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9 別れの日

 ルーと会える最後の日。


 私たちはいつものように木の根元に座って会話を楽しんでいた。しかし、空が赤くなり、ルーが「そろそろ時間だね」と口にしたのをきっかけに会話が途切れがちになって、沈黙が流れた。

 沈黙を破ったのは、ルーだった。


「僕は、16歳になったら王立中央学園に通うことになっている」


 王立中央学園は、貴族の子女は原則16歳になったら3年間通うことを義務付けられている教育機関だ。もちろん、侯爵家の娘である私も16歳になれば通うことになるだろう。ルーが何を言いたいのか分からず、私は黙ってルーの話を聞いた。


「ウォーレン公爵家では、14歳までは領地で過ごして領民と交流を深めながら貴族としての教育を終わらせてそれ以降は領地経営を学び、14歳になったら王都に移って社交のために必要な知識を身につけることになっている。王都に戻ってからは今のように自由に使える時間は少なくなる。それに僕は公爵家の後継者だ。同じ王都に住んでいても、君と会うことはできないだろう」


 本当は侯爵令嬢なので会おうと思えば会えるのだけど、私の身分を明かさないというお父さまとの約束は守らなければ。一緒に遊んでいたルーならきっと、私が侯爵令嬢なのに自然の中を駆け回るようなお転婆だということを知っても気にしないでしょうし、きっと他の人には秘密にしてくれる。でも、本当のことを話すのはお父さまに相談してからにしないと。


 私がそんなことを考えながら話を聞いていると、ルーが言葉を止めて少し言いづらそうな様子を見せた。


「それで、その、こんなこと言っていいか分からないけど……」


 じっとルーの言葉を待つ。ルーは思い切った様子で言った。


「フィーも。フィーも王立中央学園に来ないか?」


「え?」


 私は目を見開いた。予想外の発言だった。私は貴族としてすでに王立中央学園に行くことが決まっているので何と返したら良いかわからずとまどった。

 そんな私の反応をどのように受け止めたのか、ルーが慌てて言葉を重ねた。


「その、王立中央学園の生徒は貴族がほとんどなんだが、実は特待生枠というのがあって、試験に通れば貴族じゃなくても入学することができるんだ。だから、もし、もし王立中央学園での学びや人間関係が有用で他の学園よりも通いたいと思うことがあったら、選んでくれたらって。そうすれば学園でまた会えるから。いや、進学先の候補に入れるだけ、一度資料を取り寄せるだけでもいいんだ!」


 焦ってまくし立てるように言うルーに圧倒されていると、ルーがハッとした様子をみせて、深く息を吸った。


「ごめん。無理にってわけじゃない。ただ、僕はこのまま二度と会えないのは嫌なんだ」


 私はルーがまた会いたいと思ってくれていることを知って嬉しくなってほほえんだ。幸いなことに、私がルーと同じ年に同じ学園に入学することはすでに決まっている。


「ええ、きっと行くわ。また会おうね」


 ルーがパッと顔を輝かせた。その顔を見て、私もさらに嬉しくなる。


「本当に!? 楽しみに待ってるよ」


「私もルーにまた会えるのが楽しみ。きっとその時にはルーは今よりも背が伸びてるの。私たちは今は10歳だから、学園に入学するには6年後よ。再会してもルーだって分からないくらい今以上にかっこよくなってるかも」


「だ、大丈夫だよ! 僕こそ、フィーが6年経ってきれいになったら見た目ではすぐには分からないかもしれないけど、少し話せばきっとすぐにフィーだって分かるから! 今はきれいじゃないって意味じゃなくて、今もきれいだ、というかすごくかわいい! いや、僕は何を言って……待って……今以上にかっこよくなる?え、今もかっこいいって思ってくれてるってこと……?」


 ルーが何かをブツブツとつぶやいていたけれど、私は全く聞いていなかった。ルーが「かわいい」と言った途端に、ぶわっと顔が熱くなった。お父さまもお母さまもお兄さまもかわいいと言って褒めてくれるけれど、それとはなぜか、まったく違う感覚だった。初めての感覚にとまどい、私はとりあえず熱くなった顔を冷まそうと、必死に手で顔をあおいだ。かわいいと言われて顔を赤くしているとルーに知られるのは恥ずかしかった。

 ほてりがある程度引いて、ルーにばれていないか確認するためにちらりとルーを見ると、ルーは下を向いて何かを考えている様子だった。


 とりあえず、からかおうとする様子はないから大丈夫そうね。


 そのままルーの様子をうかがい続けていると、ルーは意を決したように顔を上げた。


「僕は、君と出会えてよかった。初めて、対等な関係を築くことができた。君が笑顔で気安い口調で話しかけてくれるたびに、心があたたかくなった。週に一度のこの時間がとても楽しみだった」


「私もよ。私も、あなたと出会えて本当に良かった。初めてのお友だちよ。次の約束の日も晴れますようにって、毎日祈ってた」


 ルーの瞳の黄緑色がにじむ。サラサラとした濃い青の髪も顔の輪郭もゆがむ。頬を涙がつたう感覚に、慌ててハンカチを取り出そうとした。


「泣かないで。僕はフィーの笑顔が好きなんだ。かわいい笑顔が好きだ。君にはいつも笑っていてほしい」


 ルーが自分のハンカチでそっと涙をぬぐってくれた。その仕草に、その言葉に、どきりと胸がはねた。また顔が熱くなるのを感じる。


「ね、笑って?」


 ルーが優しく笑いかけてくれる。その瞳は、少しうるんで揺れているように見える。

 私は、ぎゅっと目を閉じて涙をぬぐい、深く息を吸った。そしてゆるやかに目を開けて口角を上げた。


「そう、その笑顔だよ」


 ルーは、幸せそうに笑った。少し切なそうに私を見つめ、目を細めた。その目の端に、光るものが見えた気がした。




 ルーが馬車までエスコートしてくれて、私は先に馬車に乗り込んだ。


「ありがとう。またね」


「私こそありがとう。またね」


 馬車が走り出す。ルーはずっと見送ってくれていた。馬車の窓から身を乗り出して振り返って手を振る。手を振りかえしてくれるルーの後ろには、青々とした葉をしげらせたあの2本の木が、ゆさゆさと枝を揺らしていた。




 今まではルーに対して純粋な友情を感じていた。


 しかし、ルーへの感情は、確かに変化していた。ルーの言葉に顔を赤くし、ルーの仕草に落ち着きを失いそわそわする。


 その時の私は、友情に加えて新たな感情が生まれたことはなんとなく理解していたが、その感情を何と呼ぶのかは知らなかった。




 私はその日、初めての恋をした。

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