上:鼠になった少年
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
クリスマスのような、真冬のお話が出来ました。伯爵令息に温かい魔法はかけられるのでしょうか。
ーーーお前の瞳、宝石みたいで綺麗だな。俺、瞳も髪も真っ黒だから・・・。
ーーーそんなことないよ、黒って格好いいもん。それに、魔法をスッゴく学んでるのも格好いい!
ーーー本当か?俺、魔法の研究者になるのが夢なんだ!お前の読んでるその本、面白いな。
ーーーそうだよね!魔法って、楽しいよね!
子供の頃の交流会。居場所なく逃げた庭先で、持ち込んだ本を読んでいて出会った、貴族令息。
色々話して、色々分かち合えた。楽しくて、名前を聞き損ねるくらい。
孤独だった伯爵令息マウラ・スカルノには、今も心の支えになっている。
実親のどちらでもない白髪に、血のように赤い右目と、毒のように紫の左目というオッドアイを持つマウラ。彼の普通と違う見た目は、誰もが二度見して気味悪がる。
不貞を疑われた母は、離縁して出て行った。父からも距離を取られて、継母からは毎日のように蔑まれる。いつしかマウラは人目を恐れて、自室で魔法の勉強ばかりしていた。
「・・・この生活も、案外楽しいけどね」
魔法を学び、継母の白い愛猫キャシーを世話する。それがマウラの日常だ。
だが父のスカルノ伯爵が急逝してから、それは終わった。継母は自ら、スカルノ伯爵家の当主になると断言。まだ成人していないマウラは黙認したが、これがダメだった。
邪魔者のマウラは、突如として鼠に姿を変えられたのだ。
“え、な、何これ・・・!?”
錆びたネズミ檻から見えるのは、クスクス嘲笑する継母。いくら呼びかけても、もう既に人間と言葉は通じないようだ。
「まぁ、汚れたハツカネズミですこと!貴方にピッタリな姿ね、マウラ。この家はもう私のモノよ、ここでひっそり朽ち果てなさい」
そのまま物置に置かれ、継母は上機嫌で去ってしまった。
檻から脱出しようと試みるが、鼠の弱い力では全く歯が立たない。力の無いネズミでは、魔法も使えないようだ。ガチャガチャと、鈍い鉄の音が空しく響くばかり。
そうしている間にも、キャシーが近付いてくる。中に鼠がいるのに気付いたらしく、ガバッ!と檻に手を出してきた。
マズい、食べられる・・・!そう思った瞬間、キャシーは丁寧に牙と爪を使い、檻の鍵を壊してくれたではないか。
“あなた、マウラでしょう?ずっと私を世話してくれた。助けてあげるわ、だからこの屋敷から逃げなさい。彷徨いているのを見られたら、すぐにやられてしまうわ”
キャシーはそのまま、格子の窓までマウラを運ぶ。その温情に感謝して、マウラは一目散に家から逃げ出した。
行き先も、元に戻る方法も無い。か弱い1匹の鼠は、肉食獣に食われる他ない。それでもあの家で殺されるより、外に出た方がマシに思えた。
今は寒い季節。実りの秋も過ぎ、極寒の冬を迎えようとしている。森の中はダメだ、街に向かおう。そこなら多少暖かいし、食べ物もあるはず。周囲に天敵がいないか確認しつつ、1匹の鼠は野道を駆けていく。
いつまで走れば良いんだろう・・・そう思っている時に、不思議な人影を見つけた。
(こんな場所で寝て・・・風邪引かないのかな)
大きな木に寄りかかり、すぅすぅと気持ちよさそうに寝息を立てる男性。真っ黒な帽子を日除けに、真っ黒な防寒具を布団代わりにしているようだ。
(ズボンも靴も真っ黒・・・何だかカラスみたい)
今のマウラには、人間はとても大きく見えて怖い。気付かれないように、起こさないように、そっと横切ろう・・・。
ふとマウラは、足に痛みを覚えた。刹那、地面に突っ伏してしまった体。まるでそこだけ、とんでもなく強い重力がかかっているような・・・。何が起きたか分からず“えっ、何!?”と、大きな声で叫んでしまう。
「・・・ん、何か掛かったか?」
その声で起きたのか、男はむにゃむにゃと顔を起こす。これまたカラスを連想させる黒髪に黒色の瞳、あと思ったより若い。マウラと大きく年は変わらなそうだ。
「お~、かなりデカい鼠だ。いやぁ、簡易的に作った魔方陣の罠だけど・・・意外と上手くいくもんだな」
ふと下を見ると、確かに魔方陣らしきモノが記されていた。なるほど、動物が罠にかかるのを眠って待っていたのか。
(・・・ん?罠ということは、この人・・・僕を、食べる??)
瞬間、サーッと青白くなっていくマウラの顔。動けない体でも、なんとか逃がしてくれるよう懇願し始めた。人間に言葉が通じない、そんなの百も承知で。
“ま、ままま、待って下さい!お願いです、僕を食べるのはやめてください!僕は鼠ですし、食べても美味しくありませんっ!”
「・・・なんかさっきから随分鳴いてるな。元気だなー、こいつ。食い応えありそう、ってか左右の目の色が違うじゃん。珍しっ」
男は何食わぬ顔で、グイッとマウラの体を掴んだ。思わず“ぎゃぁああ!!”と叫んでしまう。甲高い声に、男は一瞬戸惑ったようだ。
“お、お願いです。本っ当にお願いですからぁ・・・!!食べないで、食べないでぇええ!!”
涙を出せないので、ブンブンと力の限り首を大きく横に振る。男は暴れる鼠をじっと見つめ、「んー・・・」と何か引っかかっているようだ。
「この鼠・・・俺に何か言いたいのか?」
男がそう聞いてきたので、マウラは全力で首を縦に振った。少し緩んだ手から抜け出すと、もっとちゃんと意思疎通すべく、マウラは足元に落ちていた小枝を手に取る。
話せないなら、文字で伝えなければ・・・!小さな鼠の体で文字を書くのは一苦労だったが、まず「鼠が文字を書ける」ということに、男は驚きを隠せていない。
「う、嘘だろ・・・鼠が、文字を?」
とりあえず【食べないで】と下手くそな文字で示したが、既に彼はマウラを食べる気を無くしてくれたようだ。むしろ興味深くマウラを見つめては、目を輝かせてばかり。
「スッゲぇ・・・!こいつ、連れて帰ろう!!」
むんずと掴まれ、胸ポケットの中に入れられた後、男はサッと移動のための魔方陣を地面に描いていく。
食べられずには済んだが・・・別の意味でマズいのでは?マウラがそう思った時には、既に瞬間移動が発動していた。
○
木こりの家のような質素な小屋には、大量の魔法器具が並べられている。どれもこれも一級品で、普通じゃ手が出せないモノばかりだ。
魔法好きでこういった道具に憧れるマウラは、全てに目を輝かせていた。こうして盛り上がるのは、いつぶりだろう。
“す、凄い!どれもこれも希少なモノばっかり!”
「うぉ、お前も興味あるのか。やっぱお前、不思議な鼠だな」
“わわっ!純度100%の魔法石に、入手困難なケルベロスの牙!器具も注文してから数年は待たないと手に入らない特注品だし、この魔道書も前世紀の復興版だ!
これってどうやって、手に入れたんです、か・・・”
いつの間にか彼と話したくなったが、鼠の状態では人間と会話できないことを思い出し、マウラは肩を落とした。今の自分は、普通とは違うおかしな鼠にすぎない。
けれどもどうにかして気持ちを伝えたくて、近くにあった紙とペンで【凄い】と意思表示をした。
「アハハ、こうして興味を持ってくれるのお前だけだよ。ウチじゃ持ってても捨てられるか肥やしになるだけだから、こうして隠しておかないと」
なんと、こんな上質な器具が!続けて【勿体ない】【大切にしたい】と伝えると、男はパァッと明るい顔になる。理解者(?)がいてくれたことが、ただただ嬉しいようだ。
「だよなだよな!こんなに意気投合できる奴がいるなんて、本当に久しぶりだ。鼠なのに文字を書けるのも面白いし・・・お前、ここで暮らすか?」
なんと!とマウラは驚いた。貴族身分どころか人間の姿を奪われた以上、野生の鼠として、冬の街でゴミ箱を漁る覚悟だった。だがこうして縁あって、雨風を凌げる住処が確保されるとは。
喜びのあまり、文字ではなく飛び跳ねて返事をするのだった。
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
「中」は明日夜に投稿します。




