再生能力はピカイチなのさ。それよりも、あんたらは退去を急げ。この先をまっすぐ行けば出口のはずだ」
「マークさん……ありがとうございます」
「礼はいらねーよ、兄弟、だろ? 俺も別ルートで脱出する。もうすぐここは抗生物質まみれになるから、早く行くんだ!」
「はい! ピューチュ、行きましょう」
「ありがとう、おじさん!」
マークさんの言った通り、まっすぐ進んでいくと次第に通路の幅が大きくなってきた。どんどん外の光も届いてきている。
「やった、出口だわ」
とうとう出口を見つけることができた。おあつらえ向きに近辺からは断続的な突風が、出口に向かって勢いよく吹き抜けている。
「あの突風にのって、一気に外へ出ましょう。ピューチュ、しっかりつかまってて!」
「う、うん!」
タイミングを見計らって、わたしたち二人は突風の中に身を投じた。体が浮かんで、勢いよく出口まで吹き飛ばされる。しばらくして、外の空気に投げ出されたわたしたちを、穏やかな日光が迎え入れた。
「ピューチュ、もう安心よ。今、お外でふわふわ浮かんでる所だから」
必死にわたしの体へしがみついていたピューチュは、ゆっくりと目を開け、あたりを見回す。
「ほら、だんだんと上に昇っていくのがわかるでしょ。次の住処を見つけるまで、このまま一緒にいるから安心して」
「ウーラさん」
「うん? どうしたの」
「集落の人たち、大丈夫?」
ピューチュは、先ほどまでわたしたちが中に入っていた人を、じっと見つめ続けている。
「大丈夫、あの人たちも、きっともう次の住処を見つけるために、空に旅立っているはず。心配することはないわ」
「ねえ、ウーラさん」
「何かな」
「同じ太陽系の人なのに、どうして地球の人だけあんなに体が大きいのかな」
「それは……わたしでもわからないわ。神様だけが、知っているのかもしれない」
わたしとピューチュは、次の住処となる地球人を探すため、風にのって大空へと旅立った。もう一度、あの集落があった地球人を見てみると、マスクをあごにずらして、とても大きなくしゃみを出していた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。