中:偶然の再会
黒髪の男は、クロウと名乗った。生家は別にあるが、1年の大半はこの小屋で、魔法の研究をしているという。魔法研究に集中できる環境があるなんて、マウラには羨ましい。
人間に戻れるのか、いつまで彼は置いてくれるのか。そんな不安は常にあるが、魔法に関われる日々が続けば、そんな思いは消えていく。
時には素材集め、時には古代魔法の再現実験、時には新たな魔法の生成。1日中大好きな魔法に関わることが出来て、マウラは楽しい。鼠の姿は相変わらず慣れないが、ここでの生活は上手くやれていた。
「おっ、ありがとな。このコケや欠片、力入れるとすぐ崩れたり潰れたりして、使い物にならなくなるんだ。お前がいて良かったよ」
ほんのり魔力を放つ多種多様な素材は、街ではそれなりの価格でやり取りされる。それを無料で、思う存分手にして良いとは!マウラは我を忘れて、あちこちから素材を採集する。
「アハハ、何だか昔の俺を見てるみたいだ。最初にこの場所を見つけたとき、俺も無我夢中で集めまくったもん」
クロウの元に来てから2週間あまり。こんなに楽しい日々が続くならこのままで良いかなと、マウラは考えつつあった。
「・・・っと、もう夜も更けたな。あっ、もう月が出てる」
久しぶりに見た夜空には、薄雲の向こうで三日月が浮かぶ。淡い月光を受けた素材からは、先程とはまた違う魔力が放たれているのを感じる。
魔力は化学変化の如く、自然環境により影響を受ける。この素材から出ている魔力も、変わったのだろうか・・・。
ーーードクン
ふとマウラは体の奥から、何かが湧き上がってくる感覚を覚えた。血が透き通るような、体内が浄化されるような、悪いモノが消えていくような・・・。刹那、1匹の鼠は突如として光に包まれた。
「な、何だ!?」
クロウが目を丸くさせて立ち上がった、その一瞬だった。
鼠は突如として、人間に・・・白髪でオッドアイの伯爵令息マウラ・スカルノに変わったのだ。
「・・・え」
「・・・え!?」
数秒間の沈黙。マウラは突然人間に戻ったことに理解が追いつかず、ただただ呆然としていた。
「・・・あ、あ・・・」
どうしよう、何て言えば・・・。そんな不安に押しつぶされるマウラにかけられた言葉は、予想外のモノだった。
「白い髪にオッドアイ・・・お前まさか、あの時の交流会にいた奴か!?」
「え・・・?」
「あ、あぁ・・・そっか。お互い名乗ってなかったし、俺が一方的に覚えちゃってたのか」
驚かせてゴメンと言われ、一旦落ち着こうと、持ってきていた携帯食を分け合う。少し時間が経ったところで、クロウは身の上を話し出した。
彼の本名は、クロック・フェザーヌ。役所勤めの候爵家出身だが、周囲の意見に反して、魔法の研究者になるのが夢だった。さらに家族の誰とも違う真っ黒な髪と瞳から、一部では【カラス男】と揶揄されていた。
長いこと変わり者とみられて、孤立していた彼。しかし子供の頃の交流会にて、会場から抜け出したところ、魔法の本を読むマウラと出会ったという。
1人だけ違うから嫌われる、会場にいられない、魔法が好き・・・。似た者同士だと思えたから、初対面であんなに話せたのだろう。
「黒や魔法を学ぶのは格好いいって言われて、嬉しかったんだ。あの時の記憶は、今でも俺の支えだ」
記憶を辿れば、その時の面影がようやく見えた。2週間過ごしただけでは、すぐに結びつかなかったようだ。
「そういえば、お前の名前は?」
「・・・ぼ、僕は、マウラ・スカルノです」
「スカルノ?スカルノって、結構デカい伯爵家だよな。どうしてそんな奴が、ここに?」
「そ、それは・・・」
その言葉の途中、月は厚い雲に隠れていく。魔力も次第に夜の闇に触れて、変化する。するとマウラの体は黒い闇に包まれ・・・鼠に戻ってしまった。
「っ・・・もしかしたら、マズい魔法が掛かってるかもしれない」
クロウは採集を切り上げて、急いで小屋に戻った。そしてマウラの体に優しく触れつつ、掛けられた魔法について分析を始める。
月光で解けて、夜の闇で再度かけられたのなら、闇の変化魔法である可能性が高い。解除を急がないと、一生解けない恐れがあるとも教えてくれた。
自分はマズい状態だったのか、と今更慌て始めるマウラ。本当にクロウに拾われて助かった。
「コイツは厄介だな。この強さからして、闇の禁術をかけられたに違いない」
人々を便利にする魔法の中には、術者及び被験者に大きな被害を被るモノも存在する。マウラがかけられたのは、簡単に解除できない「永久呪術」だった。使用者には重い処罰が与えられるが、一部の悪質な魔術組織により、使用されるケースも少なくない。
国はそうした違法な魔術を、強く規制していると聞くが・・・マウラの継母は法をすり抜け、違法に使用したのだろう。マウラを確実に呪い、排除するために。
「・・・でも闇魔法なら、対になる光魔法で打ち消せるはず。とりわけ強い素材なら、きっと!」
クロウはすぐさま、大量の書物を引っ張り出してきた。ブツブツと細かい文字を指で追っては、残り少ない紙にクセのある文字を書き込んでいく。小難しい単語に図式も、クロウの手に掛かればお手の物のようだ。
「大丈夫だ、マウラ。まだ時間はある、必ずその禁術を解いてみせる!」
子供の頃にたった1度だけ出会い、そしてここで2週間暮らしただけ。立場もない元伯爵令息・・・今やタダの鼠に何故、ここまで尽力してくれるのか。全てを声に出せないマウラは、ヨロヨロと文字を記す。
【どうして、ここまで】と、下手くそな文字になったが。
しばらくクロウは考えて、やがてポツリと「俺を救ってくれたから」と呟いた。
「俺、ずっと1人だったんだよな。別にいいやと振る舞っていたけど、心はどこか寂しくて。友達が欲しい、仲間が欲しい、そう思っていたとき・・・マウラと出会ったんだ。
色々魔法について話して、お互い凄く盛り上がって・・・凄く楽しかったんだ。初めて俺を受け入れてくれて、やっぱり俺、魔法研究したいって強く思えて。家の反発を押し切って、こうして夢を追えてるんだ。
マウラはそんな自覚無いかもだけど・・・本当に俺は救われた。だからお前が大変な状態なら、俺は何とかしたいんだ」
オッドアイを綺麗と言ってくれて、一緒に楽しい魔法の話をしてくれて、呪われた自分を助けようとしてくれる。救われているのはこちらだというのに。
嬉しかった、幸せだった。そんな幸福に満たされつつ、何とか手伝おうと、マウラも小さな体で本を開こうとするのだった。
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「下」は明日夜に投稿します。




