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下:信じられる君と

雪が降りしきる中、クロウは真っ黒な防寒着で、森を歩いていた。小屋から引っ張り出してきた、貴重な素材を鞄に詰めて。そして胸ポケットには、鼠のマウラを入れて。


「この辺りに・・・とりわけ光の魔力を持つ【トゥルスの宿り木】があるはずだ。採取すると魔力が激減するから、その木の下で魔法を使うしかねぇ」


向かい風の雪に耐えながら、白い息を吐き、歩き続ける。やがて大きなモミの木に絡まる、トゥルスの宿り木を見つけた。


「よし、あとは・・・素材を並べて、魔方陣を・・・」


少しずつ吹雪いてきても、クロウは決して手を止めなかった。雪の上では消えてしまうため、予め古紙に描いた魔方陣を広げる。準備が整ったら、ゆっくり胸ポケットからマウラを出した。


「・・・もう1度言っておくぞ、マウラ。禁術を解くほどの強い魔法は、俺はともかく、お前に強い負担をかける。


それに、成功率は高くない。10回やって、5回上手くいけるかどうか。失敗したら体に損傷が残るし・・・最悪、命を落とす。それでも受けるって決意は変わらないか?」


クロウの言葉に、マウラはゆっくり頷いた。


見つけた時は絶望した、禁術破りの成功率と失敗の代償。クロウですらもやるか迷った時に、マウラは受けたいと申し出たのだ。


このままクロウの仲間として、鼠のままいても幸せかもしれない。伯爵令息でなくても、人間でなくても、彼となら幸せになれるのは間違いない。


それでもマウラは願った。クロウと同じ視点で、同じくらいの足の速さで、共に魔法研究をしたいと。それに、彼になら命を預けても良い。


クロウの戸惑いを表すように、吹雪は徐々に強くなっていく。これ以上時間を掛ければ、魔法の成功率は下がる一方だろう。このまま立ち止まるわけには行かない!クロウは意を決し、魔方陣にマウラを乗せた。


(・・・ごめんね、ありがとうクロウ。大好きだよ)


ここでは言葉も出ず、文字も記せないから。マウラはそっと、クロウの手に口付けをする。それに気付いたのか、フッと優しく微笑んだクロウ。人差し指で優しくマウラの頭を撫でた後、すぅと息を吸い込んだ。


「・・・頼んだぞ、今までの俺の成果。禁術破りを、今ここに!」


グッと強く祈りの手を構えて、クロウは魔方陣を起動させた。常に両手が悴み、震える体を押さえる。強くなる吹雪と白くなる視界に耐えつつ、その時を待つ1人と1匹。


ーーードクン


突如マウラには、あの夜と似たような感覚が襲ってきた。血が透き通るような、体内が浄化されるような、悪いモノが消えていくような・・・。


だが一方で、鼓動が激しくなり、全身の震えが止まらなくなる異変にも襲われる。前回よりも強い魔力に、鼠の体では限界を感じているのだ。


(冷たくて痛い・・・!全身が、氷柱に刺されているみたい・・・。


でも・・・でも、僕は人間に戻りたい!)


マウラは震える体を押さえ、ギュッと目を瞑った。魔力の流れを感じ取り、全身全霊をかけて、意識を保つ。



こんな姿で産まれなければ良かったと、何度思ったのだろう。いつしか人を恐れ、自分だけの世界に閉じこもるようになった。


それでも、受け入れてくれた人がいた。同じ興味を持ち、変わった容姿でも馬鹿にせず、鼠になっても受け入れてくれた。


生きたい、彼とまだ一緒にいたい。だから、この魔法は・・・!!



ーーーバグンッ!!



強く願った瞬間・・・マウラの体が、強大な光に包まれ始めた!


「うおっ!?」


魔方陣の光に驚いたクロウが、思わず手を引っ込める。その拍子にバランスを崩して、尻もちをついた。同時に彼の胸には、自分と同じくらいの重さが飛び込んできた。


ゆっくりと目を開けると・・・白髪でオッドアイの少年が、あの夜と同じ姿で、胸の中にいた。


「・・・ク、ロウ?」


マウラはペチペチと自身の頬を叩き、慌てて四肢を確認しているようだ。ずっと信じられない表情をしていたが、次第に瞳が潤い始め・・・クロウに抱きつき、静かに涙を流し出す。


「うぉ!?マウラ、お前・・・」


「うぅ・・・ありがとう、ありがとう・・・!」


「あー、ほら、良かっただろ?戻れたんだろ?だからさぁ・・・そんな、泣くなよぉ」


泣きじゃくるマウラに、嬉し泣きを誤魔化すクロウは、優しく頭を撫でてやる。


気付けば吹雪が落ち着いた森に、柔らかな日差しが差し込むのだった。





半年後・・・スカルノ伯爵家には、国からの調査員が派遣されていた。


「納税逃れ、違反魔術の不正使用、スカルノ伯爵の殺人・・・数多の疑惑が浮上している」


「そ、そんな!証拠もないというのに、そんなこと・・・」


血相を変えて追い出そうとする夫人の足元に、猫のキャシーがやって来た。何やら、分厚い封筒を咥えているようだ。


「ん?この猫が咥えているのは・・・」


調査員が受け取り、中を確認する。そこには・・・悪質な魔術組織と、違反魔術を使用する契約書が、原本で入れられていたのだ!


「ど、どういうこと!?コレは、地下室に隠して・・・っ」


「隠した、だと?・・・調査のしがいがあるな」


そして屋敷を調査した結果、悪質な魔術組織との繋がりを示す証拠が多く見つかった。さらに隠された金品に、取引が禁止されている毒薬までもが散乱している。全ての疑惑が、真実になる瞬間だった。


逃亡しようとしたスカルノ伯爵夫人は、すぐさま捕縛。証拠品として、屋敷から多くの物品が運ばれていく。その様子を、キャシーはぼんやり眺めていた。


(これで・・・伯爵家は取り潰しでしょうね。私の野良猫生活も確定、と。まぁ私もあそこで行動した以上、覚悟してたし。


でも、マウラを救えたのか分からないのが気がかりね。あの時は逃がすのに精一杯で、今どうしているか分からない。


無事でいてほしい・・・私の、唯一の子供だから)


異様な髪色と瞳で不貞を疑われ、全てを捨てるように離縁した。しかしいくら異様であろうが、自分で産んだ我が子。いつしかマウラを捨てたことを、後悔するようになっていた。


やがて伯爵が後妻を娶ったと聞き、心配になり様子を見にいった。そこで悪質な魔術組織と相対してしまい、口封じのため白猫となったのだ。


そんな経緯を知らない後妻は、彼女をキャシーと名付けて飼い始めた。世話を放り出すのみならず、ろくに仕事せずに豪遊し、伯爵を弱らせようと微量の毒を入れ続け、毎日マウラを侮辱する・・・その姿に、酷く怒りを覚えた。


思い通りになんかさせない、絶対に破滅させてやる。阻止できなかったことばかりだが、マウラは逃がせたし、不思議と訪れた調査員に証拠を突きつけられた。遂に彼女の罪は暴かれ、自分の目的は果たせたのだ。


術が体に染みついた今、もう禁術破りは出来ない。無名の野良猫として、その辺りで野垂れ死ぬのだろう。


(・・・本当、不甲斐ない生き様ね。あの子を捨てた罰なんでしょうけど)


もう既に寿命の近い猫だ。今更どうなっても構わない。


とぼとぼと歩き出そうとするキャシーの前に、ザッと現れた2つの人影。1人は見知らぬ男だが、もう1人は・・・ハッキリと、我が子だと分かった。「キャシー!」と名前を呼びながら、マウラに抱きしめられる。


「嫌なことされてなかった?ちゃんとご飯食べてた?・・・随分荒れた毛並みだ、ろくに手入れされてなかったんだね。大丈夫、ブラッシングしてあげるよ。


あの時、君が助けてくれたから・・・こうして戻ってこられたんだよ。クロウも協力してくれて、調査隊を送ることが出来たんだ」


フェザーヌ候爵家に保護されたマウラは、スカルノ伯爵夫人の行いを国に直訴した。それをきっかけに調査が始まり、夫人に様々な疑惑が浮上。そして今日、王命により調査が実現した。2人はキャシーを保護するため、同行したという。


チラッと見れば、優しそうにマウラを見ていたクロウと目が合った。そっか、助けてくれたのね・・・と、一安心するキャシー。


「へぇ、コイツがマウラの言ってた猫か。綺麗だな、お前みたいに」


「えっ」


思わぬ言葉をかけられて、思わず顔を見てしまうマウラ。「ウ、ウチで最後まで面倒見よう」と、クロウは顔を赤らめ、話を逸らすようだ。


「ク、クロウ!・・・もう1回、良い?」


「いやいやいやいや、そろそろ戻らないと」


「えー、嬉しい言葉が聞こえた気がするのになぁ」


「・・・ま、あとで、だな」




その後、クロウの禁術破りは知られることになり、国から宮廷魔法研究者になることを勧められた。実家とぎくしゃくし過ぎない形で、魔法に関われると嬉しそうだ。


マウラは彼の助手として、ともに歩き続ける。同じ視点で、同じくらいの足の速さで、同じ思いで。


fin.

読んでいただきありがとうございます!

楽しんでいただければ幸いです。


今年の投稿は、今度こそこれで最後です!皆様、よいクリスマス&年末年始をお迎えください。

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